第19話 帝都大停電と、職人たちの逆襲
第18話では、中央区の暴走の余波から下町を守るため、ロディたちが『整流防波堤』を起動して街を守り抜きました。
第19話では、警告を無視したベルガー教授が狂気の『フェーズ2』を強行! 帝都中を巻き込む大停電が発生し、ロディたち下町職人連合が帝都の心臓部へ乗り込みます!
正午を告げる大鐘の音が、帝都の空に響き渡った。
中央区の大広場には、昨日以上に多くの貴族や大商人たちが集まっていた。
広場の中央にそびえる高さ二十メートルの巨大クリスタル――『全自動魔導配給網』の第1号中央炉は、すでに不気味なほどの赤熱した光を放っている。
「教授! 計器の圧力が限界値を突破しています! 地下の旧式導管からも異常な振動音が――」
「黙れと言ったはずだ! 皇帝陛下の名代も見に来られているのだぞ!」
特設演壇のベルガー教授は、青ざめた若い研究員の報告を怒鳴り散らして遮った。
鼻の頭に湿布を貼ったベルガーは、観客席の貴族たちへ向けて大げさに両手を広げる。
「皆様! いよいよ我が中央魔導学院が誇る奇跡の瞬間です! 出力を限界まで解放する『フェーズ2』により、帝都の隅々まで無限の魔力を注ぎ込みます!」
ベルガーは周囲の制止を振り切り、黄金の出力レバーを最大値――百パーセントの位置へ力任せに押し下げた。
――その瞬間。
ドォォォォォンッ!!
大地を真下から突き上げるような、凄まじい衝撃が広場を襲った。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「クリスタルを見ろ! 色が……黒く濁っていくぞ!」
貴族たちの歓声が、一瞬で悲鳴へと変わった。
中央炉の巨大クリスタルが、眩い真紅から禍々《まがまが》しい漆黒へと変色し、表面にピキピキと無数の亀裂が走り始めたのだ。
大気中の魔力を無理やり吸い上げすぎたことで、内部の循環回路が完全に焼き切れ、逃げ場を失った超高圧エーテルが逆流を起こしていた。
「ひ、ヒィィッ!? 止まれ! 停止レバーを引け!」
ベルガーが慌ててレバーを引き戻そうとする。
だが、過熱した金属レバーは真っ赤に溶け落ち、手を触れることすらできなかった。
「あ、熱いっ!? だ、誰か水をかけろ! 魔力を止めろぉぉっ!」
パニックに陥るベルガーの叫びを、破滅の轟音がかき消した。
――バチチチチッ! ドガァァァァンッ!!
巨大クリスタルが、内部からの圧力に耐えきれず粉々に破裂した。
吹き飛んだ光の破片が広場に降り注ぎ、地下の送電ラインを通じて、高電圧の魔力津波が中央区全域へと一気に逆流していく。
バシッ! ドカン! バチバチッ!
中央大通りの豪奢な魔導街灯が端から順番に爆発し、貴族街の屋敷の窓から黒煙が噴き出す。
噴水の水流が止まり、走行中だった最新式の魔導馬車が車軸から火花を散らして横転した。
そして――。
フツッ……。
帝都中央区を彩っていたすべての光が、一斉に掻き消えた。
昼間であるにもかかわらず、噴き上がった黒煙が太陽を遮り、中央区は完全な暗闇と静寂――大停電に包まれた。
「あ、明かりがつかない……!?」
「屋敷の調理炉が爆発したぞ! 火を消せ!」
「ベルガー教授はどこだ!? 責任を取れ!」
闇と煙に包まれた広場で、着飾った貴族たちが我先にと逃げ惑い、怒号と悲鳴が渦巻いていた。
◇
一方、中央区から数キロ離れた下町エリア。
中央区の爆発音と震動は下町まで届いていたが、街並みは驚くほど穏やかだった。
通りの中央にそびえ立つ、ロディたちが組み上げた『即席エーテル整流防波堤』の金属タワー。
その頂上から展開された青白い光の傘が、中央区から押し寄せてきた魔力の津波をすべて受け止め、大気中へ無害な光の粒子として逃がしていた。
工房の街灯は温かな琥珀色の光を灯し続け、食堂のオーブンも規則正しく動いている。
「……中央区の空が、真っ黒な煙で覆われていくぞ」
工房の前に立ったガルバが、太い腕を組んで遠くの空を見上げた。
「親方の言った通りになりましたね……。フェーズ2なんて無茶をやったせいで、中央炉が耐えきれずに自爆したんだ」
トビアスが手元の工具箱を握りしめ、険しい表情で呟いた。
『――観測データを報告』
アリアがロディの隣に立ち、藍色の瞳を明滅させた。
『中央区および貴族街、官庁街を含む全域で魔力供給が完全停止。……地下の主幹導管が十箇所以上で溶断しています。このまま放置した場合、帝都の防衛結界の炉心まで類焼し、帝都全土の機能が完全に麻痺します』
「自業自得とはいえ、街全体を巻き込んじゃ世話ねえな」
ロディは作業台の前で煙管の煙をくゆらせ、静かに息を吐いた。
その時――。
パカラン、パカラン、パカランッ!
