↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/27

第15話 大空洞の決着と、下町の凱旋

第14話では、ロディの放った妨害波によって、敵機甲師団の全兵器が一斉に沈黙しました。

第15話では、大空洞の敵勢力の完全制圧と侵攻トンネルの封鎖、そして下町への凱旋をお届けします!

 三十両を超える魔導戦車が沈黙した地下大空洞は、まるで時が止まったかのような静寂に包まれていた。


 送電タワーから放たれた銀色の光が収まると、坑道を満たしていた不気味な紫色の光は完全に消え去り、作業用の薄暗い非常灯だけが頼りなく灯っている。


「う、動かん……本当に、指一本動かせんぞ……!」


「装甲服の油圧が抜けた! 重くて立ち上がれない!」


 空洞の各所から、敵の装甲兵たちの悲痛な叫びが漏れ聞こえていた。

 彼らが身にまとう重装甲は、外部からのエーテル供給が途絶えたことで、ただの重たい鉄の檻(おり)と化していたのだ。


「総員、突撃! 敵指揮官を拘束せよ!」


 エレナが銀の佩剣(はいけん)を掲げ、凛(りん)とした号令を下した。


 近衛第一大隊の十名が一斉に散開する。

 騎士たちは動けなくなった敵兵の間を風のように駆け抜け、武器を奪い、手際よく拘束用のロープで縛り上げていった。

 抵抗できる者は一人もいなかった。


「ひ、ヒィィッ! 来るな、近寄るな!」


 高台の指揮所から真っ先に逃げ出そうとしたのは、小太りのクロイツ頭領だった。

 分厚い書類鞄(かばん)を抱え、非常用の階段を転がるように駆け下りようとする。


 だが――その行く手を、巨大な影が塞(ふさ)いだ。


「おうおう、どこへ行こうってんだ、タヌキ親父」


 仁王立ちになったヴァルガスが、分厚い胸板を反らせて立っていた。

 クロイツは息を呑み、腰の短剣を抜こうと手を伸ばす。


「ど、退(の)け! 私は帝国の名門商会の頭領だぞ! 金ならいくらでも――」


「金で買えないもんを教えてやるよ。……俺の握力だ」


 ガシィッ!


 ヴァルガスの太い丸太のような腕が伸び、クロイツの首根っこを軽々と掴み上げた。

 宙吊りにされたクロイツが手足をバタつかせ、抱えていた革鞄が床に落ちて金具が弾け飛ぶ。


 中から散らばったのは、ガルディニア軍の最高司令部と交わされた密約書の原本、そしてハイネ公爵家へ裏金を流していた詳細な秘密帳簿の束だった。


「エレナの嬢ちゃん! 特大の獲物と証拠の山だぜ!」


「見事だ、ヴァルガス殿!」


 エレナが駆け寄り、散らばった書類の筆跡と軍用印章を確認した。

 その翡翠色(ひすいいろ)の瞳が、怒りと冷徹な光を宿す。


「これだけの動かぬ証拠があれば、ハイネ公爵家の残党も言い逃れはできん。……クロイツ頭領、貴殿を国家反逆罪および敵国内通の現行犯で逮捕する」


「お、終わりだ……すべて、水の泡だ……」


 クロイツは顔を土色に変え、その場に崩れ落ちた。


 一方、指揮所に残されていたガルディニア軍のブラント大佐は、床に落ちた軍刀を見つめたまま、動かずにいた。

 彼の前に、静かに歩み寄る足音があった。


 作業着の袖をまくり、万能工具槍を肩に担いだロディだ。

 その半歩後ろには、左腕の武装を収めたアリアが静かに控えている。


「……信じられん」


 ブラント大佐は掠(かす)れた声で呟(つぶや)いた。


「我が師団が心血を注ぎ、オメガ・セルの力で完成させた最新鋭の機甲兵器群だぞ。……それを、民間の職人風情(ふぜい)が、たった一つの粗末な妨害装置で全滅させるなど……どんな魔導理論を使えばそんなことが可能なのだ」


「理論なんてもんじゃないよ」


 ロディは煙管(きせる)を取り出し、カチリと火をつけた。

 立ち上る紫煙越しに、冷酷な軍人を見据える。


「あんたらの兵器は、力任せに出力を上げることしか考えていなかった。頑丈そうに見える装甲の裏で、冷却ラインは悲鳴を上げ、回路は限界まで張り詰めていたんだ。……糸がピンと張り詰めていれば、針の先で軽く弾くだけで全体が千切れる。道具の無理な悲鳴を聞き逃した時点で、あんたらの負けだったのさ」


