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宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

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第16話 平和な工房と、思わぬ弟子志願

第15話では、北方ヴェルダン国境の敵機甲師団を無傷で制圧し、下町の日常へと凱旋しました。

第16話では、平和を取り戻した工房に、思いがけない「弟子志願」の少年が訪れます。職人の基本と、新たな波乱の予兆をお届けします!

 初冬のやわらかな陽光が、工房の磨き上げられた窓ガラスから差し込んでいた。


 カン、カン、カン――。


 通りを挟んだ向かいの鍛冶場《かじば》から、ガルバが鋼を叩く心地よい槌音《つちおと》が響いてくる。

 作業台の前に座るロディは、手元の万能ルーペを覗《のぞ》き込みながら、下町の八百屋から持ち込まれた『野菜保存用・小型保冷箱』のエーテル配管をピンセットで調整していた。


「……よし。熱伝導板の歪《ひず》みは取れたな。これで凍りつくことも、ぬるくなることもねえ」


 ロディがネジを均等に締め直すと、作業机の横から湯気の立つマグカップが差し出された。


「マスター・ロディ。午前の作業開始から百二十分が経過。……適度な糖分と水分の補給を推奨します」


 藍色《あいいろ》のリボンで白髪をまとめたアリアだ。

 彼女の手には、ハチミツを少し垂らした温かい野草茶が載っていた。

 以前のような機械的なぎこちなさは完全に消え、カップを置く仕草ひとつにも、ロディの手元を邪魔しない細やかな気配りが宿っている。


「ありがとな、アリア。……お前、茶を淹《い》れる腕がセリアに似てきたな」


「肯定。セリア殿の抽出手順および温度管理データを学習し、マスターの好みに合わせて最適化を行いました。……美味しい、と感じていただければ幸いです」


 アリアは小首を傾げ、ほんのわずかに口元を緩めた。

 彼女の胸郭《きょうかく》の奥で刻まれる魔力脈動は、かつてないほど穏やかで温かい。


「ロディさーん! 頼まれていた銀のハンダ線と、東通りのパン屋さんから焼きたての塩パン、届きましたよー!」


 工房の引き戸を元気よく開けて入ってきたのは、シルフィード商会のセリアだ。

 両手に抱えた紙袋から、香ばしい小麦の匂いがふわっと広がる。


「おっ、待ってました。セリアさん、いつも気が利くな」


「ふふん、工房の専属窓口ですからね! あ、それとロディさん、表の通りにさっきから変な男の子が立っているんですけど……知り合いですか?」


「男の子?」


 ロディが作業の手を止め、窓の外へ視線を向けた。


 通りの電柱の陰から、おどおどとこちらの様子をうかがっている人影があった。

 年齢は十五、六といったところか。

 仕立ての古びた見習い服を着て、手には油で汚れた小さな麻袋を大事そうに抱え込んでいる。

 寒さのせいか、それとも緊張のせいか、少年の肩は小刻みに震えていた。


『――生体スキャンを実行』


 アリアの藍色の瞳に、淡い光が宿る。


『対象の年齢:十五歳前後。栄養状態はやや低下。魔力保有量は平民の平均値以下と推定されます。……敵対意図、武装反応は検知されません』


「……冷やかしじゃなさそうだな」


 ロディが立ち上がり、工房の引き戸をガラリと開けた。


「おい、そこの坊主。用があるなら中に入りな。突っ立ってると風邪を引くぞ」


「ひゃ、はいっ……!」


 少年は弾かれたように背筋を伸ばし、慌てて脱帽すると、ペコペコと何度も頭を下げながら工房の敷居を跨《また》いだ。


◇


「……それで、何の用だ? うちへ道具の修理を頼みに来たのか?」


 ロディが温かいお茶の入ったマグカップを差し出すと、少年は両手で包み込むように受け取り、深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……! あ、あの……俺、トビアスって言います! 帝都の『中央魔導学院・工技科』の見習い……でした!」


「でした、ってことは……辞めたのか?」


「は、はい……。昨日、退学処分になりました」


 トビアスは悔しそうに唇を噛み締め、俯《うつむ》いた。


「実家は下町の貧しい革職人なんですけど、魔導具を作る職人になりたくて、必死に奨学金をもらって学院に入ったんです。……でも、学院の先生や貴族の生徒たちから『魔力値が低すぎて話にならない』『理論の計算式を覚える頭がない落ちこぼれ』って言われて……。最後は、貴族の生徒が壊した実習用魔導具の責任を全部押し付けられて、追い出されました」


