第95話:【カイトの追跡】
時間は、有希たちがD級ダンジョンで死闘を繰り広げていた少し前へと遡る。
――覚醒者協会、中央ロビー。
「毎日毎日、よく飽きないねー。本当にここであってるの?」
「そーだよー。いつまで待っても来ないじゃない」
カイトの肩の上で、二体の精霊
リンとランがぷかぷかと浮かびながら
呆れたように呟いていた。
「絶対にここだ。僕が調べた情報によれば
剣斗様はこの協会を拠点にしているはず……
だから、そのうち必ず会える。あっ!」
カイトの視線の先。
そこには、女性二人を両脇に侍らせ
楽しそうに(というよりデレデレと)談笑する【剣斗】の姿があった。
「け、剣斗様……!」
カイトが感極まって声をかけようと一歩踏み出した瞬間
リンとランが慌てて両耳を引っ張って止めた。
「ストップストップ! 相手はカイトのこと
もう覚えてないかもしれないから、少し様子を見た方がいいよ!」
「そーそー! まずは本人かどうか、遠くから見て確認しようよ!」
「……確かに、その通りだ。
いきなり声をかけて不審に思われても困る。少し様子を見よう」
カイトが思いとどまると、精霊たちは「ふぅ」と胸をなでおろした。
しばらく観察していると、剣斗は別の女の子を見つけ
愛想よく声をかけて誘おうとしていた。
……が、見事に冷たくあしらわれ、不機嫌そうに舌打ちをして戻ってきた。
「ギギギギギギギ……ッ!」
その一連の流れを柱の陰で見ていたカイトは
ハンカチを噛みちぎらんばかりの勢いで歯軋りをした。
「ちょっとカイト、顔が怖いってば。あんた一応『男』なんだから
そんなドロドロに嫉妬した乙女みたいな顔してたら
周りから変な目で見られるよ!」
リンの的確すぎるツッコミが入る。
「し、仕方ないだろう! 僕だって昔は、あんなに剣斗様と親しく
お話しする機会なんて多くなかったのに……
あの取り巻きの女たちは馴れ馴れしく……許せん!」
不機嫌そうに移動する剣斗。その取り巻きの女の子の一人が
協会の端末に近づきダンジョンへの入場申請を行っているのが見えた。
カイトはこっそりと端末の履歴を覗き込み、場所を確認すると
すぐさま同じダンジョンへの追跡申請を出した。
◇
――ダンジョン内部。
剣斗たちは歩きながら索敵を行い
やがて現れた魔物の群れを相手に狩りを開始した。
少し離れた岩陰から、カイトと精霊たちはその様子をこっそり見守っていた。
「ねえ、やっぱり私たちがカイトから聞いてた『立派な剣斗様』の感じと違くない?」
「ランもそう思うー。なんか別人じゃないの?」
精霊たちが首を傾げるのも無理はない。
剣斗の立ち振る舞いには、かつての洗練された武人気質が微塵も感じられないのだ。
しかし、カイトは目をキラキラさせて両手を組んでいた。
「さすが剣斗様……! あのお姿、間違いない!」
「(……完全にフィルターかかってて話聞いてないわ、この子)」
精霊たちが「やれやれ」と呆れたように肩をすくめた――その瞬間。
ビリッ!!
突如、ダンジョンの奥から尋常ではない魔力が膨れ上がるのを、精霊たちが感知した。
「リン! ラン!」
「分かってる!!」
カイトの鋭い叫びと同時に
二体の精霊が即座に広域の魔法障壁を展開する。
ズドォォォォォンッ!!!
直後、強烈な魔法攻撃が飛来し
障壁に直撃した。衝撃波で周囲の空気が激しく震える。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「敵の強襲だ! 逃げろっ!!」
突然の事態に、周囲にいた他の覚醒者たちがパニックに陥り
出口のゲートへと殺到し始めた。
カイトも「まさかこんなイレギュラーが!?」と慌てふためき、身構える。
だが、剣斗たちのパーティーだけは違った。
彼らは逃げるどころか、不敵な笑みを浮かべて敵の群れへと突っ込んでいったのだ。
(さすが剣斗様! 逃げ惑う一般人を守るために……!)
カイトは尊敬の眼差しでその戦闘を観察した。
……が、その戦い方は、ひどく奇妙なものだった。
パーティーの一人の女の子が、強力な雷魔法を放ち
敵全体を麻痺させて確実に一体ずつ仕留めていく。それはいい。
問題は、もう一人の女の子だ。
(なんだ……? あの子、武器を構えて攻撃する『ふり』をしているだけで
実際には何もしていないじゃないか)
さらに不可解なのは、剣斗の動きだった。
敵の反撃を避ける素振りすら見せず、ただ前に出て『適当に剣を振り回している』だけ。
刃筋もデタラメだ。しかし、なぜかその適当な剣閃に触れただけで
強固な魔物たちが次々とバタバタ倒れていくのだ。
やがて、巨体を揺らしてボスクラスの魔物が姿を現した。
しかしそれすらも
剣斗の『適当な一太刀』を浴びた瞬間、あっさりと絶命して崩れ落ちた。
「す、すげぇ……!」
「あの数の敵と、さらにボスまで瞬殺したぞ!」
「さすが剣斗さんだ! まるで英雄じゃないか!!」
逃げ遅れていた他の覚醒者たちが、
その異常な光景を見て手のひらを返したように剣斗を持て囃し始めた。
すると剣斗は、剣を肩に担ぎ、天狗のように鼻を高くして自慢げに笑った。
「ははっ! 当然だ。俺にかかれば、こんな雑魚ども一瞬よ!」
周囲の称賛を浴びて、得意げにふんぞり返る剣斗。
その姿を見たカイトの胸の内に、冷たい水滴がぽつりと落ちた。
(……おかしい。なんで、避けようともしない大雑把な剣で
あんなに敵が倒れるんだ? いや、それ以前に……)
カイトの記憶にある『剣斗』は、どんなに圧倒的な力を持っていても
どんなに周囲から称賛されても、常に自分を律する謙虚な人物だった。
決してあんな風に、自らの力を誇示して驕るようなお方ではなかったはずだ。
(剣斗様は……どうしてしまったんだ……?)
盲目的だったカイトの瞳に、初めて【小さな不信感】という名のヒビが入った。
そしてそのヒビは、確実に、彼の心を蝕み始めていたのだった。




