第96話:【S級への絶対条件】
A級ギルド『紅蓮』本部。
その最上階にある豪奢なギルドマスター室にて、一人の女性が革張りの椅子に深く腰掛けていた。
彼女の名前は、紅 炎樹。
燃えるような真紅の髪を短く刈り込み、鋭い眼光と鍛え抜かれた肉体を持つ彼女は
A級ギルド『紅蓮』を束ねる若きギルドマスターである。
秘蔵の『火の上級精霊』と契約を交わしており
ギルド自体はA級でありながら、彼女個人の戦闘力はS級に到達。
国内の個人戦闘力ランキングでも『第13位』に名を連ねる
正真正銘のバケモノじみた実力者だ。
「――以上が、先日D級ダンジョンで発生した『ゲート封鎖騒動』の顛末となります」
デスクの前に立つ第一防衛部隊リーダーの一ノ瀬駿が、背筋を伸ばして報告を終えた。
「なるほどな」
炎樹は足を組み直し、男勝りな低い声で凄んだ。彼女は対外的には
ギルドの威厳を保つために意図して『男性的な荒々しい言葉遣い』を使っている。
「つまり、イレギュラーで出現した二体のボスのうち
一体をその場に居合わせた無名のパーティーが処理し
さらにもう一体を足止めしつつ、広域魔法で前線を支えきったと。
……その『回復者』のおかげで防衛線が保てたということだな?」
「はい。彼女自身はずっと最後方で回復魔法ばかりを連発していたため
細かい戦闘の動きまでは見えませんでしたが……前線で深手を負い
後方に下がったはずの探索者たちが
わずか数秒で『全快』して次々と最前線に戻ってくるという異常事態が起きていました」
「ほう……」
「あれは間違いなく、最上位クラスの治癒能力です。
さらに彼女のパーティーメンバーも極めて優秀で
後方に抜けたもう一体のボスを見事に討伐していました」
「なるほどな。かなりの拾い出し物じゃねえか。
そのヒーラーの名前はなんという?」
「『高橋有希』と名乗っていました。
今後のために、すでに連絡先は交換してあります!」
一ノ瀬が胸を張って答える。
「よくやった一ノ瀬。でかしたぞ。その縁は何があっても絶対に切らすな」
炎樹は満足げに頷き、身を乗り出した。
「で、彼女の性格はどうだ? いくら腕が立っても
協調性のない自己中野郎ならギルドには入れられねえからな」
「そうですね……。初対面の私に対しても礼儀正しく
とても誠実な対応をしてくれました。
個人的な感想を言わせていただければ、とても可憐で可愛らしかったです」
「おい、お前の個人的な性癖は聞いてねえぞ」
「い、いえ! 本当なんです! 彼女の治癒を受けた他の探索者たちに
聞き込みをしたのですが、皆口を揃えて『あれは舞い降りた天使だ』と言っていました。
嫌な顔一つせずに怪我を治してくれた上に
ついでに昔の古傷まで綺麗に治してくれたと、現場では評判しか聞こえてきませんでした!」
(※実際には、有希は早く帰るために必死にヒールをばら撒いていただけなのだが
現場では完全に『自己犠牲の聖女』として神格化されていた)
「……高橋有希、か。そこまでの実力者が、なぜ無名のままなんだ?」
炎樹は怪訝に思い、手元のスマートフォンで『高橋有希 覚醒者』と検索をかけた。
すると、画面には【追放】【寄生虫】【性格最悪】など
悪意に満ちたゴシップ記事や掲示板の書き込みがズラリと並んだ。
「……おい一ノ瀬。ネットを見る限り、とんでもなく悪い噂ばかりが出てくるんだが?」
「そうですか? しかし、現場での彼女の対応を見る限り
そんな悪い人間には到底見えませんでした。
むしろ、自ら血を吐きながらも笑顔で皆を治癒する彼女の姿は
神々しさすら感じましたよ! ネットの噂なんて、嫉妬に狂った連中のデマです!」
一ノ瀬が熱弁を振るう。
「……そうか。火のない所に煙は立たねえが、ネットの便所の落書きよりは
俺の部下の目の方を信じるぜ。……よし、これは徹底的な調査が必要だな」
炎樹は立ち上がり、一ノ瀬の肩をバンッと叩いた。
「一ノ瀬。防衛任務は他の部隊に任せろ。お前は彼女に専念し
徹底的に調査しろ。もし彼女をウチのギルドに引き入れることに成功したら……
お前を幹部に昇格させてやる」
「ほ、本当ですか!? やります! 死ぬ気でやります!!」
「期待してるぞ」
幹部昇格というニンジンをぶら下げられ
一ノ瀬は目を血走らせながら「失礼します!!」と凄まじい勢いで退室していった。
バタン、と重厚な扉が閉まり、室内が静寂に包まれる。
その瞬間。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………」
炎樹はさっきまでの威厳ある態度を崩し、ドカッと椅子に沈み込むと
女性らしい特大のため息を吐き出した。
『クスクス。いい報告があったみたいじゃない?
