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宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

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18/27

第18話 暴走のカウントダウンと、下町の防波堤

第17話では、魔導学院の傲慢な査察官ベルガーを撃退し、弟子のトビアスが職人としての確かな第一歩を踏み出しました。

第18話では、大貴族連合が強行した『全自動魔導配給網』の試験点火により、帝都の生活基盤を揺るがす異常事態が発生します!

 帝都中央区の空を、眩《まばゆ》い金色の閃光《せんこう》が切り裂いた。


 白亜の宮殿を望む大広場には、着飾った貴族たちと大商人、そして中央魔導学院の教授陣がずらりと顔を揃えていた。

 広場の中央にそびえ立つのは、高さ二十メートルを超える巨大なクリスタル製の中継柱――大貴族連合が巨額の資金を投じて建造した『全自動魔導配給網』の第1号中央供給炉だ。


「皆様、ご覧ください! これぞ我が中央魔導学院の英知と、大貴族連合の財力が生み出した次世代の光です!」


 特設の演壇の上で、煤《すす》けたローブを着替えたばかりのベルガー教授が、両手を広げて高らかに演説していた。

 鼻の頭には、先ほど工房で吹き飛んだランタンの火傷《やけど》に貼られた白い湿布が痛々しく残っている。だが、その顔には取り繕ったような尊大《そんだい》な笑みが張り付いていた。


「下賤《げせん》な職人の手作業など、もはや過去の遺物に過ぎません! この自動配給網が起動すれば、帝都中のあらゆる魔導具へ、手を触れることなく無限のエーテルが無償で供給されるのです!」


 ベルガーが金色の起動レバーを一気に押し下げた。


 ――ゴォォォォォンッ!


 大地を揺るがす重低音とともに、中央炉の巨大なクリスタルが真紅に発光した。

 敷設された地下導管を通じて、中央区の豪奢《ごうしゃ》な街灯が一斉に昼間のような輝きを放ち、噴水の水が魔法の光を帯びて七色に舞い上がる。

 広場を埋め尽くした貴族たちから、割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こった。


「素晴らしいぞ、ベルガー教授!」

「これで下町の薄汚い修理屋どもに金を払う必要もなくなるわけだ!」


 貴族たちがシャンパングラスを掲げ、優雅に笑い合う。


 ――だが。

 その華やかな光の下、地中深くを走る送電ラインが、限界を超えた熱に軋《きし》んで悲鳴を上げていることに、誰一人として気づいていなかった。


◇


 同じ頃、帝都の下町――『ロディ魔導修繕店』の作業場。


 カタタッ、カタタッ……。


 作業台の上に並べられた精密工具が、小刻みに震えて乾いた音を立てていた。


「……ん? 地震か……?」


 真鍮《しんちゅう》のパイプを研磨していたトビアスが手を止め、首を傾げて床を見下ろした。

 揺れは小さかったが、靴底を通して伝わってくる振動には、嫌な高周波の痺《しび》れが混ざっている。


「トビアス、作業台の上のガラス器具を全部床へ下ろせ。……工具箱の留め金を掛けろ」


 作業机の奥で煙管《きせる》をくわえていたロディが、鋭い眼差しで床板を睨《にら》みつけた。

 無精髭《ぶしょうひげ》の口元から、紫煙が細く吐き出される。


「親方、これって……」


「中央区の連中が、例の『全自動配給網』に火を入れやがったんだ。……想像以上に雑な設計をしてやがる」


『――警告。帝都地下エーテル導管の異常共振を感知』


 工房の片隅で待機していたアリアが、音もなく歩み出た。

 彼女の藍色《あいいろ》の瞳が、床を透過して地下の魔力流を走査している。


『中央区の中央炉が、規定値の三八〇パーセントの魔力を地下から強制吸引中。……その反動により、逃げ場を失った過剰熱流と不安定なエーテルノイズが、下水配管と旧式導管へ一気に逆流しています』


「過剰な魔力を、下町側の古い配管へ垂れ流して捨ててるのか……!」


 トビアスが顔を蒼白《そうはく》にして叫んだ。


「当たり前だ。中央のピカピカした街灯を光らせるために、出力を無理やり引き上げて、その歪《ひず》みを全部こっちへ押し付けてるのさ」


 ロディが吐き捨てた、その時だった。


 ――バチチチッ! ドカン!


