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宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

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第13話 白銀の山嶺と、闇の抜け道

前回に引き続き、変更点があります。今回の話から細かく改行を入れていくことにしました。よろしくお願いします。

さて、第12話では、工房を襲撃してきた敵国の工作部隊を撃退し、侵攻決行日まで残り五日であることが判明しました。

第13話では、雪深きヴェルダン山脈の地下へ潜入し、敵の大軍がうごめく秘密坑道へと迫ります!

 帝都から北へ早馬で二日。

 視界のすべてを白く染め上げる猛吹雪の中に、天を突く険しい岩山が連なっていた。


 帝国北方国境――ヴェルダン山脈。

 年中を通じて凍てつく風が吹き荒れ、巨大な白銀の竜や氷獣が棲《す》むとされる、帝国の天然の要塞《ようさい》だ。


「おいおい、近衛の旦那《だんな》方! 足元に気をつけな! 一歩踏み外せば、千メートル下の氷河まで真っ逆さまだぞ!」


 猛烈な風雪をものともせず、先頭をガシガシと大股で進むのはヴァルガスだ。

 手にした太いピッケルを氷壁に叩き込み、後続のために足場を刻んでいく。


 そのすぐ後ろを、ロディとアリア、そしてエレナ率いる十名の近衛精鋭兵が、一列になって進んでいた。

 全員が防寒用の分厚い毛皮外套《がいとう》をまとっているが、吐き出す息は一瞬で白く凍りつき、まつ毛に白い霜《しも》がびっしりと張り付いている。


「くっ……! 体温維持の魔導コートが、寒さで出力を落としている……! このままでは指先が凍傷になるぞ!」


 列の中ほどを歩く若い近衛騎士が、かじかんだ手で胸元の魔導バックルを押さえながら歯を鳴らした。

 宮廷から支給された最新鋭の防寒装備だったが、極度の低温によって内部の魔力油《オイル》が固まり、発熱回路が悲鳴を上げていたのだ。


「隊列を止めるな、歩き続けろ! 足を止めれば体温を奪われるぞ!」


 エレナが叱咤《しった》の声を飛ばすが、騎士たちの足取りは目に見えて重くなっていた。


「全員、ちょっと止まれ。……外套の胸元を開けな」


 見かねたロディが声をかけ、背負っていた重い荷物を雪の上に下ろした。

 手にした万能工具槍《こうぐやり》の先端を器用に外し、手のひらサイズの小さな真鍮《しんちゅう》製スプレーを取り出す。


「ロディ殿、こんな吹雪の吹き溜まりで立ち止まるのは危険です!」


「凍えて指が動かなくなってからじゃ遅いんだよ。……ほら、じっとしてろ」


 ロディは先頭の騎士の胸元にある発熱炉の吸気口へ、スプレーから琥珀《こはく》色の液体を一吹きした。

 下町を出る前、工房の廃油と中和剤をブレンドして作った『超低温用エーテル解凍液』だ。


 シュッ、と微かな音が響いた直後。


 ――ボワッ……!