「道具の……悲鳴だと……?」


 ブラント大佐は呆然と呟き、やがて力なく両手を差し出した。


「……私の負けだ。捕虜の権利を要求する」


「近衛兵、この男を拘束しろ。武器の類(たぐい)をすべて回収しろ」


 エレナの指示により、敵の最高司令官も無力化された。

 地下大空洞に展開していたガルディニア軍一個大隊は、死傷者を一人も出すことなく、完全に武装解除されたのだ。


◇


 残る問題は、空洞の最奥に横たわる全長三十メートルの超巨大掘削艦だった。


 動力こそ停止しているものの、艦の内部に搭載された巨大なオメガ・セルからは、依然として高密度の不気味な熱気が漏れ出ていた。


「ロディ殿、この巨大な掘削艦はどうするのだ? 放置すれば、いずれオメガ波が自然回復して再起動する危険はないか」


 エレナが心配そうに巨大な艦体を見上げる。


「このまま置いていくわけにはいかん。……アリア、炉心ハッチを開放しろ。中に入って安全弁を物理的に引っこ抜く」


「了解。マスター・ロディ」


 アリアが跳躍し、掘削艦の側面にある点検用パネルを素手でこじ開けた。

 ロディは手慣れた足取りで艦内の狭い通路をくぐり抜け、灼熱の熱気が渦巻く主動力室へと足を踏み入れた。


 部屋の中央、頑丈な金属フレームに固定されていたのは、ドラム缶ほどの大きさがある巨大な『オメガ・セル』の母岩だった。

 表面には無数の細かい亀裂が走り、結晶の奥で濁った紫の光が弱々しく明滅している。


「……ひでえ使い方をしやがって。無理に魔力を絞り出されて、結晶構造がズタズタだ」


 ロディは手袋を外し、素手を冷え切った結晶の表面に触れさせた。


(――『構造解読』並びに『アーキタイプ・コア同調』)


 右手のひらの銀の刻印が、柔らかく澄んだ光を放つ。

 ロディの穏やかな魔力が結晶の中へと染み渡り、荒れ狂っていたオメガ波のトゲを一つひとつ包み込んでいく。


 ジジッ……と微かな電子音が響き、濁っていた結晶の表面が、次第に冷たく澄んだ黒曜石(こくようせき)のような色合いへと変わっていった。


「よし。これで完全に休眠状態に入った。二度と外から魔力を流し込んでも暴走はせん」


 ロディは工具槍のスパナを使って、炉心を支えていた結合ボルトを六本、手際よく外した。

 結晶を保護ケースへと滑り込ませ、背嚢(はいのう)へと固定する。


「それと……仕上げだ」


 ロディは動力室の配管から、高圧エーテルの排気バルブを一本だけ緩めた。

 バルブの隙間から、シューッと可燃性のガスが静かに漏れ出す。


「アリア、脱出するぞ。五分後にこの空洞ごと、トンネルの入り口を爆破して埋め戻す」


「肯定。遅延着火回路のセットを確認。脱出ルートの確保へ移行します」


 二人は掘削艦から飛び降り、捕虜を連れて坑道の出口へと待避していたエレナたちのもとへ合流した。


「全員、旧坑道の上層へ退避しろ! 衝撃が来るぞ!」


 ロディの叫びとともに、全員が岩棚の頑丈な窪みへと滑り込んだ。


 ――五、四、三、二、一。


 ズズズズズズズッ……!


 大空洞の底から、腹に響く重低音が轟(とどろ)いた。

 掘削艦に残されたガスに引火し、連鎖的に空洞の支柱岩盤が内側から崩壊を始める。


 ドゴォォォォンッ!


