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宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

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第11話 侵攻兵器の解体新書と、下町防衛線

第10話では、Sランク冒険者ヴァルガスが北方国境から持ち込んだ偽装削岩機によって、帝国貴族と隣国ガルディニア軍の密約が発覚しました。

第11話では、ロディによる敵国兵器の徹底解体と、敵の兵器を逆手に取った前代未聞の防衛計画が動き出します。

金属の焼ける饐えた匂いと、揮発性のエーテル溶剤の香りが、工房の土間に低く立ち込めていた。


 作業台の中央に鎮座する二メートル超の偽装削岩機は、すでにロディの手によって外郭装甲が完全に剥ぎ取られ、複雑怪奇な内部骨格を無残に晒していた。


「アリア、六番の逆ネジ用ラチェットと、冷却中和ポーションの第二瓶」


「了解。作業導線上に配置します」


 アリアは迷いのない手つきで工具を差し出しながら、細い指先で高圧パイプの基部を固定した。


 指先にかかる力は数百キログラム相当。


 彼女の確実な保持があるからこそ、ロディはミリ単位の狂いも許されない加圧シリンダーの分解作業に没頭できている。


 キリリ、と乾いた金属音が響き、ドリル駆動部を支えていた太いシャフトが滑らかに引き抜かれた。


「ふむ……やっぱり外装と中身で使ってる金属の純度がまるで違うな」


 ロディは引き抜いたシャフトの断面をルーペ越しに覗き込み、手袋を外した指先でなぞった。


「外側は帝国の安価な鋳鉄で偽装してあるが、内側のメインギアはガルディニア軍特有の『黒タングステン鋼』だ。おまけに、歯車の噛み合わせ面に摩耗防止の重力ルーンが焼き付けてある。……採掘用の民生品にこんな高級素材を使う大馬鹿野郎はいねえよ」


「黒タングステン鋼……! 隣国の機甲師団が、主力魔導戦車の装甲板に使っている門外不出の軍用合金です!」


 作業台の向かいから身を乗り出したエレナが、険しい表情で息を呑んだ。


 彼女の手元には、近衛騎士団の防諜部から早馬で取り寄せた機密報告書が広げられている。


「報告書とも完全に一致した。北方ヴェルダン国境の採掘権を独占していた『クロイツ採掘商会』……表向きは平民の組合を装っていたが、実態はハイネ公爵家の裏資金洗浄機関だ。アルフレッド技師長が失脚する以前から、奴らは国境の地下で敵国軍の工作員を手引きしていた」


「けっ、やっぱりあの腐れ貴族どもの仕業かよ」


 工房の壁際に置かれた頑丈な木箱に腰掛け、分厚い肉干しを齧っていたヴァルガスが忌々しそうに唾を吐いた。


「ヴェルダンの地下は、太古の溶岩洞窟が蜂の巣みたいに入り組んでる難所だ。帝国の正規軍が監視してる関所を完全に迂回して、山脈の裏側から帝都の外郭平原まで一気に抜けられる抜け道を作ろうとしてやがる」


「問題は、その掘削スピードだ」


 ロディはタガネの刃先を、削岩機の心臓部に埋め込まれた黒ずんだ結晶核――『オメガ・セル』の固定金具に当てた。


「この機械、ただドリルで岩を削ってるんじゃない。先端のスリットから、オメガ・セルの超高熱魔力放射をレーザー状に撃ち出して、岩盤をガラス状に溶かしながら進む構造になってる。……一日あたりの掘削深度は、通常の削岩機の十倍以上だ」


