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宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

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第21話 特命工房の祝宴と、深淵の蠢き

第20話では、帝都大停電を神業配管修繕で解決し、工房が皇室公認となりました。

第21話では、勝ち取った平穏の祝宴の最中、アリアの身に最大の危機が訪れます。仲間たちの恩返しと絆が試される防衛戦の幕開けです!

 香ばしく焼き上がった極厚の骨付き肉と、キンキンに冷えた樽生エールの泡。


 下町の『ロディ魔導修繕店』の作業場は、今夜ばかりは油の匂いではなく、贅沢《ぜいたく》な料理の湯気と笑い声で満たされていた。


「ガハハハッ! 見ろよこの肉の分厚さ! 宮廷の気取った晩餐会《ばんさんかい》じゃ、こんな豪快な肉は拝めねえぞ!」


 大皿に山盛りの肉を掴み、喉を鳴らしてエールを呷《あお》ったのはヴァルガスだ。

 その隣では、鍛冶師《かじし》のガルバが自分のジョッキをガツンと打ち鳴らして豪快に笑っている。


「全くだ! あの大広場でベルガーの野郎が真っ青になって引きずられていく面《つら》と言ったら、今年一番の酒の肴《さかな》だったぜ!」


「もう、ガルバさんもヴァルガスさんも飲みすぎですよ! ほらトビアス君、お肉もっと食べなさい。育ち盛りなんだから!」


「は、はいっ! セリアさん、ありがとうございます!」


 エプロン姿のセリアから大皿を受け取り、トビアスは頬を赤く染めながら夢中で肉にかぶりついていた。

 作業台の隅には、皇宮から下賜《かし》された『皇室公認・第一種特別工房』の金文字プレートが誇らしげに立てかけられている。


「ふぅ……。大仕事の後の酒は、やっぱり格別だな」


 ロディは作業用の丸椅子に腰掛け、煙管《きせる》の煙をふうっと天井へ吹き上げた。

 手元には、木製ジョッキに注がれた黒エール。

 四十路《よそじ》の身体に染み渡る適度な疲労感が、心地よい脱力感となって筋肉をほぐしていく。


「マスター・ロディ。……お肉の焼き加減、再加熱が必要であれば、私が担当します」


 静かな足音とともに、アリアが小皿を両手に載せて歩み寄ってきた。

 藍色《あいいろ》のリボンで結んだ白髪が、ランプの温かな光に照らされて柔らかく揺れている。


「いや、ちょうどいい焼き加減だ。……アリア、お前も座って休め。今日の配管修繕、お前の計算がなきゃ間に合わなかった」


「否定。私はただ、マスターの作業導線に沿って数値を提示しただけです。……しかし、マスターに褒めていただけるのは、胸部中枢が温かくなる感覚があります」


 アリアは小首を傾げ、ほんのわずかに瞳を細めた。

 自律人形《オートマタ》とは思えない、穏やかで柔らかな微笑み。


「アリアちゃん、こっちのフルーツタルトも切れたわよー!」


「了解。セリア殿の配膳補助へ移行します」


 アリアが小さく一礼し、軽やかな足取りで台所へと歩き出した。

 その背中を見送りながら、ロディはふと、右手のひらの『古代修繕中枢核《アーキタイプ・コア》』の刻印に触れた。


《……気のせいか?》


 昼間、大停電の地下で主幹導管を繋ぎ直した瞬間。

 アリアがロディの肩に手を重ねて魔力を補助してくれた時、彼女の回路の奥から、一瞬だけ鋭いノイズが走ったのを感じていた。

 だが、今のアリアの足取りにも会話にも、何の異常も見当たらない。


「ロディ殿」


 工房の扉が静かに開き、私服のロングコートを纏《まと》ったエレナが姿を現した。

 騎士団の公務を終えて駆けつけたのだろう。その翡翠色《ひすいいろ》の瞳には、柔らかい安堵の光が宿っていた。


「エレナ様! お待ちしてましたよ!」


 セリアが駆け寄り、エレナを席へと案内する。


「遅くなってすまない。宮廷の査問委員会と騎士団本部の後始末が、ようやく一段落した。……ベルガー教授およびインフラ利権に関与していた貴族十二名は、全員の爵位剥奪と財産没収が確定したよ」