 工房の外の通りから、何かが破裂する甲高い爆発音と、人々の悲鳴が響き渡った。


「きゃあああっ! パン屋のオーブンから火が噴き出したよ!」

「うちの井戸の魔導揚水ポンプが止まらねえ! 水が溢《あふ》れて止まらん!」

「八百屋の冷蔵庫が煙を噴いてる! 誰か、誰か助けてくれ!」


 工房の引き戸が激しく叩き開けられ、セリアが青ざめた顔で駆け込んできた。


「ロディさん! 大変です! 下町の通り中の魔導具が一斉におかしくなっています! 照明がチカチカ点滅して割れたり、家庭用の加熱炉が勝手に火力を上げたりして……!」


「来たな。……トビアス、アリア、出るぞ!」


 ロディは手元の万能工具槍《こうぐやり》をひっつかみ、作業着の袖をまくり上げて工房を飛び出した。


◇


 下町の目抜き通りは、大混乱に陥っていた。


 石畳の隙間から青白い放電火花がパチパチと飛び散り、軒先《のきさき》に吊るされた街灯のガラスが次々と割れて破片を降らせている。

 食堂の調理炉からは黒煙が立ち上り、住民たちが手桶《ておけ》に水を汲んで右往左往していた。


「おい、ロディ! こいつは一体どうなってやがる!」


 向かいの鍛冶場《かじば》から、巨大な鉄槌《かなづち》を手にしたガルバが飛び出してきた。


「俺のところの送風炉が、魔力を吸いすぎて真っ赤に溶け落ちそうだ! 元栓を閉めても魔力が止まらねえ!」


「中央区の連中が地下に垂れ流した『魔力の濁流』が、下町の古い配管に逆流してきてるんだ! このまま放置すりゃ、下町中の魔導具が全部焼き切れて火の海になるぞ!」


 ロディの言葉に、集まってきた住民たちの顔から血の気が引いた。


「そ、そんな……! うちの商売道具が全部壊れちまう!」

「助けてくれ、ロディの旦那!」


「安心しろ、誰の道具も壊させやしねえよ」


 ロディは通りの中央、下町の地下配管が交差するマンホールの鉄蓋《てつぶた》の前に仁王立ちになった。


「ガルバの爺さん! 鍛冶場にある『大型冷却排気タワー』の予備フレームを通りへ引きずり出せ! セリア、工房の奥から『多層銅コイル』と『中和結晶の粉末』を全部持ってこい!」


「おうよ! 野郎ども、手ぇ貸しな!」

「はいっ! すぐ持ってきます!」


 ガルバの怒号とともに近所の職人たちが動き出し、セリアが工房へと走る。


「親方! 俺は何をすればいいですか!?」


 トビアスが真剣な眼差しでロディに詰め寄った。

 ロディはトビアスの肩を強く叩いた。


「トビアス、お前は通りの北側と南側の『地下分水バルブ』を回してこい。ただし、完全に閉めるな。二回転半だけ緩めて、水流と一緒に余分な魔力を下水本線へ逃がすんだ。お前が朝直した発酵器の弁と同じ構造だ。できるな?」


「二回転半……! はいっ、絶対に狂わせません!」


 トビアスは工具袋を握りしめ、泥水が噴き出すマンホールへと迷いなく駆け出していった。


「アリア、俺の右腕のサポートだ。地下の魔力逆流を一点に集めて、大気中へ安全に逃がす『即席エーテル整流防波堤』を組む」


『了解――マスター・ロディ。アーキタイプ・コアの共振補助シーケンスを展開』


 アリアがロディの背後に立ち、その華奢《きゃしゃ》な手をロディの右肩へと重ねた。

 彼女の藍色の瞳が眩く発光し、ロディの脳内へ地下配管の歪んだ魔力グリッドが立体的に投影される。


 ロディは万能工具槍の穂先を、マンホールの中心部へと突き立てた。


《――『構造解読』並びに『アーキタイプ・コア同調』》


 ロディの右手のひらに刻まれた銀の紋章が、カッと眩い光を放った。

 大地の下を狂乱しながら駆け巡る魔力の奔流。

 ロディはその荒れ狂う波のうねりを感じ取り、槍の切っ先から極細の整流ルーンを地下へと注ぎ込んでいく。


「ガルバさん、コイルをタワーに巻き付けろ! 今だ!」


「合点承知ぃっ!」


 ガルバが運び出された高さ三メートルの金属タワーに、極太の銅コイルを一気に巻きつけた。

 セリアがその上から中和粉末を豪快に振りかける。


 ――カチリ。


 トビアスが通りの両端でバルブを正確に二回転半緩めた瞬間、配管内の圧力が一瞬だけ均等になった。


「そこだァッ……! 整流結界(セイフティ・ダム)、起動!」


 ロディが工具槍の柄を思い切り踏み込んだ。


 ――キィィィィィィン……!