 騎士の胸元から、柔らかな橙色《だいだいいろ》の温風が勢いよく吹き出した。

 凍りついていた魔導バックルのインジケーターが、瞬く間に快調な緑色へと跳ね上がる。


「な……!? 一瞬で熱が戻った……!? さっきまでよりずっと温かいぞ!」


「冷気でオイルの粘度《ねんど》が上がって、燃料パイプが詰まってただけだ。……次、そこのあんたもだ」


 ロディは手際よく十名の騎士たちの防寒具へ解凍液を吹き込み、ついでに排気スリットの角度を指先でわずかに広げてやった。

 作業にかかった時間は、全員合わせてもわずか二分足らず。

 凍えかけていた騎士たちの顔に一気に血色が戻り、驚嘆と感謝の眼差しがロディへと注がれた。


「す、すごい……宮廷の技師は『寒冷地では魔導具の出力低下は避けられない』と言っていたのに……」


「机の上の理論しか知らない連中の戯言《ざれごと》だ。油の配合を変えて空気の通り道を二ミリ広げてやりゃ、マイナス三十度の吹雪だろうが機械はちゃんと呼吸する」


 ロディは無精髭《ぶしょうひげ》を撫でながら笑い、スプレーを腰の袋へと戻した。

 エレナは深く息を吐き、改めてこの四十路の職人の底知れなさに感嘆の眼差しを向けた。


「……本当に、貴殿を連れてきて正解だった。貴殿がいなければ、我らは地下に潜る前に山で脱落していた」


「感謝なら、無事に帝都へ帰って美味い酒を奢《おご》ってくれりゃいいさ。……それよりヴァルガス、入り口はまだか」


「ガハハッ! 目の前だ、目の前!」


 ヴァルガスが岩壁を覆っていた分厚い氷の塊を、大斧の峰で豪快に叩き割った。

 ガラガラと音を立てて崩れ落ちた氷の奥から、ぽっかりと口を開けた真っ暗な横穴が姿を現した。


 人間が二人並んで通れるほどの古い坑道《こうどう》だ。

 坑口からは、外の猛吹雪とは真逆の、生温《なまぬる》く湿った風が吹き上がっていた。


「昔、鉱夫どもが銀を掘り尽くして捨てた『旧ヴェルダン第三坑道』だ。……ここを通れば、敵の採掘部隊が陣取っている大空洞の真上へ、音もなく忍び込めるぜ」


「よし。全員、明かりは最小限に絞れ。これより敵の支配地域へ侵入する」


 エレナの合図で、部隊は慎重に暗黒の坑道の中へと足を踏み入れた。


◇


 外の風雪の音が遠ざかり、坑道内には水滴が岩肌を滴《したた》るポタポタという音と、部隊の足音だけが響いていた。


 暗がりの中、先頭を歩くロディの右手のひらで、銀色の刻印――『古代修繕中枢核《アーキタイプ・コア》』が、トクン、トクンと規則正しく熱を帯びていた。


《……空気が重いな。オメガ波の濃度が、深淵回廊の浅瀬と同じレベルまで上がってやがる》


 ロディは歩きながら、壁の岩肌に素手で触れた。


《――『構造解読』》


 青紫色の光の線が岩盤を透過し、地下深くへと網目状に広がっていく。

 自然の洞窟を無理やり押し広げた痕跡。

 岩肌の表面が、超高熱でガラス状に焼き固められているのが指先から伝わってきた。


『マスター・ロディ。振動波の解析データを報告します』


 ロディの半歩前を歩くアリアが、音もなく振り返った。

 彼女の藍色《あいいろ》の瞳には、地下の断面図が淡い光の立体映像として投影されている。


『前方八百メートル、地下深度二百メートルの大空洞において、大規模なエーテル熱源を感知。……魔導大型車輌が三十二、小型装甲車輌が十四、生体反応は約四百五十です』


「四百五十……! ガルディニア軍の一個大隊が、すでに地下へ集結しているのか!」


 エレナが息を呑み、腰の剣の鯉口《こいぐち》を無意識に切った。


「敵の掘削作業の進捗《しんちょく》状況はどうだ、アリア」


『掘削先端部におけるエネルギー放射を確認。……帝都外郭の防衛結界基部まで、残り掘削距離はわずか八百メートル。……あと二日、早ければ明日の夜には貫通します』


「明日の夜だと!? 五日後という情報は偽装だったのか……!」


 エレナの顔から血の気が引いた。

 帝都で捕らえた工作員の持っていた情報は、防衛側の初動を遅らせるための罠《わな》だったのだ。


「焦るな、エレナ」


 ロディが低く落ち着いた声で遮《さえぎ》った。


「向こうが作業を急いでるってことは、それだけ機械に無理な負荷をかけてる証拠だ。……道具を限界以上でぶん回せば、必ずどこかに致命的な『歪《ひず》み』が生まれる」


「ロディ殿……」


「ヴァルガス、この坑道は大空洞のどこに繋がってる?」


「空洞の天井近く、昔の通気用の吹き抜け穴だ。あそこからなら、空洞全体が一望できるぜ」


「よし、そこへ案内してくれ」


◇


 狭い岩の割れ目を這《は》うように進むこと十分。

 前方の視界が急激に開け、強烈な熱気と金属の軋《きし》む大音響が部隊の耳を打った。


 一行が潜り込んだのは、巨大な地下大空洞の天井付近――高さ三十メートルほどの天然の岩棚だった。

 見下ろした先には、息を呑むような光景が広がっていた。


 見渡す限りの広大な地下空間。

 その中央を、巨大な軍用列車が何本も敷かれた仮設線路の上を行き交っている。

 整然と並べられているのは、ガルディニア帝国が誇る主力魔導戦車『ガルム・ツヴァイ』。

 角ばった重厚な黒タングステン装甲をまとい、長大な魔導主砲をずらりと並べた鉄の怪物たちだ。


 そして――空洞の最奥、巨大な岩盤に向かって火花を散らしながら突き進んでいたのは、全長三十メートルを超える超巨大掘削艦だった。


 ――ズズズズズズッ……!


