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宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

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第10話 特命工房の朝と、型破りな来訪者

第9話では、地下遺構の危機を解決し、アリアの過去の真実と製造目的が明かされました。

第10話では騎士団の特命工房となったロディのもとに、平穏を揺るがす奇妙な依頼品と来訪者が現れます。

夜明け前の下町には、まだ冷え切った朝靄が漂っていた。


 だが、『ロディ魔導修繕店』の煙突からは、すでに細く澄んだ煙がまっすぐに立ち上っている。


 カチ、カチ、カチ――。


 静まり返った工房内に響くのは、規則正しい金属の噛み合わせ音だ。


 作業台の前に座るロディは、拡大鏡のレンズを目元に当て、極細の真鍮製ピンセットで腕時計ほどの大きさの魔導クロノメーター(時針計)の脱進機を組み直していた。


 指先がわずかに動くたび、歯車の歯が一分の一ミリの狂いもなく噛み合っていく。


「ふむ……やっぱり手の馴染みが違うな」


 ロディは手元のピンセットを置き、自分の右手のひらを見つめた。


 皮膚の下に薄く浮かび上がる、銀色の幾何学模様――深淵回廊の最深部で受け継いだ『古代修繕中枢核(アーキタイプ・コア)』の刻印だ。


 身体が超人化したわけではない。

だが、金属の歪み、魔力の流れる筋、部材同士が擦れ合う微細な摩擦係数が、以前よりも生々しいほど鮮明に指先へ伝わってくる。

二十年間培ってきた『構造解読』の感覚が、まるで研ぎ澄まされた刃物のように滑らかになっていた。


『マスター・ロディ。

朝食の加熱工程が完了しました。

摂取適正温度、摂氏六十五度を維持しています』


 背後の台所から、軽やかな足音とともにアリアが歩み寄ってきた。


 手にした木盆の上には、香ばしく焼き上げられた黒パンと、刻んだ塩漬け豚肉と根菜のスープが載っている。


 以前のようなぎこちない無機質な動きではない。

腰のエプロンの紐を器用に結び直し、湯気の立つ器を作業机の端へ、書類を汚さぬよう慎重に置く。


「ありがとな、アリア。火加減、もう完全に覚えたな」


『肯定。

アーキタイプ・コアより共有された熱伝導データを参照し、鍋底への熱流束を三段階で変調させました。

パンのクラスト硬度およびスープの塩分濃度は、マスターの嗜好傾向に対し九九・一パーセント合致しています』


 アリアは小首を傾げ、淡い藍色の瞳をパチリと瞬かせた。


 その口元には、本人が意識しているのかどうか、ほんのわずかに誇らしげな気配が漂っている。


 深淵回廊での事件を経て、彼女の感情モジュールは日を追うごとに豊かな揺らぎを見せ始めていた。


「よし、冷めないうちにいただくか」


 ロディがスプーンを手に取った、まさにその時だった。


 ドガァン!