 澄み渡るような高周波の鐘の音が、下町の目抜き通りに響き渡った。


 金属タワーの先端から、巨大な青白い光の傘がパッと空中に広がり、下町全体を包み込むようにドーム状の結界を形成した。

 地下から逆流してきた濁った魔力の奔流が、タワーのコイルを通ることで瞬時に無害な光の粒子へとろ過され、夜空へ向けてシュウシュウと清涼な蒸気となって逃げていく。


 ――スゥッ……。


 先ほどまで火花を散らしていた街灯の光が、穏やかな琥珀色《こはくいろ》の灯りへと落ち着いた。

 食堂の調理炉の火は適正温度に戻り、暴走していた揚水ポンプは心地よい規則正しいリズムで水を汲み上げ始める。


 通りを満たしていた焦げ臭い煙が、冷涼な風にかき消されていった。


「……と、止まった……?」

「うちのオーブンが……直ったぞ!」

「街灯も割れなくなった! 助かったんだ……!」


 静まり返った通りに、やがて地鳴りのような大歓声が湧き起こった。

 住民たちが抱き合って喜び、ロディの周りへ駆け寄ってくる。


「ロディの旦那! ありがとうよ!」

「さすが下町一の職人だ!」


「親方……! バルブの調整、間に合いました!」


 泥まみれになりながら走って戻ってきたトビアスが、息を切らしながら破顔《はがん》した。


「よくやった、トビアス。お前のバルブ操作が〇・一秒でもズレてたら、タワーごと吹き飛んでたところだ。……一人前の仕事だったぞ」


「……っ! はいっ!」


 ロディに頭をぽんと叩かれ、トビアスは誇らしそうに涙を拭った。


『マスター・ロディ。下町全域のエーテル波形、完全安定化を確認。……本拠点は、中央区からの魔力災害に対する絶対防波堤として機能しています』


 アリアが静かに告げ、ロディの肩から手を離した。

 その表情には、確かな安堵の光が浮かんでいた。


◇


 一方、歓声に沸く中央区の大広場。


「き、教授……! 大変です!」


 青ざめた若手研究員が、通信機を抱えてベルガー教授の元へ駆け寄ってきた。


「下町および外郭区の旧式導管に強烈な逆サージが発生しました! 各所で家庭用魔導具の小規模な爆発が――」


「騒ぐな、馬鹿者が!」


 ベルガーは扇子で研究員の頭を叩き、冷酷に吐き捨てた。


「下町の薄汚い平民どもが使っているガラクタが壊れただけだろう! 旧時代の粗悪品が淘汰《とうた》されるのは自然の摂理だ! 我が新システムの崇高な光に耐えられぬゴミなど、燃えて灰になればよいのだ!」


 ベルガーは勝ち誇ったように中央炉の巨大クリスタルを見上げた。


「明日の正午、いよいよ出力を百パーセントまで引き上げる『フェーズ2』へ移行する! 帝都のすべての旧式魔導具を我が配給網の軍門に降らせてくれるわ!」


 傲慢《ごうまん》な教授の笑い声が、夜の広場に響く。


 自らの足元で、帝都の心臓部を粉々に打ち砕く『破滅のエネルギー』が限界まで膨れ上がっていることにも気づかずに。

お読みいただきありがとうございました!

中央区の暴走インフラに対し、ロディと仲間たち、そして見習いトビアスの見事な連携で下町を守り抜きました!

しかし、無反省なベルガー教授は出力を最大にする『フェーズ2』の強行を決定してしまいます……。

次回:『第19話 帝都大停電と、職人たちの逆襲』

ついに限界を迎えた中央炉が大暴走! 闇に包まれた帝都を救うため、ロディ魔導修繕店が全軍出撃します。お楽しみに!

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