「十倍……!? そんな速度で掘り進められたら……!」


 書類の束を抱えてお茶を配っていたセリアが、顔を真っ青にして立ち止まった。


「あと何日で、帝都の防衛線の真下まで到達するんですか……!?」


「アリア、計算結果を出してやれ」


「肯定。掘削機の排熱痕および残存エネルギーの減少率から算定」


 アリアの藍色の瞳に、淡い幾何学グリッドが規則正しく投影される。


「ヴェルダン山脈の国境線から、帝都外郭の第一防衛結界の基部までの総延長は約四十キロメートル。……すでに全体の七五パーセントの掘削が完了していると推計されます。掘削部隊が帝都の地下防衛網を突破するまでの猶予は――最大で残り八日です」


「八日だと……!?」


 エレナが腰の佩剣の柄を思わず握り締めた。


「近衛騎士団の主力部隊を今からヴェルダンへ派遣しても、山岳地帯の行軍だけで五日はかかる。しかも敵は地下深くを掘り進めているのだ。地上の部隊では位置を特定することすらできん……!」


「真正面から軍隊を動かしゃ、向こうの思う壺だ」


 ロディは煙管を取り出し、火皿に刻み煙草を詰めた。


 カチリ、と着火具の火を灯し、細く紫煙を吐き出す。


「軍が動けば、ハイネ家の息がかかった貴族どもが即座に敵国へ内通する。そうなれば、奴らは予定を早めて未完成のトンネルから奇襲を仕掛けてくるか、あるいはトンネルを爆破して証拠を隠滅し、逃げおおせるだけだ」


「では、どうすればいいのだ!? みすみす敵の機甲部隊が帝都の喉元へ雪崩れ込むのを見過ごせというのか!」


 エレナの焦燥に満ちた問いかけに対し、ロディは静かに作業台の上の解体パーツへ視線を落とした。


 彼の右手のひらに刻まれた『古代修繕中枢核(アーキタイプ・コア)』の銀の紋章が、呼応するように淡く温かい燐光を放っている。


「見過ごすわけがねえだろ。……向こうが『機械』を使って攻めてくるなら、こっちの手を打つまでだ」


「手を打つ……? ロディ殿、何か策があるのか?」


「ああ。奴らの設計者は、カタログスペックと破壊力しか頭にない典型的な机上派だ。……構造が優秀であればあるほど、裏を返せば致命的な『歪み』になる」


 ロディは手元の万能工具槍を手に取り、削岩機のメイン排気パイプの断面を指し示した。


「この兵器は、オメガ・セルの莫大なエネルギーを無理やり一点に束ねてドリルに流し込んでいる。そのせいで、動力炉のバイパスには常に限界ギリギリの逆流圧力がかかってるんだ。……もし、先端から高周波の『特定共振魔力』を逆流させてやったらどうなると思う?」


 ロディの問いに、アリアが即座に演算結果を返した。


「――内部のオメガ・セルが瞬間的に過飽和状態に陥り、術式連鎖が逆回転を起こします。結果として、動力炉は爆発することなく、周囲半径五百メートルの全エーテル伝導路を巻き込んで完全結晶化・強制休眠(フリーズ)します」


「そういうことだ」


 ロディは口元に薄い笑みを浮かべた。


「この削岩機をバラして、中身の回路をちょいと組み替える。敵の侵攻兵器を、地下トンネル内の全兵器を一瞬で無力化する『広域エーテル妨害共振器(ジャミング・パルス)』に作り直すのさ」


「敵の兵器を……そのまま敵の無力化トラップに改造するだと!?」


 ヴァルガスが目を丸くし、次いで腹の底から雷のような大笑いを響かせた。


「ガハハハッ! 傑作だ! 敵さんが血眼になって開発した最新鋭の攻城兵器が、自分たちの首を絞める罠に化けるわけか! ロディ、お前のその悪知恵は二十年前からちっとも衰えてねえな!」