「へっ、ざまあみろだ。自業自得ってやつだな」


 ガルバが鼻を鳴らし、エレナのグラスにエールを注ぐ。


「ロディ殿。改めて、帝都を代表して礼を言わせてほしい。貴殿がいなければ、今夜の帝都は凍える暗闇に沈んでいた」


「礼なんざいいさ。俺は目の前の壊れたパイプを繋いだだけだ。……それよりエレナ、騎士団の地下巡回で見慣れない報告はなかったか?」


 ロディが何気なく問いかけると、エレナは微かに眉をひそめた。


「……なぜそれを? 実は、中央大停電が収まった直後から、帝都の地下深層――深度五千メートル以深の観測魔導針が、原因不明の微細な共振を記録し始めている」


「深度五千メートル……?」


「ああ。旧文明の遺構よりもさらに下層、現代の技術では到達不可能な未踏領域だ。自然の地殻変動だと処理されたが……」


 エレナが言葉を切り裂くように――。


 カシャンッ!


 台所の方から、陶器の皿が床に落ちて砕け散る甲高い破片音が響いた。


「きゃっ!? アリアちゃん!?」


 セリアの悲鳴。

 工房内の喧騒《けんそう》が、一瞬で凍りついた。


「アリア!?」


 ロディはジョッキを放り出し、弾かれたように台所へと駆け込んだ。


 床に飛び散ったタルトの残骸の中央で、アリアが膝をつき、自分の左胸を両手できつく掻《か》き抱くようにしてうずくまっていた。

 その透き通るような白い肌の首筋に、禍々《まがまが》しい真紅《しんく》の光の筋が、血管のように浮き上がっている。


『ガ……ッ……ギギ……ッ……』


 アリアの口から漏れ出たのは、人間の声ではない、激しい高周波のノイズだった。

 藍色だった双眸《そうぼう》が、狂乱したように赤と黒に明滅し、視界の焦点を完全に失っている。


「アリア、しっかりしろ! 何が起きた!?」


 ロディが駆け寄り、彼女の華奢《きゃしゃ》な肩を抱き起こした。

 触れた瞬間、作業着越しに伝わってきたのは――氷のように冷え切った金属の冷気と、内部で荒れ狂う異常な超高圧魔力の脈動だった。


『――警……告……。深層識別コード……「クリムゾン・コア」との……強制的……同期シークエンスを……検知……』


 途切れ途切れに発せられるアリアの機械音声。


『マスター……逃げ……て……。私の心核《コア》が……地下の主《ぬし》に……ハッキング……されて……』


「馬鹿野郎、逃げるわけねえだろ! アリア!」


『マスター……どうか……壊れ……な……』


 ――プツン。


 アリアの瞳の光が、完全に消え去った。

 胸郭の奥で規則正しく刻まれていたエーテル脈動がピタリと停止し、彼女の小柄な身体が、まるで魂を抜かれた操り人形のように、ぐったりとロディの腕の中へ倒れ込んだ。


「アリアちゃん……!? 嘘でしょ……嘘よね!?」


 セリアが口元を押さえ、涙を溢れさせてその場にへたり込む。


「ロディ、何が起きたんだ!?」


 ヴァルガスとガルバ、エレナが武器を手に駆け込んできた。


「……チッ!」


 ロディは手袋を引きちぎるように脱ぎ捨て、素手をアリアの左胸のメンテナンスハッチへ押し当てた。


《――『構造解読《リバース・エンジニアリング》』!!》


 ロディの両眼に、かつてないほどの青紫の閃光が奔流となって迸《ほとばし》る。

 アリアの全身の回路網を透過し、心核《コア》の深部へと意識を沈降させていく。


 見えたのは、戦慄《せんりつ》すべき光景だった。


《……心核の全セーフティが、外側からの『遠隔魔力毒』で強制凍結されてやがる……!》


 昼間、大停電の地下でロディを庇った際、アリアは地下導管を通じて放たれた深層の異常ノイズを、無意識に自らの体内に吸い込んで中和していたのだ。

 そして今、地下五千メートルで覚醒した『クリムゾン・コア』が発する共鳴波が、その毒素をトリガーにしてアリアの心核を完全に掌握・凍結してしまった。


「心核の魔力循環が完全に止まってる。……このまま放置すりゃ、あと一時間でアリアの記憶素子が全て揮発《きはつ》して、二度と目を覚まさなくなる」


「記憶が……消える……!?」


 トビアスが青ざめて叫んだ。


「ロディ殿、どうすれば助かるのだ!? 騎士団の最高位治癒術師を呼ぶか!?」


「無駄だ。これは生体の病気じゃねえ。古代の超技術で作られた心核の『構造異常』だ。……治せるのは、世界中で俺の手作業しかねえよ」


 ロディは迷いなくアリアの身体を横抱きに抱え上げ、作業場の中央の頑丈な解体台の上へと寝かせた。


 壁の工具掛けから、特注の万能工具槍、精密ピンセット、分子溶着トーチ、中和液の瓶を電光石火の速さで並べていく。

 四十路の職人の顔には、恐怖も迷いもなかった。

 あるのは、自分の相棒を奪おうとする理不尽に対する、冷徹で研ぎ澄まされた怒りだけだった。


「アリアの心核を完全にバラして、汚染された古代ルーンを一文字ずつ手作業で削り落とす。……全工程で四十五分。コンマ一ミリの狂いも許されねえ、俺の職人人生で最大の精密手術だ」


