第94話:【勘違いの連鎖】
すみません 予約投稿をわすれていました。
「後は任せろ!!」
ゲートから現れた圧倒的な数の援軍。
その頼もしすぎる声を聞いた瞬間、私の張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。
「あ、これ、やば……」
視界がぐにゃりと歪み、強烈な眩暈が襲ってくる。
限界を超えた並列処理の代償だ。地面が迫ってくる感覚に冷や汗をかいたが
なんとか片膝をつく一歩手前で踏みとどまった。
(危ない危ない……今回はなんとか気絶せずに済んだわ。
ここで倒れたら、また『命を削って戦った聖女伝説』に尾ひれがついて
今後のサボりライフに支障が出るものね!)
口元の血を袖でそっと拭っていると、香澄ちゃんたちが慌てて集まってきた。
「有希、大丈夫!? ……はぁ、何とかなったわね。さすがに今回は死ぬほど疲れたわ」
香澄ちゃんが自分のナイフを納めながら、大きくため息をつく。
「有希ちゃぁぁぁん!! 立てますか!? 大丈夫ですか!?
ああ、有希ちゃんの吐血されたお姿
まるで儚く散る一輪の白百合のようで胸が締め付けられました……!
帰ったら、有希ちゃんの健康のために
あの忌々しいボスの魔石をすり潰して特製プロテインを作りますからねっ!!」
「(……それ、絶対に毒だから丁重にお断りするわ)」
相変わらず重すぎる花梨の狂信発言に内心でツッコミを入れつつ、私は苦笑いを浮かべた。
「でも、いい経験ができたな。ぶっちゃけ、こないだよりも何倍もきつかったけどさ」
修平くんが大盾を地面に置き、額の汗を拭いながら笑う。
「ハッ、こんなブラックな戦場、二度とやりたくねえよ。命がいくつあっても足りねえわ」
雄一先輩が心底嫌そうに肩をすくめた。
「本当ね……。私も、早く家に帰って泥のように寝たいわ……」
私の本気度100%の呟きに、みんなが「あはは、確かに!」とドッと笑いあう。
そんな風に戦術的な反省(と愚痴)を言い合っていると
私たちの元へ、援軍を率いてきた『紅蓮』のパーティーの男が
カツカツと足音を響かせて歩み寄ってきた。
「今回は本当に助かったよ、君たち」
男は整った顔立ちに、エリートらしい洗練された雰囲気を纏っていた。
「挨拶が遅れたね。僕は『紅蓮』が統括する第一防衛部隊のリーダーをしている
一ノ瀬 駿だ」
「あ、ご丁寧にどうも。私は高橋有希です。で、こっちが私のパーティーメンバーです」
私が一人ずつ紹介すると、一ノ瀬さんは真剣な目で私を見つめ、深く頭を下げた。
「高橋さん。今回は、本当に君がいなかったら防衛線は全滅していただろう。
君のあの常軌を逸した広域治癒と、ボスの足を完璧に潰した精密な援護射撃……。
まさか、C級ダンジョンにこれほどの逸材が隠れていたとはね。
……もしよければ、今後のために連絡先を交換させてもらえないだろうか?」
(お、A級ギルドの幹部候補とコネができる!?
これは将来、私が安全にサボるための事務職のポストを用意してもらうのに有利かもしれないわね!)
「いいですよ。私たち、まだギルドの知り合いも少ないですし」
私が快諾すると、一ノ瀬さんは「ありがとう!」と
なぜか少し感動した様子で端末を取り出し、 IDを交換してくれた。
「それじゃ、僕たちはまだダンジョン内の調査があるから、これで失礼するよ」
端末をしまった一ノ瀬さんが、部下たちに指示を出し始める。
「えっ? あんな激しい戦いをした後に、まだこれから調査をやるんですか……?」
私がドン引きしながら尋ねると、一ノ瀬さんは苦笑いを浮かべた。
「はは、むしろイレギュラーな事態が起きたからこそ
念入りに調査をしないといけないんだよ。
ここは僕たち『紅蓮』の管轄だからね。管理を徹底して安全を確保しないと
国内の『2つの覚醒者協会』から何を言われるかわからないからさ……大人の事情というやつだよ」
「なるほど、世知辛いですね……。それじゃ、頑張ってください。また会いましょう」
「ああ、またね。気をつけて帰るんだよ」
一ノ瀬さんたち紅蓮の部隊がダンジョンの奥へと消えていくのを見送り、私はみんなの方を向き直った。
「それじゃ、私たちも帰ろうか」
「「「おー!」」」
私たちはダンジョンのゲートを出て、ようやく地上へと戻ってきた。
……が、ゲートのロビーを出た瞬間、凄まじい人だかりができていて、周囲がガヤガヤと騒がしかった。
「ん? 何事かしら?」