「人聞きの悪いことを言うな。俺はただ、壊れた使い方の機械を『正しい用途』に直してやるだけだ」


 ロディは煙管の灰を作業台の灰皿に落とし、作業着の袖をまくり上げた。


「セリア、資材の調達だ。下町のジャンク街から『高純度の青銅コイル』と『耐熱水晶の破片』を二十キロ分集めてこれるか?」


「はいっ! シルフィード商会の総力を挙げて、一時間で揃えてみせます!」


 セリアが伝票と財布を握りしめ、弾かれたように工房を飛び出していく。


「エレナ、あんたは騎士団の信頼できる部下だけを十名選抜しろ。地上から大部隊を動かすんじゃない。俺たちが現地へ潜入し、敵の掘削部隊のど真ん中にこの共振器を直接ブチ込む」


「承知した! 近衛第一大隊の最精鋭を揃えよう。……私の命、貴殿に預ける」


 エレナが深々と頭を下げ、踵を返して工房を後にした。


「ガルバの爺さんを呼んでくる。ドリル先端のホーン形状を打ち直さなきゃならんからな」


 ロディが立ち上がった瞬間だった。


『――警告。

外部より指向性観測プローブの接触を感知』


 アリアの低い、研ぎ澄まされた声が作業場に響いた。


 彼女の藍色の瞳が、工房の天窓へ向けて鋭く向けられる。


『観測波形の特徴から判定。

ガルディニア軍所属の偵察用魔導小型飛行体(スカウト・ドローン)二機が、工房の上空三百メートルで静止旋回中。

……本拠点の詳細スキャンを試みています』


「チッ……嗅ぎつけられたか」


 ヴァルガスが背中の大斧の柄に手をかけ、殺気を剥き出しにした。


「国境で奪われた削岩機の行方を追って、帝都の潜伏工作員が動き出しやがったな。……叩き落としてくるぜ」


「待て、ヴァルガス。大立ち回りを演じたら近隣の住人に被害が出る」


 ロディは手元の工具台から、先ほど削岩機から抜き取ったばかりの『黒タングステン製の排気バルブ』を一つ手に取った。


 無造作に右手のひらのアーキタイプ・コアへ魔力を流し込む。


(――『構造解読』並びに『共振干渉』)


 銀の刻印が強く発光し、金属バルブの内部に極小の不協和振動が仕込まれる。


 ロディは作業場の裏窓をわずかに押し開けると、天窓の隙間から上空へ向けて、その金属片を指先で弾き飛ばした。


 ――ピュンッ!


 風を裂く鋭い風切り音。


 地上からは豆粒ほどにしか見えない上空の不可視ドローンへ向けて、金属片が一直線に吸い込まれていく。


 直後。


 ――バチチッ!


 遥か上空で、微小な青白い火花が二つ散った。


 金属片から放たれた干渉波がドローンの受信アンテナを正確に焼き切り、制御を失った二つの金属の塊が、下町の外れの下水処理場へと音もなく墜落していった。


「……手作業で上空三百メートルの軍用機を撃墜したのか、お前は」


 ヴァルガスが呆然と口を開けてロディを見つめた。


「機械の急所を知ってりゃ、石ころ一つ投げりゃ十分だ。……だが、これで敵もこちらの正確な位置を把握したはずだ」


 ロディは万能工具槍を握り直し、作業場の入り口を見据えた。


「敵の回収部隊がここへ乗り込んでくるまで、長くて半日ってところだな。……アリア、工房の迎撃結界の準備を急ぐぞ」


「了解。マスター・ロディ。迎撃用オートマタ・プロトコル、スタンバイ――」


 アリアの左腕のパイル・アンカーが、重厚な金属音を立てて臨戦態勢へと移行した。


 下町の小さな町工場を舞台に、帝国を裏から食い荒らす工作部隊を迎え撃つ、最初の防衛戦の幕が上がろうとしていた。

お読みいただきありがとうございました!

敵国の兵器を無力化トラップへ改造するロディの職人技と、早くも迫る敵工作員の影をお届けしました。

次回:『第12話 下町トラップ工廠と、夜襲の工作員』

工房に迫る敵国の精鋭工作部隊を、下町のガラクタ職人たちが完璧な罠で迎え撃ちます。お楽しみに!

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