下町の通りを、蹄の音を響かせて一騎の白馬が猛烈な速度で駆け込んできた。
乗っていたのは、銀の胸甲に身を包んだエレナだ。
「ロディ殿っ!!」
エレナは馬から飛び降りるなり、息を切らしながら工房へ飛び込んできた。
その端正な顔立ちは煤で汚れ、翡翠色の瞳には焦燥の色が浮かんでいた。
「エレナ様! 中央区はどうなっているんですか!?」
セリアがお茶のポットを抱えたまま駆け寄る。
「壊滅状態だ……! 中央炉の爆発で魔導通信も警備システムも全滅した! 宮廷研究所の技師たちも、魔導学院の教授どもも、誰一人として収拾をつけられずに逃げ回っている!」
エレナは悔しそうに拳を握り締め、ロディの前で深く頭を下げた。
「皇帝陛下の名代より、緊急の勅命が下った。……中央区の地下導管を修繕し、帝都の魔力供給を復旧できるのは、もはや下町のロディ殿しかいないと! どうか……帝都の民を救うために、力を貸してほしい!」
国家の危機を前に、宮廷のエリートたちが全員無力化し、最後に頼ったのは下町の捨てられた職人だった。
「エレナ様、顔を上げな」
ロディは煙管の灰を作業台の灰皿にトントンと落とした。
そして、壁に立てかけてあった特注の万能工具槍を手に取り、背中のベルトに固定する。
「最初からそのつもりで道具の手入れは済ませてある。……あいつらが散らかした特大のガラクタ、俺たちの手で綺麗に片付けてやるよ」
「ロディ殿……!」
「ガルバの爺さん! 鍛冶場にある耐熱バイパス管と、高圧中和ポーションを積めるだけ荷車に積め!」
「おうよ! いつでも出られるぜ!」
「トビアス、お前は中和剤の調合と工具の予備を頼む。お前の作った真鍮金具の出番だぞ」
「はいっ、親方! 全部準備できてます!」
トビアスが力強く頷き、背嚢を背負い直す。
「アリア、中央区の地下配管の最短ルートを案内しろ。セリアは騎士団の連絡係として工房で待機だ」
『了解。マスター・ロディ。全域バイパス復旧シークエンスを策定完了』
「はいっ! ロディさん、気をつけて行ってきてください!」
下町の職人たち、見習い少年、古代の自律人形、そして近衛騎士。
光を失った帝都の心臓部を救うため、下町の最強チームが堂々の出撃を開始した。
◇
中央区の大広場は、まさに地獄絵図と化していた。
黒煙が立ち込める中、砕け散った中央炉の残骸の周りに、憲兵隊や騎士たちが右往左往している。
その片隅で、煤まみれになったベルガー教授が、近衛兵たちに襟首を掴まれて震えていた。
「は、離せ! 私のせいではない! 地下の旧式配管が弱すぎたのだ! 平民どもの手入れが悪いからこんなことに――」
「見苦しいぞ、ベルガー教授!」
霧を切り裂くように響いた凛とした声。
広場の中央へ、大八車を引いた一団が堂々と乗り込んできた。
先頭を歩くのは、作業着の袖をまくり、万能工具槍を肩に担いだロディだ。
その左右を、白銀の髪をなびかせるアリアと、工具袋を抱えたトビアスが固めている。
「な……ロディ……!? なぜ下町のゴミ修理屋がここにいる!」
「ゴミ修理屋に泣きついてきたのは、あんたらの上層部だよ」
ロディは冷ややかに言い放ち、砕け散った中央炉の台座を見下ろした。
「口先だけの理論で街を壊しておいて、まだ道具のせいにするのか。……みっともねえ真似はやめな。ここからは、本物の職人の仕事だ」
「なっ……貴様ごときに何ができる! 中央炉の主幹導管は完全に溶断しているのだぞ! 直せるはずがない!」
「直せるさ。お前らには見えない『正解の線』が、俺には全部見えてるからな」
ロディは手袋を外し、黒く焼け焦げた地下マンホールの鉄蓋に素手を当てた。
《――『構造解読』並びに『アーキタイプ・コア同調』》
ロディの右手のひらで、銀色の幾何学刻印がカッと眩い光を放った。
青紫色の光の網目が、地下深くで引き千切られた何十本もの魔力配管を鮮やかに浮かび上がらせる。
「トビアス、三番と七番のバイパスハッチを開けろ! ガルバさん、耐熱管を直列で噛ませるぞ!」
「はいっ!」
「任せろ!」
ロディの的確な指示のもと、下町の職人たちが目にも留まらぬ速さで動き出した。
帝都を闇から救い出す、前代未聞の超巨大魔導インフラ緊急修繕が幕を開けた。
お読みいただきありがとうございました!
ベルガー教授の暴走による帝都大停電と、ロディたち下町職人連合の中央区乗り込み劇でした!
口先だけのエリートたちが逃げ惑う中、本物の職人たちが街を救うために立ち上がります!
次回:『第20話 神業の配管工と、帝都の夜明け』
溶断した地下魔導網をロディの神業で繋ぎ直す! 帝都に再び光が戻り、ベルガー教授への最終断罪が下されます。お楽しみに!




