第20話 神業の配管工と、帝都の夜明け
第19話では、ベルガー教授の暴走によって帝都全域が大停電に陥り、ロディ率いる下町職人チームが中央広場へ乗り込みました。
第20話では、溶断した地下魔導網をロディの神業手作業で繋ぎ直し、帝都に光を取り戻します! ベルガー教授への痛快な断罪劇をお届けします!
中央区の大広場の地下は、まるで巨大な鉄の怪物の体内だった。
マンホールの下に広がっていたのは、縦横無尽に入り組んだ直径一メートルを超える巨大な魔力配管の迷宮だ。
だが、その心臓部は目も当てられない惨状と化していた。
過剰な魔力によって赤黒く焼け爛れた主幹導管。
溶け落ちた金属がドロドロと滴り落ち、割れた継ぎ目からシューシューと刺激臭のある青い高圧蒸気が噴き上がっている。
「ひ、酷い……。配管が完全に溶接されたみたいに焼き付いてる……」
梯子を降りてきたトビアスが、懐中ランプの光をかざしながら息を呑んだ。
「中央魔導学院の最高位教授たちが十人がかりで見ても『修繕には最低三ヶ月、全配管の敷き直しが必要だ』と匙を投げたのだ。……ロディ殿、本当にここを繋ぎ直せるのか?」
エレナが剣の柄を握り締め、心配そうにロディを見つめる。
地上では、暗闇に包まれた貴族や市民たちが不安とパニックに震え、一刻の猶予もない状況だった。
「三ヶ月もかかるわけねえだろ。あいつらは壊れた部分を全部捨てて、新品を買い直す計算しかできねえからだ」
ロディは手袋を外し、熱気を放つ焼け焦げた配管の表面に素手を当てた。
《――『構造解読』》
青紫色の光の網目が、ロディの視界の中で地下空間全体へ広がっていく。
さらに、右手のひらに刻まれた『古代修繕中枢核』が、トクン、と熱を帯びて呼応した。
失われた古代文明の配管設計図が、ロディの脳裏に鮮やかに浮かび上がる。
《……なるほどな。主幹配管の三番と八番は溶断してるが、外郭へ繋がる補助バイパスの基礎フレームは生きている。溶けた部分を無理に剥がす必要はねえ。死んだ配管を迂回させて、新しい三層ループを組めば熱は逃げる》
「アリア、地下配管の圧力バランスを計算しろ。許容エーテル流量は毎秒二千クリスタルだ」
「了解――演算を開始します」
アリアの藍色の瞳に、淡い光の計算式が滝のように流れた。
「最適バイパスルートを三系統特定。……溶断箇所の熱量を大気へ放熱しつつ、帝都全域へ均等に魔力を分配する接続座標をマスターの視覚へ転送します」
「よし。ガルバの爺さん! 耐熱バイパス管を三番ハッチの横へ持ってきてくれ! 接続口のフランジを十ミリ削り落とすぞ!」
「おうよ! 任せときな!」
背後から、巨大な金属パイプを軽々と担いだガルバが降りてきた。
床にパイプを据え付けると、ガルバは手にした鉄槌を一気に振り下ろした。
ドカン! ガキン!
職人の正確無比な一撃が、分厚い耐熱合金の端をミリ単位の狂いもなく叩き広げていく。
「トビアス! お前が朝磨いた真鍮の継手金具を出せ! 五番の排気バルブに噛ませて、逆流防止のストッパーにする!」
「はいっ、親方!」
トビアスは工具袋から、ピカピカに磨き上げられた真鍮金具を取り出し、配管の隙間へ滑り込ませた。
指先でネジを回し、手首の感覚だけで均等にトルクをかけて締め上げる。
カチリ、と心地よい金属音が響いた。
「親方、五番バルブの固定、完了しました!」
「上出来だ。……仕上げは俺がやる」
ロディは背中から特注の万能工具槍を引き抜いた。
槍の先端を、溶断した主幹導管と、ガルバが据え付けた新しいバイパス管の隙間へと滑り込ませる。
《――『アーキタイプ・コア同調』並びに『エーテル分子溶着』》
ロディの右手のひらから、眩い白銀の光が溢れ出した。
工具槍の穂先を通じて、超高密度の修繕魔力が金属の継ぎ目へと注ぎ込まれていく。
ジュウウウウッ……!
