↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/27

第22話 四十五分の防衛線と、職人の魂

第21話では、帝都地下深層の「クリムゾン・コア」の共鳴攻撃により、アリアの心核が凍結してしまいました。

第22話では、アリアを救うための四十五分間の命懸けの心核再構築(リビルド)手術と、工房の前で死力を尽くす仲間たちの防衛戦が幕を開けます!

 外から響くのは、夜気を切り裂く金属の甲高い軋《きし》み音だった。


 石畳を突き破って湧き出した『深淵の侵食体《ドロッセル》』の群れが、紅蓮《ぐれん》の単眼を光らせて工房の扉へ殺到してくる。

 全高一メートル半。鋭い三叉《さんさ》ドリル状の四肢が、土煙を巻き上げながら地面を削り取っていた。


「一匹たりとも、この敷居を跨《また》がせるんじゃねえぞォッ!」


 先頭で迎え撃ったのは、筋骨隆々の大男――ヴァルガスだ。

 身の丈ほどもある大斧《おおおの》を両手で振りかぶり、突進してきた先頭の侵食体三体をまとめて横一文字に薙《な》ぎ払う。


 ――ドガァァァンッ!


 凄まじい衝撃波が炸裂し、黒い装甲が粉々に砕け散って夜空へ跳ね上がった。


「ガハハッ! 硬いのは外側だけだな! 地竜のウロコに比べりゃ、ただのブリキ細工だ!」


「油断するな、ヴァルガス殿! 地下から次々と増援が這《は》い上がってくる!」


 エレナが白銀の魔導剣『ブレイズ・キャリバー』を一閃《いっせん》させた。

 ロディが施した重量バランスの最適化により、エレナの太刀筋は空気を切り裂く音すら置き去りにする。

 青白い刃先が、後続の侵食体の関節部――動力伝達シャフトを正確に三連続で両断した。


 スパァン、スパァン、スパァンッ!


 四肢を失った怪物が地面を転がり、シューシューと紫煙を吹き上げて機能を停止する。


「ガルバさん、左側の路地に防護板を!」


「合点承知ぃっ! テメエら、俺の打った鉄板を拝みな!」


 ガルバが向かいの鍛冶場から引きずり出してきたのは、厚さ五センチの耐熱合金板だ。

 工房の左側の路地にガツンと打ち込み、背後から巨大な鉄槌《かなづち》で支柱を叩き込んで即席の防壁を完成させる。


 ドリルで防壁を削ろうと群がってきた侵食体に対し、トビアスが身を乗り出した。


「そこだっ! 中和剤、行きます!」


 トビアスが両手で構えたのは、高圧噴射ノズルを取り付けた背負い式の噴霧器だ。

 ロディから教わった配合で作った『強アルカリ性エーテル中和液』が、白い霧となって侵食体たちの吸気スリットへ浴びせかけられる。


 ジュウウウッ!