どうしてそんなにため息をついてるのかしら?』
虚空に赤い魔力の粒子が舞い
炎樹の背後から『火の上級精霊・フレア』が姿を現した。
燃え盛る炎のドレスを纏った、妖艶な女性の姿をした精霊だ。
「……そうね。ウチのギルドにとっては、喉から手が出るほど欲しい人材だわ」
炎樹は一人称を『私』に戻し、疲れたように天井を仰いだ。
「ギルドが『S級』に昇格するための必須条件。
それは、一定以上の規模と火力……そして何より
【単独行動が可能な上位ヒーラーの専属所属(または契約)】だからね」
『人間って本当に面倒な生き物よねぇ。腕の一本くらいやられても
私たち精霊みたいに魔力でパパッと再生できないんだから』
「そうよ。だから回復職の価値がバカみたいに跳ね上がるのよ。
今の私たちはコネがないから、重傷者が出るたびに
『協会直属のヒーラー』に高額な費用を払って頼むしかない。
しかも順番待ちで時間がかかるし、ダンジョン内で即応もできない
。……もし、あの子と専属契約を結べれば、ウチは一気にS級ギルドへ昇格できるわ」
『でもぉ、他のギルドからの妨害があるから難しいんでしょ?』
フレアが面白がるようにクスクスと笑う。
「……その通りよ。世間から見れば『A級ギルド』なんてエリート集団だけど
既に権益を握っている『S級ギルド』から見れば
私たちはただの有象無象の成り上がりに過ぎないわ。
有望なヒーラーなんて、S級の連中が札束と権力で即座に囲い込んじゃう。
よほどの奇特な人じゃない限り、わざわざウチみたいな中堅と契約なんてしてくれないわよ」
権力闘争、引き抜き工作、そして足の引っ張り合い。
ギルド間の政治的な争いを思い出し、炎樹は再び深いため息をついた。
『ふふっ。上に立つっていうのは、本当に大変なのねー。私には関係ないけど』
どこまでも呑気なフレアの言葉に、炎樹は恨めしそうに目を細める。
「……だから、さっきからため息をついてるのよ。胃に穴が開きそうだわ」
『で?』
「え?」
『そこにある、天井まで届きそうな【山積みの未処理書類】は、いつやるの?』
フレアがニヤニヤしながら指差した先には、一ノ瀬からの報告書や
ギルドの経費精算、他ギルドへの牽制の根回しなど
見るだけで眩暈がするような分厚い書類のタワーがそびえ立っていた。
「うっ……!!」
炎樹は言葉を詰まらせ、あからさまに目を逸らした。
『まぁ、あなたが書類をやろうがサボろうが
私には関係ないからうるさく言わないわ。私はあなたの味方だから
好きなようにやればいいわよ?
ただし仕事が遅れればギルドは回らなくなるけどね』
「……分かってるわよ。今からやるわよっ!」
A級ギルドの威厳あるマスターは
誰にも見せられない半泣きの顔でペンを握りしめた。
「ありがとうフレア! あなたの嫌味のおかげで目が覚めたわ!!」
ヤケクソ気味に叫びながら
炎樹は終わりの見えない書類仕事という名のダンジョンへと単独で挑んでいくのだった。