青白い光の粒子が、溶け崩れていた金属の分子を瞬時に再結合させ、新しい配管と古い配管をまるで一本の木のように滑らかに一体化させていく。
現代の魔法工学では「神の領域」と呼ばれる、超精密な常温分子結合だ。
作業開始から、わずか十分。
引き千切られていた地下の主幹導管は、無駄な継ぎ目ひとつない、完璧な三層循環ループへと生まれ変わっていた。
「……ふぅ。配管の結線、完了だ」
ロディは額の汗を作業着の袖で拭い、万能工具槍を軽く回して背中に収めた。
「トビアス、アリア。メインバルブの電磁ロックを解除しろ」
「はいっ!」
「了解――全バイパス回線、開放」
トビアスとアリアが、左右の巨大なレバーを息を合わせて一気に引き倒した。
――カチリ。
静かな金属音が響いた、次の瞬間。
――ゴオオオオオオッ……!
地下の暗闇を、澄み切った清流のような青白い魔力の奔流が駆け巡った。
激しい熱も、耳障りな異音も一切ない。
ロディの手によって整えられた新しい導管は、帝都全土へ向けて、穏やかで力強い魔力を滑らかに送り出し始めた。
◇
中央区の大広場。
黒煙と暗闇の中、逃げ場を失った貴族や市民たちが怯えきっていた。
その中央で、煤まみれになったベルガー教授が、近衛兵に囲まれながら喚き散らしている。
「無駄だ! 下町の修理屋ごときに地下の主幹導管が直せるはずがない! あいつらは今頃、地下のガスで窒息死しているに決まって――」
ベルガーの罵倒が、ふいに途切れた。
――パッ。
広場の隅にある、壊れかけていた一本の魔導街灯に、柔らかな灯りが灯った。
続いて、二本、三本、十本、百本――。
大通りの街灯が一斉に、まるで星屑を撒いたかのような美しい黄金の光を放ち始めた。
噴水から勢いよく澄んだ水が噴き上がり、暗闇に沈んでいた時計塔の大鐘が、高らかに正午の続きを告げる音を響かせる。
中央区だけではない。
貴族街、官庁街、商業区、そして下町に至るまで――帝都のすべての街並みに、一斉に光が戻ったのだ。
「あ……明かりがついた……!?」
「屋敷の魔導炉が直ったぞ! 火が消えて、部屋が暖かくなった!」
「帝都が……甦ったんだ!」
大広場を埋め尽くしていた市民と貴族たちから、地鳴りのような大歓声が爆発した。
人々は手を取り合って涙を流し、街の復活を歓喜した。
その熱狂の中央、広場のマンホールの蓋がガラリと開いた。
煤で顔を汚しながらも、晴れやかな顔で這い上がってきたのは、大八車を引いた下町の職人たち――ロディ、アリア、トビアス、そしてガルバだった。
「ロディ殿っ……!」
エレナが駆け寄り、軍帽を胸に当てて最敬礼を捧げた。
「見事だ……! 帝都全域の魔力網、完全に復旧した! 事故前よりも魔力の循環効率が三割以上向上していると報告が入っている!」
「三ヶ月かかると言われた大工事を、たった十分で……!?」
広場にいた貴族たちがどよめき、信じられないものを見る目でロディたちを見つめる。
その群衆の間から、顔を真っ青にしたベルガー教授がふらふらと這い出てきた。
「ば、馬鹿な……!? あんな短時間で主幹導管を繋ぎ直せるはずがない! 何かインチキをしたな! 貴様のような平民の老害職人に、そんな技術があるはずが――」
「見苦しいのはあんただよ、教授先生」
ロディの前に、見習いの少年トビアスが一歩前へ踏み出した。
トビアスは腰の工具袋から、先ほど地下から回収してきた黒焦げの『欠陥バルブ』を、ベルガーの足元へ投げ捨てた。