「ギギ……ガガガッ!?」


 回路の魔力を瞬時に洗い流された侵食体たちが、痙攣《けいれん》を起こして次々と動きを止めた。


「効いた……! 親方に教わった通り、関節の隙間を狙えば魔導具と同じで動かなくなる!」


 トビアスが叫び、すかさず予備のノズルを締め直す。

 工房の前には、完璧な連携で結ばれた鉄壁の防衛線が築かれていた。


◇


 激しい戦闘音が響く外の通りとは対照的に、工房の奥の解体台の周囲は、息を呑《の》むような完全な静寂に包まれていた。


 作業台の上に横たわるアリア。

 その左胸の装甲プレートはすでに外され、心核《コア》が完全に露出していた。


 拳《こぶし》大の白銀の心核。

 だが、その表面には、地下五千メートルの『クリムゾン・コア』から送り込まれた真紅《しんく》の汚染ルーンが、まるで毒の蔦《つた》のようにびっしりと絡みついていた。

 脈動は完全に停止し、表面の温度は氷点下四十度まで冷え切っている。


「セリア、冷却液の第二ボトルを開けろ。……針の先に一滴ずつ垂らせ」


「は、はいっ!」


 セリアが震える手でガラス瓶を支え、スポイトで透明な薬液を垂らす。


 ロディは手袋を外し、素手で極細のダイヤモンド製タガネを握っていた。

 右眼に万能ルーペを密着させ、全身の呼吸を極限まで整える。


《――『構造解読《リバース・エンジニアリング》』並びに『アーキタイプ・コア同調』》


 ロディの両眼に、青紫色の幾何学模様が鮮やかに浮かび上がった。

 右手のひらに刻まれた銀の紋章が、カッと熱を帯びる。


 アリアの心核の内部構造が、髪の毛の千分の一の精度でロディの脳裏へ立体的に投影された。


《……汚染ルーンの数は、全部で三千六百文字。心核の基本記憶素子の隙間に、楔《くさび》のように打ち込まれてやがる。少しでもタガネの刃先がブレれば、アリアの記憶そのものが砕け散る》


 ロディは息を止めた。

 心臓の鼓動すら意識から消し去り、指先の感覚だけを研ぎ澄ます。


 ――チッ、チッ、チッ……。


 タガネの切っ先が、氷のように固着した真紅のルーンを一文字ずつ、ミクロ単位の精度で削り落としていく。

 削りカスが赤い火花となって散るたび、アリアの全身がビクンと小さく震えた。


「マスター……」


 アリアの唇から、掠《かす》れたようなノイズが微かに漏れ出た。


「アリア、聞こえるか。喋らなくていい」


 ロディはタガネを止めず、低く、だが決して揺らがない声で語りかけた。


「お前をこんなところでスクラップにさせてたまるか。……俺が直してやる。お前がどんな過去を背負っていようが、俺の相棒はお前だけだ」


 ――手術開始から、二十五分経過。


 削り落とした汚染ルーンは、千五百文字。

 ロディの額から大粒の汗が吹き出し、作業台の真鍮板へポタリと落ちた。

 極限の集中力により、腕の筋肉が微細に悲鳴を上げ始めている。


「ロディさん、汗を……!」


 セリアが手早く清潔な布でロディの額を拭った。


「セリア、外の様子はどうだ」


「エレナ様たちが押し留めてくれています! でも……敵の数が多すぎて、防護板がきしみ始めています……!」


◇


 外の通りは、さらに過酷な激戦へと突入していた。


 ――ドゴォォォンッ!


 一体の大型侵食体が、ガルバの防護板に頭から激突した。

 厚さ五センチの合金板が大きくくの字にひしゃげ、固定ボルトが一本、甲高い音を立てて弾け飛ぶ。


「チッ……! 大型の親玉のお出ましだ!」


 ガルバが歯を食いしばり、鉄槌を両手で構え直した。


 現れたのは、全高三メートルを超える重装甲の侵食体だ。

 両腕が巨大な回転削岩ドリルとなっており、地面を削りながら工房の玄関へ向けて突進してくる。


「親方たちの部屋へは……行かせないっ!」


 トビアスが地面を滑るように飛び出し、大型怪物の足元へ『多層ワイヤートラップ』を投げ込んだ。

 工房の廃材で作った、特殊鋼のワイヤーネットだ。


 キュルルルッ!


 ワイヤーがドリルの回転に巻き込まれ、怪物の腕のギアに複雑に絡みつく。


「ギガガッ……!?」


「今だ、ヴァルガス殿、エレナ様!」


「よくやったぜ、小僧!」


 ヴァルガスが地を蹴り、空高く跳躍した。

 渾身《こんしん》の力を込めた大斧が、怪物の頭頂部へ雷鳴のように振り下ろされる。


 ――ズガァァァァンッ!!