 トビアスの話を聞きながら、セリアが憤《いきどお》らしげに眉を吊り上げた。


「またそれですか……! 宮廷の研究所といい魔導学院といい、上の連中は自分の失敗を立場の弱い人に押し付けるのが伝統なんですか!?」


「まあ、昔から変わらんよ。魔導工学を『貴族の特権』だと思い込んでる連中のいつもの手口だ」


 ロディは煙管《きせる》を取り出し、火皿に刻み煙草を詰めた。

 紫煙をくゆらせながら、静かにトビアスを見据える。


「事情は分かった。で、その退学になったお前が、なんでうちに来たんだ?」


 トビアスはハッと顔を上げ、抱えていた麻袋をぎゅっと胸に抱きしめた。

 その瞳には、必死な光が宿っていた。


「お、俺……下町の噂を聞いたんです! 宮廷の傲慢《ごうまん》な技師長を鼻で笑い飛ばして、壊れた道具を魔法の神業で直してしまう凄い職人さんがいるって! ……ロディ親方! どうか、俺を弟子にしてください!」


 トビアスは土間に膝をつき、深々と額を床に擦り付けた。


「掃除でも、買い出しでも、火起こしでも何でもやります! 給金はいりません、ご飯の残りだけでいいです! 俺に……本物の『魔導具の作り方』を教えてください!」


 工房の中に、静寂が落ちた。


 ロディは煙管をくわえたまま、煙の向こうにいる少年を無言で見下ろしていた。

 セリアはおずおずとロディの顔を伺い、アリアは静かにトビアスの全身の魔力バイタルを観測している。


「……悪いが、断る」


 ロディの口から出たのは、低く、冷淡とも取れる拒絶の言葉だった。


「うちは見ての通り、細々と下町のガラクタを直してるだけの零細《れいさい》修理屋だ。人を雇う余裕もなけりゃ、誰かに手取り足取り技術を教えてやるような殊勝《しゅしょう》な工房でもない。……他を当たってくれ」