「あんたの設計した自動配給網は、安全弁の規格が二段階も小さかったんだ! コストを削って見栄えを良くするために、熱の逃げ場をわざと塞いでいた! ……街を壊したのは、古い道具のせいじゃない! あんたの欲張ったデタラメな設計のせいだ!」
「な……っ!? 落ちこぼれのトビアスが、私に指図するなぁっ!」
「トビアスの言う通りだ、ベルガー教授」
エレナが冷酷な声で割り込み、腰の佩剣の鞘でベルガーの胸元を鋭く突いた。
「皇帝陛下の名代より、貴殿の逮捕状が下りている。……自らの功名心のために欠陥インフラを強行し、帝都を未曾有の危機に晒した罪、法廷にてたっぷりと弁明するがいい」
「ひ、ヒィィッ! 助けてくれ! 私は魔導学院の最高権威だぞ! 離せぇぇっ!」
憲兵たちに両腕を掴まれ、無様に引きずられていくベルガー。
先ほどまで彼を称賛していた貴族たちも、今や軽蔑の眼差しを向けるだけで、誰一人として助け舟を出す者はいなかった。
◇
騒乱が落ち着いた夕暮れ時。
夕陽に照らされた大広場に、皇帝陛下の名代を務める高官が、豪奢な勅書を携えて歩み寄ってきた。
「元・宮廷修繕主任、ロディ・コールマン殿」
高官はロディの前で深々と腰を折った。
「帝都を救った貴殿の並外れた功績に対し、皇帝陛下より特別報奨として金貨二百枚、ならびに『帝国全域特任魔導技師長』の官位を授与したいとの仰せである。……どうか、再び宮廷へ戻り、帝国の魔導技術の頂点に立ってはいただけまいか」
広場が静まり返った。
宮廷を追われた職人が、最高位の技師長として復帰する――誰もが羨む最高の名誉だった。
だが。
ロディは煙管を取り出し、カチリと火を灯した。
紫煙を夕空へふうっと吹き上げ、事も無げに首を横に振る。
「せっかくのありがたい話だが、辞退させてもらうよ」
「な……辞退、ですか!?」
高官が目を丸くする。
「俺は肩書きなんざいらん。宮廷のふかふかの椅子に座って書類にハンコを押すより、下町で油にまみれて壊れた道具を直してる方が性に合ってるんでね」
ロディは手元の万能工具槍をポンと叩き、隣に立つトビアスとガルバ、そしてアリアを見つめて笑った。
「うちには優秀な見習いもいりゃ、頼もしい仲間もいる。……下町の小さな修理屋で、十分すぎるほど幸せなのさ」
「ロディ殿……」
高官は呆気にとられた後、感嘆の笑みを浮かべて深く頭を下げた。
「相分かった。……ならば官位の代わりに、この帝都において貴殿の工房に完全なる営業の自由と不逮捕特権を保障する『皇室公認・第一種特別工房』の勅許を授けよう」
「そいつはありがたい。……セリア、看板の横に飾っておいてくれ」
ロディが振り返ると、広場の端で待機していたセリアが、涙を浮かべながら満面の笑みで大きく手を振った。
「はいっ! 世界一目立つ場所に飾ります!」
『マスター・ロディ。……本日の作業、これにて全工程の完了を確認』
アリアがロディの隣に寄り添い、澄み切った藍色の瞳で微笑むように目を細めた。
『お疲れ様でした、マスター』
「ああ。帰って、冷えたビールでも飲むとするか」
夕暮れの帝都大通りを、下町の英雄たちが肩を並べて歩いていく。
歓声と拍手が降り注ぐ中、彼らの小さな工房は、名実ともに帝都最強の伝説としてその名を刻んだのだった。
――だが。
街が光を取り戻したその瞬間、帝都の遥か地下深層――誰も立ち入ることのない古代の最暗部で。
――ピキリ……。
眠りについていたはずの巨大な真紅の水晶核が、不気味な脈動を再開させていた。
お読みいただきありがとうございました!
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