 通りに面した分厚い木製扉が、閂(かんぬき)を吹き飛ばさんばかりの勢いで外側から蹴破るように開かれた。


「おいおいおい! ここが噂の『近衛騎士団の鼻っ柱をへし折って特認をもぎ取ったガラクタ屋』かぁ!?」


 地鳴りのような太い胴間声が、朝の静寂を粉々に粉砕した。


 入り口の敷居を跨いで入ってきたのは、見上げるような巨漢だった。


 年齢は五十絡み。

日に焼けた赤銅色の肌に、顔の右半分を斜めに走る太い古傷。


 熊の毛皮を粗雑に縫い合わせた外套を羽織り、背中には大人が二人すっぽり収まるほどの巨大な布包みを背負っている。


 男が一歩踏み出すたび、工房の床板がミシリと重い悲鳴を上げた。


『――警戒。

質量百三十五キログラム、筋繊維密度は常人の約三倍。

……全身から濃厚な竜血の残滓(ざんし)を検知』


 アリアが即座にロディの前に立ちふさがり、右腕の装甲スリットをわずかに開放した。


「待てアリア、構わんでいい」


 ロディはスープ椀を持ったまま、呆れたようにため息をついた。


 そして、入り口の巨漢を睨みつける。


「朝っぱらから人の家の扉を蹴飛ばすな、ヴァルガス。蝶番(ちょうつがい)が歪んだら修理代を請求するぞ」


「ガハハハッ! 相変わらず渋い面してやがるな、ロディの坊主! 宮廷の温室から叩き出されたって聞いて飛んできてみりゃあ、こんな掃き溜めでしけた飯を食ってやがる!」


 ヴァルガス・ブランドン。


 帝国辺境の未踏峰地帯を根城にするSランク冒険者にして、単身で地竜を屠ることから『竜砕き』の異名を持つ歴戦の巨漢戦士だ。


 ロディがかつて宮廷の下請け時代、軍部が持ち帰った竜の甲殻と特殊兵装の調整で何度も顔を合わせていた腐れ縁の男だった。


「坊主と呼ばれる筋合いはねえよ、俺ももう四十四だ。……それで? 辺境の山奥でトカゲ狩りをしてるはずの親父が、何の用だ」


「用がなきゃ帝都の糞不味い空気を吸いに来るかよ。……これを見ろ」


 ドゴォォォンッ!


 ヴァルガスが背中から下ろした巨大な包みが、作業場の中央に叩きつけられた。


 土間が大きく揺れ、煤埃が舞い上がる。


 ほどけた麻布の隙間から露わになったのは――異様な形状をした金属の塊だった。


 それは、全長二メートルを超える巨大な掘削機のような魔導具だった。


 先端には三枚の螺旋状ドリルが取り付けられ、後部には複雑な加圧シリンダーと複数の燃料カートリッジが束ねられている。


 だが、その外装の至る所が、何かに強引に引き裂かれたように歪み、表面には不気味な黒紫色の結晶滓(かす)がこびりついていた。


「……鉱山用の魔導削岩機か?」


「表向きはな」


 ヴァルガスの豪快な笑みが消え、古傷の刻まれた顔が険しく引き締まった。


「先週、帝国北方の国境沿い――ヴェルダン山脈の地下坑道で、うちの野郎どもが奇妙な連中と鉢合わせた。帝国の採掘ギルドを騙る一団だったが、身のこなしは完全に軍の特殊工作員だ。奴らが岩盤を掘り抜くのに使っていたのが、この機械よ」


「採掘機のどこに文句がある」


「ドリルじゃねえ。奴らが掘っていたのは鉄鉱石でも銀でもねえ。『国境を越えるための軍用秘密トンネル』だ。……しかも、この機械が吹き出す排気ガスを吸ったうちの若い衆が三名、魔力中毒で昏睡状態になりやがった」


 ヴァルガスは太い指で削岩機の動力部を指差した。


「帝都中の魔導技師に見せたが、どいつもこいつも『ただの新型削岩機だ、使い方が荒いだけだ』と門前払いしやがった。だが俺の勘が言ってる。この機械の中には、とんでもねえ毒が仕込まれてるってな。……ロディ、お前の目で見極めてくれ」


 ロディは手元のスープを飲み干すと、腰の工具入れから小型のタガネと打診槌を抜き取った。


 無言のまま巨大な機械に歩み寄り、冷え切った金属の表面に素手を当てる。


(――『構造解読』)


 青紫色の光がロディの網膜をかすめ、機械の内部へと視線を沈降させる。


 その瞬間、ロディの眉が鋭く跳ね上がった。


(……なんだ、この構造は)


 外装は確かに、帝国規格の頑丈な鋳鉄で作られた標準的な削岩機だ。


 しかし――その内側に隠された魔力回路は、帝国のどの設計思想とも根本から異なっていた。


 エーテル伝導路が、蜘蛛の巣のように奇怪な幾何学を描いている。


 そして、動力炉の中心に収められていたのは、通常の青い魔石ではなかった。


 親指ほどの大きさの、濁った漆黒の結晶――『オメガ・セル』の変質破片。


 だが、アルフレッドが使っていた粗悪な模造品とは違う。


 結晶の周囲には、精密な魔力増幅リングが三重に噛み合わされ、オメガ波の毒素を意図的に「熱線と腐食性エーテルガス」に変換して前方へ噴射するよう、極めて冷徹に計算された軍事改造が施されていた。