 六基の巨大ドリルが回転するたび、大地が悲鳴のように揺れる。

 ドリルの中心部から、濁った紫色の極太ビームが岩盤へ撃ち込まれ、分厚い岩がドロドロのマグマとなって削り落とされていた。


「あんな化け物じみた機械で掘っていたのか……! あれだけの規模の戦力、帝都の警備隊では到底受け止めきれん……!」


 エレナが唇を噛み締め、悔しさに震える。


 空洞の指揮所と思われる高台には、ガルディニア軍の将校服を着た冷酷そうな男と、帝国の豪奢《ごうしゃ》な貴族服を着た小太りの男が並んで立っていた。

 小太りの男の手には、ハイネ公爵家の裏組織『クロイツ採掘商会』の印章が握られている。


「フフフ……素晴らしい掘削速度だ、ブラント大佐! これなら明日の夜には帝都の地下へ雪崩れ込める!」


「当然だ、クロイツ頭領。我が国の技術力とオメガ・セルの融合は完璧だ。……帝都の愚かな貴族どもがベッドで眠っている間に、我が第七機甲師団が皇宮を火の海に変えてくれる」


 高台から響く傲慢《ごうまん》な笑い声。


「あの野郎どもめ……! 今すぐ叩き斬ってやりたいぜ!」


 ヴァルガスが大斧を握りしめ、低く唸《うな》った。


「待て、ヴァルガス。あの大軍の真ん中に飛び込めば、いくらあんたでも蜂の巣だ」


 ロディは岩棚の端に腹這《ば》いになり、目を細めて巨大掘削艦の動力部を凝視した。


《――『構造解読』》


 青紫色の視界の中で、巨大掘削艦のエネルギー網が鮮やかに浮かび上がる。

 六基のドリル、三十両の魔導戦車、そして空洞全体に電力を供給している仮設のエーテル送電タワー。

 それらすべてが――空洞の中央に建てられた、一本の太い『高圧中継タワー』に繋がっていた。


「……見つけたぞ。あそこが心臓部だ」


 ロディが指差した先には、青黒い光を放ちながら激しく唸りを上げる、高さ十メートルほどの送電塔があった。


「あの中継タワーに、工房で作った『広域エーテル妨害共振器』を直結させて起動する。……そうすりゃ、あの送電タワーから逆流した妨害パルスが、線路と送電線を伝って空洞内のすべての魔導戦車と掘削艦の動力炉へ一瞬で駆け巡る」


「一瞬で……全兵器を行動不能にできるのだな?」


 エレナが確認するようにロディを見た。


「ああ。敵の戦車も掘削機も、動力炉が完全にフリーズして鉄の棺桶《かんおけ》に早変わりだ。……だが、中継タワーの制御盤に共振器を繋ぎ、周波数を合わせるまでに『三分間』の時間がかかる」


「三分か……」


 エレナは静かに佩剣《はいけん》を抜き放った。

 白銀の刀身に、冷たい決意の光が宿る。


「その三分間、敵の全軍の攻撃から、我が近衛第一大隊が貴殿と共振器を死守しよう。……一歩も引かん」


「ガハハッ! 俺も混ぜろよ! 戦車を素手でひっくり返すなんざ、竜狩りより面白そうだ!」


 ヴァルガスが野太い笑みを浮かべ、大斧を肩に担ぎ直した。


『マスター・ロディ。……私の全兵装リミッターの解除申請を行います』


 アリアがロディの隣へ寄り添い、静かに告げた。

 彼女の左腕のパイル・アンカーが、重厚な金属音を立てて最大展開位置へとスライドする。


『統括中枢《マザー・オメガ》より継承した出力制御を一時的に開放。……最大戦力にて、マスターの作業空間を防衛します』


「頼もしい相棒たちだ」


 ロディは作業着の袖をまくり、背中の妨害共振器のベルトを締め直した。

 四十路の修繕士の眼に、職人としての冷徹な光が宿る。


「行くぞ。……帝国を裏から食い荒らしたツケを、あいつらに耳を揃えて払わせてやる」


 闇の地下大空洞へ向けて、下町の職人と最強の仲間たちが、静かに降下を開始した。

お読みいただきありがとうございました!

猛吹雪のヴェルダン山脈を越え、ついに敵の大軍が集結する地下大空洞へと到達しました!

ロディの現場での機転と、仲間たちの頼もしさが光る潜入劇でした。

次回:『第14話 三分間の防衛線と、反逆の共振』

敵の大軍のど真ん中へ突入! 共振器起動までの三分間、アリアと仲間たちの怒涛の防衛無双が始まります。お楽しみに!

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