 怪物の頭部装甲が真っ二つに叩き割られ、中から青黒い結晶核が露出した。


「これで……終わりだ!」


 エレナが神速の踏み込みを見せた。

 『ブレイズ・キャリバー』の刃先が、露出した結晶核をミリ単位の狂いもなく貫通する。


 パキィィィンッ!


 結晶核が砕け散り、三メートルの巨体が地響きを立てて崩れ落ちた。


「ふぅ……! 一丁上がりだ!」


 ヴァルガスが肩で息をしながら叫ぶ。

 だが――倒した怪物の背後から、さらに数十体の侵食体が、夜の闇を埋め尽くすように押し寄せてきていた。


 エレナの額に汗が滲《にじ》む。

 騎士たちの肩は激しい息遣いで上下し、トビアスの中和液のタンクも残り僅《わず》かとなっていた。


「全員、位置を保て! 四十五分まで、残り五分だ……! 命を賭して持ちこたえろ!」


「「「おおおおおっ!!!」」」


 疲労の限界を超え、仲間たちが再び武器を握り直した。


◇


 ――残り時間、三分。


 工房の解体台の上で、ロディのタガネが最後の汚染ルーンを捉えていた。


 心核の最深部。

 そこは、アリアの『自我』と『感情』を司る、最も繊細なコアメモリの領域だった。

 黒ずんだ最後の毒の棘《とげ》が、アリアの記憶素子を今まさに握り潰そうとしている。


《……ここを削れば、反動でアリアの意識が吹き飛ぶかもしれん。だが――》


 ロディはタガネを置き、右手のひらの『アーキタイプ・コア』を直接、アリアの心核へと押し当てた。


《――俺の魂《魔力》を、直接回路に流し込む!》


 カッ……!


 ロディの掌から、眩《まばゆ》い白銀の奔流《ほんりゅう》が溢れ出した。

 暖かく、澄み渡るような職人の魔力。

 二十年間、何万個もの壊れた道具たちと向き合い、その命を繋いできた手のひらの温もりが、アリアの冷え切った心核を優しく包み込んでいく。


 ジジッ……ジジジジッ……!


 真紅の汚染ルーンが、ロディの純粋な魔力に触れた瞬間、悲鳴を上げるように白い煙となって蒸発していった。


 そして――。


 カチリ。


 心核の内部で、新しい回路が完璧に噛み合う澄んだ音が響いた。


 トクン……トクン……トクン……。


 止まっていたアリアの心臓部が、力強く、温かなリズムで魔力の脈動を再開させた。

 白銀の装甲の隙間から、清涼な空冷風が吹き抜け、彼女の透き通るような白い頬に、ほんのりとした桜色の血色が戻っていく。


『――心核再構築《リビルド》プロトコル、全工程の完了を確認』


 アリアの瞼《まぶた》が、ゆっくりと持ち上がった。

 現れたのは、ノイズの一片すらない、どこまでも深く澄み切った藍色の双眸《そうぼう》。


「……マスター・ロディ」


 アリアが小さく唇を動かし、ロディを見上げた。


「……おう。おかえり、アリア」


 ロディは手元の工具を置き、作業着の袖で顔の汗を拭いながら、くしゃりと笑った。


「外で、みんなが待ってるぞ」


「肯定。……仲間たちの救援へ移行します」


 アリアが解体台から軽やかに飛び降りた。

 彼女の左腕に装着された『パイル・アンカー』が、これまで見たこともない神聖な白銀の輝きを放ちながら、完全戦闘形態へと展開した。


 四十五分の防衛戦を越え、魂を取り戻した古代の乙女が、恩返しの反撃へと立ち上がった。

お読みいただきありがとうございました!

仲間たちの命懸けの防衛戦と、ロディの職人の魂を込めた心核再構築手術でした!

アリアが無事に完全覚醒を果たし、いよいよ反撃の瞬間です!

次回:『第23話 白銀の覚醒と、深淵の殲滅』

完全覚醒したアリアが圧倒的な力で侵食体群を一掃! そして帝都地下深層への最終決戦へ向けて動き出します。お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。