「……削岩機じゃねえな」


 ロディの低い声が響いた。


「これは、岩盤を溶かしながら掘り進むと同時に、トンネル内に高濃度の魔力毒を充満させて後続の追手を皆殺しにするための……完全な『侵攻用陣地突破兵器』だ」


「なっ……!?」


 ヴァルガスが息を呑み、拳を固く握りしめた。


「やっぱりそうかよ……! 帝国の採掘ギルドがそんな物騒な兵器を隠し持つ理由がねえ。どこのどいつの仕業だ!?」


「回路の設計様式が帝国のものじゃない。術式の暗号化方式、導線の合金比率……これは、東の軍事国家『ガルディニア帝国』の軍用規格だ」


『マスターの分析を補足』


 アリアが機械の排気口に指先を触れさせ、淡い光を走らせた。


『残留エネルギーパターンの照合完了。

ガルディニア軍・第七機甲師団の固有術式シグネチャと九四・八パーセント一致。

……さらに、内部のオメガ・セル制御チップに、帝国中央貴族の関与を示す特殊な流通印章が刻印されています』


「帝国貴族が……敵国の軍隊と手を組んで、国境の山を掘り崩しているだと!?」


 ヴァルガスの喉から、怒りに満ちた唸り声が漏れた。


 アルフレッドが失脚してもなお、帝国の腐敗した上層部は水面下で隣国の軍事勢力と繋がり、禁忌の結晶兵器を実戦投入するための侵略ルートを着々と構築していたのだ。


「ロディ殿! 朝早くから騒がしいと思えば……これは一体何の騒ぎだ!」


 工房の入り口に、紺碧の外套を翻したエレナが姿を現した。


 騎士団の朝の巡回を終え、工房の様子を見に来たところだったのだろう。


 床に転がる異様な機械と、殺気を放つヴァルガスを見るなり、エレナの翡翠色の瞳が鋭く細まる。


「『竜砕き』のヴァルガス殿……? なぜ貴殿のような大物がここに」


「よう、近衛の嬢ちゃん。ちょうどいいところに来たぜ。お前さんたちの足元が、どれだけシロアリに食い荒らされてるか……この修理屋から聞くがいい」


 ロディは煙管を取り出し、カチリと火を灯した。


 立ち上る紫煙越しに、エレナとヴァルガスを見据える。


「エレナ、騎士団の防諜部に至急確認を取れ。北方ヴェルダン国境の採掘権を持っている貴族派閥――特に、ハイネ公爵家の残党と懇意にしている大商会の動きだ」


「な……ハイネ家の残党が、国境で何かを企んでいると?」


「企んでいるどころの話じゃねえ。隣国の機甲部隊を引き入れるための大穴を掘ってやがる。この削岩機……いや、偽装攻城兵器の掘削速度なら、あと半月もすりゃヴェルダンの防衛線を素通りして帝都の喉元まで軍勢が雪崩れ込んでくるぞ」


 ロディの冷徹な宣告に、エレナの顔から血の気が引いた。


「そんな……帝国正規軍の防衛網を完全に無力化する気か……!」


「ああ。だが――」


 ロディは万能工具槍を手に取り、削岩機の動力部ハッチを小気味よい音を立ててこじ開けた。


 中から現れた漆黒の回路網。


 ロディの右手のひらで、アーキタイプ・コアの銀の紋章が淡く輝く。


「向こうが道具を使ってコソコソ穴を掘るってんなら、こっちの土俵だ。どれほど狡猾な兵器だろうが、機械である以上……俺の手で『直せない』ものは一つもねえよ」


 四十路の修繕士の瞳に、職人としての冷徹で静かな闘志が宿っていた。


 下町の片隅のガラクタ工房を舞台に、国家を揺るがす巨大な陰謀を迎え撃つ、次なる戦いの幕が上がろうとしていた。

お読みいただきありがとうございました!

Sランク冒険者ヴァルガスの登場と、隣国ガルディニアの影、そして帝国貴族の裏切りが露わになりました。

次回:『第11話 侵攻兵器の解体新書と、下町防衛線』

持ち込まれた偽装兵器をロディが徹底解剖! 敵の裏をかく驚愕の逆転工作が始まります。お楽しみに!

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