「そ、そんな……!」


 トビアスの顔から血の気が引き、絶望に瞳が揺れた。


「ロディさん……ちょっと厳しすぎませんか?」


 見かねたセリアが小声で口を挟む。

 だが、ロディは首を横に振った。


「厳しいも何もない。職人の世界は、同情で飯が食えるほど甘くねえんだよ。……トビアスと言ったな。その麻袋の中身は何だ」


「え……? あ、これは……」


 トビアスはおずおずと袋の紐を解き、中から古びた木箱を取り出した。

 蓋を開けると、中には少年が手作業で集めたと思われる、使い古された工具の数々が並んでいた。


 刃の欠けた小さなタガネ、柄のすり減った木槌《きづち》、研ぎ直されて短くなったマイナスドライバー。

 どれも安物の、使い古されたガラクタばかりだ。


 ――だが。


 ロディの目が、微かに細まった。


《……ほう》


 道具の金属部分は、どれも油で丁寧に拭き上げられ、錆《さび》ひとつ浮いていなかった。

 タガネの刃先は手作業の砥石《といし》で真っ直ぐに研ぎ直され、木槌の握り手には、滑り止めの布テープが几帳面《きちょうめん》に何重にも巻き直されている。


 道具を愛し、毎日の手入れを一日たりとも怠っていない人間の手つきだった。


「……坊主。そのタガネと木槌を持て」


「えっ……?」


 ロディは作業台の端から、先ほど直していた『野菜保存用・小型保冷箱』の銅製ヒンジ《蝶番》を取り出し、トビアスの前の作業台にコトンと置いた。


「このヒンジ、ネジ穴の周囲に〇・五ミリのバリ《金属のトゲ》が出てる。……お前のそのタガネで、削り落としてみろ」


「は、はいっ!」


 トビアスは慌てて木箱からタガネと木槌を手に取った。

 緊張で指先が震えている。


 少年は金属片を左手でしっかりと押さえ、タガネの刃先を慎重にバリの根元へと当てた。

 そして――コン、コン、コン、と小気味よいリズムで木槌を振るう。


 刃の角度は一定。

 力任せに叩くのではなく、金属の繊維の向きを見極めながら、薄皮を剥《は》ぐように削り取っていく。


 ――サリ、サリ、サリ……。


 削りカスが綺麗な金色の粉となって散り、わずか一分で、ヒンジの表面は指で撫でても一切引っかからない滑らかな平面へと仕上がっていた。


『――測定完了』


 アリアが静かに告げた。


『切削面の平面誤差、〇・〇二ミリ以内。……魔力付与を用いない物理加工としては、熟練工の作業精度に対し八九パーセントの適合度を示しています』


「な……!?」


 トビアスが驚いてアリアを見た。


「学院の先生は、お前のことを『魔力値が低くて理論が解けない無能』と言ったんだったな」


 ロディが煙管を灰皿に置き、削られたヒンジを指先でなぞった。


「当たり前だ。あいつらは紙の上の数式と、派手な魔法の出力しか見てねえからな。……だが、金属の目を手先で感じ取り、道具を労《いたわ》りながら均等な力で叩く技術は、魔力の多さじゃ決して身につかん」


「ロディ……親方……」


「お前の手入れされた工具を見りゃ、どれだけ真面目に鉄と向き合ってきたか分かる。……学院の連中はお前の『一番大切な才能』を見落としたんだよ」


 ロディは立ち上がり、棚から予備の革エプロンを一着取ると、トビアスの頭の上へ無造作に放り投げた。


「うわっ!?」


「明日の朝六時だ。寝坊したら即刻クビにする。……それと、セリア」


「はいっ!」


「こいつの住み込み用の毛布と、朝飯の皿を一枚増やしておいてくれ」


「……っ!!」


 トビアスは胸に落ちてきた革エプロンを抱きしめ、目から大粒の涙をポロポロとこぼした。


「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます、親方……! 俺、死ぬ気で頑張ります……!」


「死なれたら困る。道具を大事にする奴は、自分の体も大事にしろ」


 ロディは苦笑しながらトビアスの頭を小突《こづ》いた。


◇


 その日の夕暮れ。

 トビアスが嬉しそうに工房の土間を箒《ほうき》で掃き清めている横で、セリアが神妙な顔をしてロディの元へ歩み寄ってきた。


「ロディさん。トビアス君が持ってきた荷物の中に……気になるものが入っていました」


「ん? 何だ」


 セリアが作業台の上に広げたのは、トビアスが退学時に学院のロッカーから持ち帰ったという、古い研究ノートの切れ端だった。


 そこには、学院の印章とともに、奇妙な『新型魔導インフラ計画』の図面が描かれていた。


「これ……学院の上層部と、帝都の大貴族連合が共同で進めている『全自動魔導配給網』の計画書です。……ハイネ公爵家が失脚した後、別の貴族たちが、下町の職人や小商人を完全に排除して、帝都中の魔導具の流通と修理を一手に独占しようと動いています」


「全自動配給網……ねえ」


 ロディは図面を一瞥《いちべつ》し、ふんと鼻を鳴らした。


「机の上のエリートどもが、また懲りずに現場を無視した大風呂敷を広げてるらしいな」


『マスター。図面の術式構成に、極めて不安定な多重自己修復ループを検知』


 アリアが図面に指を重ね、警告の光を灯した。


『この設計のまま帝都全域に魔導インフラを展開した場合、稼働開始から三ヶ月以内に――帝都中央の魔力供給網が大規模連鎖崩壊を起こす確率が、八二パーセントです』


「……また俺たちに、特大のガラクタの掃除を押し付ける気配がプンプンしやがるな」


 ロディは煙管をくわえ、夕闇に染まりゆく帝都の中央区を見据えた。

 新たな弟子を迎えた小さな町工場に、帝都の利権を巡る次なる嵐の足音が、静かに忍び寄っていた。

お読みいただきありがとうございました!

新たな仲間として、実直な見習い少年トビアスが工房に加わりました!

ロディの職人としての目利きと、道具を大切にする者への温かい眼差しをお届けしました。

そして早くも、帝都の新たな貴族利権の影が動き始めています……!

次回:『第17話 町工場の猛特訓と、傲慢なる査察官』

トビアスへの本格的な職人指導がスタート! そこへ、学院から追っ手の査察官が乗り込んできます。お楽しみに!

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