 凄まじい土煙と爆風が吹き抜け、敵が数ヶ月かけて掘り進めていた巨大トンネルは、何万トンもの土砂と巨岩によって跡形もなく埋め立てられた。

 帝都の喉元へ通じるはずだった闇の侵攻ルートは、永遠に地中深くへと閉ざされたのだ。


◇


 それから三日後。


 初冬の澄み渡る青空の下、帝都の中央大通りは熱狂的な歓声に包まれていた。


 国境ヴェルダン山脈から帰還した近衛第一大隊の隊列。

 その中央には、厳重に縄で縛られたガルディニア軍のブラント大佐と、下を向いて震えるクロイツ頭領の姿があった。

 押収された敵の機密文書と裏帳簿はすでに皇宮へと届けられ、ハイネ公爵家の本邸には早朝から憲兵隊が突入し、関与していた貴族派閥は一人残らず一網打尽にされていた。


 帝都を未曾有(みぞう)の奇襲から救った英雄たちの凱旋(がいせん)。

 沿道に詰めかけた市民たちから、花びらと歓声が降り注ぐ。


 だが――その華々しいパレードの列から、こっそりと抜け出した影がいくつかあった。


「ふぅ……。やれやれ、やっぱり人混みは性に合わんな」


 大通りの裏路地。

 作業着の襟を立てて煙管をくわえたロディが、人知れず歩いていた。

 その隣には、綺麗な藍色のリボンで髪を結び直したアリアが、ぴったりと寄り添って歩いている。


「マスター・ロディ。近衛騎士団の公式式典への出席を辞退した件、エレナ殿が大変残念がっていました」


「いいんだよ。俺は軍人でも貴族でもねえ、ただの町の修理屋だ。表彰台で小難しい挨拶をする暇があったら、溜まった依頼のネジを回したい」


「肯定。マスターの職人としての行動規範を支持します」


 アリアの瞳が柔らかく細まり、ほんのわずかに微笑むような気配配を見せた。


「ガハハハッ! 違げえねえ! 手柄なんざ軍の連中にくれてやりゃいいのさ! 俺たちには美味い酒と肉があれば十分だ!」


 後ろから豪快な笑い声を上げながらついてきたのは、ヴァルガスだ。

 その両腕には、皇宮から報奨として下賜(かし)された高級ワインの樽が二つも抱えられていた。


 下町の通りに入ると、見慣れた古びた木の看板が見えてきた。


 ――『ロディ魔導修繕店』。


 工房の引き戸が勢いよくガラリと開き、中からエプロン姿の少女が飛び出してきた。


「ロディさん! アリアちゃん! ヴァルガスのおじさんも!」


 セリアだ。

 彼女は涙で瞳を潤ませながら駆け寄り、ロディの作業着の裾をぎゅっと掴んだ。


「無事で……本当に、無事でよかったです……! 帝都中が大騒ぎですよ! 国境の敵軍をたった十数人で壊滅させた凄腕の職人集団がいるって!」


「大げさな噂だな。俺たちはちょっとしたガラクタを片付けてきただけだ」


 ロディは苦笑しながら、セリアの頭をぽんと撫でた。


「おい、ロディ! 無事に帰ってきたか!」


 向かいの鍛冶場から、腕組みをしたガルバが白い歯を見せて歩み寄ってきた。


「お前らが国境へ行ってる間、うちの工房も大忙しだったぞ。下町の連中が『ロディの工房が戻ってきたらすぐに直してほしい』って、壊れた魔導具を山ほど置いていきやがった」


 工房の中を覗き込むと、作業場の棚には、丁寧に依頼票が貼られたランプや加熱炉、農具や工具が所狭しと並べられていた。

 誰かに命令された仕事ではない。

 下町の人々が、ロディの腕を信じて持ち込んできた、生活の道具たちだ。


「……さてと」


 ロディは使い慣れた革のエプロンを締め、作業机の前の椅子に腰を下ろした。

 引き出しから真鍮のドライバーと精密ピンセットを取り出し、並べられた道具たちに向き合う。


「セリア、依頼票の順番を教えてくれ。アリア、中和液の準備だ」


「はいっ! 喜んで!」


「了解。マスター・ロディ。修繕ルーチンを開始します」


 アリアが澄んだ声で応じ、迷いのない手つきで工具を並べていく。

 金属と金属が擦れ合う心地よい音、そして立ち上る油の匂い。


 宮廷を追われ、ガラクタとして捨てられていた四十路の職人と古代の人形。

 二人が手を取り合って築いた小さな工房は、国家の危機を乗り越え、帝都で最も頼もしく、かけがえのない居場所として、確かな光を放ち始めていた。


お読みいただきありがとうございました!

北方ヴェルダン国境編、完全決着です!

敵機甲師団を無傷で制圧し、裏切り貴族の証拠を暴いて帝都へ凱旋。そしていつもの下町工房の日常へと戻ってきました。

次回:『第16話 平和な工房と、思わぬ弟子志願』

名実ともに帝都一の工房となったロディのもとに、今度は工房で働きたいという珍しい訪問者が現れます。お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。