 ロディは工具を握り直し、作業台の前の椅子を引き寄せた。


「だが――問題がある」


『――ピキィィィィン……!』


 ロディの言葉と同時に、工房の窓ガラスが、不気味な高周波の共振音とともにビリビリと激しく震え始めた。

 下町の石畳の底から、何かが這《は》い上がってくるような無数の金属の軋《きし》み音が響き渡る。


「……何だ、この音は!?」


 エレナが窓辺へ駆け寄り、外の通りを見下ろした瞬間、息を呑んだ。


 夜の下町通り。

 石畳の隙間を突き破り、無数の黒い金属の蟲《むし》のような異形が湧き出していた。

 全高一メートル半、鋭利なドリル状の四肢と、赤く光る単眼を持つ古代の尖兵――『深淵の侵食体《ドロッセル》』。

 アリアの心核から漏れ出る共鳴信号に引き寄せられ、工房を完全に包囲するように群がっていた。


「アリアの心核のハッチを開ければ、共鳴信号がさらに強くなる。……地下の尖兵どもが、アリアを破壊するためにこの工房へ殺到してくるぞ」


 ロディは手元の工具から目を離さず、低く告げた。


「俺は四十五分間、一歩もここから動けねえ。アリアの胸に全神経を集中する。……外の虫ケラを一匹でもここへ通せば、手術は失敗、アリアは死ぬ」


 絶望的な状況。

 だが――工房の中に、怯《ひる》む者は一人もいなかった。


「ガハハッ! 四十五分だな? 分かりやすいじゃねえか!」


 ヴァルガスが大斧を両手で構え、獰猛《どうもう》な笑みを浮かべて扉の前に立った。


「ロディ、お前は目の前の娘っこだけに集中しな。外の雑魚どもは、俺の斧の錆《さび》にしてやる!」


「親方!」


 トビアスが自分の工具袋から、昼間作った予備の真鍮トラップと高圧中和スプレーを両手に掴み、ロディの前に立ちはだかった。


「親方は……俺に本物の職人の道をくれました! アリアさんは、俺に温かいご飯を作ってくれました! ……今度は、俺たちが親方とアリアさんを守る番です! 指一本、この部屋に通しません!」


「ガルバの爺さん、鍛冶場の防護扉を下ろして通りを塞《ふさ》ぐぞ! 手伝え!」


「おうよ! 俺の打った鉄板が、古代の虫ケラごときに破られてたまるかよ!」


 ガルバが巨大な鉄槌を担ぎ、トビアスとともに工房の入り口へ陣取った。


 そして――エレナが、白銀の魔導剣『ブレイズ・キャリバー』を抜き放った。

 刀身から立ち上る、澄み切った冷涼な青白い光刃。


「近衛第一大隊副隊長、エレナ・フォン・シルフィードが命ずる。……これより四十五分間、一歩も退くな! 我らの誇りと、恩人の命を懸けて――工房を完全死守せよ!」


「「「おおおおおっ!!!」」」


 仲間たちの魂の叫びが、夜の工房に轟《とどろ》いた。


 ロディは煙管をくわえ、小さく口元を歪めた。


「……頼んだぞ、お前ら」


 ロディの右手のひらのアーキタイプ・コアが、眩《まばゆ》い光を放ってアリアの胸元へ吸い込まれた。


 外で炸裂する激しい戦闘の轟音。

 下町の小さな町工場を舞台に、仲間たちの絆を懸けた四十五分間の防衛戦と、命の再構築《リビルド》手術が、今、幕を開けた。

お読みいただきありがとうございました!

アリアの突然の心核停止と、地下からの侵食体の襲撃!

これまでロディに救われてきた仲間たちが、「今度は自分たちが守る番だ!」と立ち上がる激熱の防衛戦が始まりました!

次回:『第22話 四十五分の防衛線と、職人の魂』

ロディの命懸けの心核再構築と、工房の前で死力を尽くす仲間たちの防衛無双! お楽しみに!

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