私が首を傾げると、雄一先輩がすっと前に出た。
「ちょっと待ってろ、俺が聞いてくるわ」
そう言って、先輩は器用に人ごみの中へと消えていった。
「さすが雄一先輩、こういう時の行動が早いわね」
私たちは一般人の邪魔にならないロビーの隅っこに避難し、先輩の帰りを待った。
数分後、雄一先輩が呆れたような顔をして戻ってきた。
「どうだった、先輩?」
香澄ちゃんが尋ねると、雄一先輩はため息をついた。
「どうやら、ダンジョン内でイレギュラーが発生したせいで
今出入りする奴全員に厳しい事情聴取をしてるみたいだ。
身元の確認やら、中で何を見たかやらを細かく聞かれてる」
「えぇーっ!? それじゃ、帰るまでにまだめちゃくちゃ時間がかかるってことですか!?」
花梨が「早く有希ちゃんをベッドで休ませたいのに!」と不満げに声を上げる。
だが、雄一先輩はニヤリと不敵に笑って、私たちの前に数枚の紙をヒラヒラと見せた。
「いや、それは俺がもう済ませておいた。ほら、これ」
「えっ、これは何ですか?」
私が紙を受け取ると、そこにはギルドの公式なスタンプが押されていた。
「これが『聴取を既に完了した』っていう証明書だ。
これを受付に見せれば、長い列に並ばずにスッと検問を通れるぞ。
俺の知り合いの職員がいたから、話を通してまとめて発行してもらったんだ」
「雄一先輩、ありがとうございます……! さすが頼れる先輩!」
私が目を輝かせてお礼を言うと、雄一先輩は照れくさそうに鼻を擦った。
「おう。でもお前らも、来年にはこれくらいスッとできるようになれよ?
ギルド内での世渡りも、立派な覚醒者のスキルだからな」
「うわぁ……政治的な動き、難しそうだー……」
花梨が露骨に嫌そうな顔をする。
「私は……頑張って覚えます。先輩、流石ですね」
香澄ちゃんが感心したように頷く。
「二人とも、頑張ってね!(超他人事)」
私が満面の笑みで応援(丸投げ)すると、修平くんが先輩に頭を下げた。
「俺、そういうの苦手なんで、色々教えてください、先輩!」
「ハハッ、任せろ」
そんな他愛のない雑談を交わしながら、私たちはそれぞれの家へと帰宅していった。
今日の夜は、絶対に1歩もベッドから出ないと心に誓いながら。
◇
その頃――。
人間たちが立ち去った、ダンジョンのさらに奥深く。
一般の探索者では決して辿り着けない、淀んだ魔力が渦巻く隔離空間。
「ククク……『実験』は成功だ。だが、まさか我が精鋭部隊が
あそこまで完全に全滅させられるとはな。人間どもめ、なかなかやるではないか……」
骨と皮だけの不気味な姿をした魔族の幹部――リッチが、不気味な声で笑っていた。
その時、彼の背後の空間が妖しく歪み、濃厚な甘い香りと共に、一人の妖艶な美女が姿を現した。
「あら、珍しいじゃない。いつもは私を呼びつける貴方が、自ら出向いてくるなんてねぇ?」
現れたのは、巨大な翼と尻尾を持つ魔族の幹部、サキュバスクイーンだった。
「ふん、気が向いただけよ。それで、そっちの首尾はどうなの?」
サキュバスクイーンが爪をいじりながら尋ねると、リッチは忌々しそうに首を振った。
「どうやら、あの戦場には『予想外に優秀な指揮官』が混じっていたようだ。
前線で部隊を的確に統率し、絶望的な状況でも一切士気を下げさせずに戦い抜いた男がいたのだ」
リッチは苛立ちを隠せないように杖で地面を叩く。
「さらに厄介なことに、部隊のずっと『後方』に、奇妙な女が一人いた」
「奇妙な女?」
「ああ。ずっと安全な最後方から動かず
自ら吐血しながらも異常な精度のヒールをばら撒き続け……あろうことか
ボスの動きを完璧に見切り『足だけ』を的確に撃ち抜いて味方にトドメを刺させるという
不気味なまでの徹底したキルアシストを行っていたのだ。
優秀な指揮官の統率力と、あの後方支援の女……その二つが噛み合った結果だ」
リッチの問いに、サキュバスクイーンはふぅ、と妖艶なため息をついた。
「こちらも実験自体は成功したわ。……でも、あの『黒髪の坊や』は一筋縄じゃいかないわね。
私の仕込んだ別動隊が一撃で全滅させられたわ」
「なるほど……。人間の戦力は、我々の想定以上に上がっているようだな。
……ククク、ならばもっと『強化』しなければなるまい。
すべては、あの【例の日】に間に合わせるためになぁ……」
不気味な笑い声を残し、二人の魔族の幹部は、歪む空間の中へと静かに消えていったのだった。




