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第97話:【甘い罠】

「はぁ…………ついに、この日がやってきてしまったのね」


雲一つない爽やかな青空とは裏腹に、私は自宅の玄関で、

この世の終わりのような特大の溜息を吐き出していた。

今日から、長い長い『学生競技大会』の一週間が始まるのだ。


「嫌なら断ればよかったのに」

ダイニングテーブルで、のほほんと緑茶をすすりながら母(希)が的確なツッコミを入れてくる。


「学校行事だから断れないよ。それに甘い言葉に惑わされちゃって。」

「それじゃ仕方ないわね。でも、世の中

 甘い言葉には必ず罠があるものなのよ。十分に注意しておきなさいな」


(……本当にその通りだわ。ダンジョンも学校も、どこもかしこも甘い言葉には罠だらけね)

私は母の深い言葉を噛み締めつつ、靴を履いた。


「荷物はいいの? そんな手ぶらで」

制服姿の私を見て、母が小首を傾げる。

「ふふん、大丈夫よ。これを見て」

私はスカートを少し捲り、太ももに装着した小さな

『空間ポーチ(※マジックアイテム)』をポンッと叩いた。

「着替えもポーションも、必要なものは全部この中にぶち込んであるから。

 それじゃ、行ってきまーす!」



学校へ向かう道中、私は周囲の視線を痛いほど感じていた。

『ねえ、あれって高橋有希じゃない?』

『うわ、生で見るとやっぱオーラあるな』

『あの可愛い顔でボスをワンパンするんだろ?』


(ワンパンなんてしてないわよ! 私は後ろで震えてただけだから!)

ネットの尾ひれがついた噂のせいで、すっかり有名人になってしまった現状に耐えつつ

私は寄り道をして【千晶ちゃん】の家へと向かった。


ピンポーン、とチャイムを鳴らすと、すぐに勢いよくドアが開いた。

「お待たせしました、お姉さま!」

お兄さん(佐々木翔)譲りのサラサラな髪を揺らし、千晶ちゃんが元気よく飛び出してきた。


「おはよう千晶ちゃん。準備万端?」

「はい! 大丈夫です! お姉さまの顔に泥を塗らないように、一生懸命がんばりますっ!」

キラキラと純粋な瞳で意気込む千晶ちゃん。


(いや、別に私の顔に泥を塗ってくれて全然構わないんだけどね?

むしろ適度に失敗して、私の過大評価を地に落としてくれた方が

、今後のサボりライフ的には嬉しいんだけど……)

そんな黒い本音は腹の底にしまい込み、私たちは雑談を交わしながら学校へと向かった。


学校に到着した私は、日課になりつつあるSNSを取り出し、パシャリと自撮りをした。

【いまから学校に行きます。大会、憂鬱すぎるけどがんばります……(白目)】

と投稿ボタンを押す。

「聖女様頑張って!」「白目も可愛い!」という通知が鳴り始めたので

そっと通知をオフにした。


指定された集合場所であるグラウンドに向かうと、すでに香澄ちゃんたち『いつものパーティーメンバー』が揃っていた。


「おはよう、有希!」

「よっしゃ、今日からいよいよ本番だな! やってやるぜ!」

香澄ちゃんと修平くんが、やる気に満ちた顔で挨拶をしてくる。


「ああっ、有希ちゃん! 今日の制服姿も

朝露に濡れた白百合のように可憐で至高の芸術です!

大会中、有希ちゃんに近づく不届きな羽虫どもは、私が全て灰燼に帰しますからね!!」

花梨は相変わらず、朝からアクセル全開の狂信者っぷりである。


「……うん、みんな。朝からやる気があって大変よろしい!(めんどくさいけど)」

私は適当に頷きつつ、後ろに控えていた千晶ちゃんを前に押し出した。

「みんなに紹介するわ。今回、特別枠でサポートに入ってくれる千晶ちゃんよ」


「佐々木千晶です! 佐々木翔の妹です。よろしくお願いします!」

千晶ちゃんがペコリと元気にお辞儀をする。


「へえ、あの佐々木先輩の妹さんね! 私は水無瀬香澄よ、よろしくね」

「俺は修平、盾役だ。よろしくな」

「私は風間花梨。有希ちゃんの忠実なる第一のしもべにして剣よ!

あなたも有希ちゃんの素晴らしさを広める布教係として歓迎するわ!」


「はいっ! お姉さまのしもべの先輩ですね! よろしくお願いします!」

(……ちょっと花梨、純真な子に変な役職しもべを刷り込まないでよ。肯定しちゃったじゃない)


そんなカオスな自己紹介で交流を深めていると、引率の教諭がパンパンと手を叩いた。

「はい、集合ー! これより注意事項を説明する。その後、サポート組と出場組に分かれて、それぞれのバスに乗り込むように!」


説明が終わり、生徒たちがぞろぞろと移動を始める。

「さ、千晶ちゃん。行くわよ」

「え? どこへですか?」

「挨拶よ」

私は千晶ちゃんの手を引き、出場組の生徒たちが並ぶバスの入り口へと向かった。

「今回の大会で、あなたは色々な人を治すのよ。せめてまずは

うちの学校の出場選手たち全員に顔と名前を覚えてもらいましょう」


――そう、これこそが【私が一切ヒールをせずにサボるための完璧な布石】である。

『回復は全部この子に頼んでね!』というアピールをしておけば

私に仕事は回ってこないという完璧な作戦だ。


「わかりました! 私、皆さんの役に立てるように頑張ります!」

私の邪悪な企みなど露知らず、千晶ちゃんは出場組のバスの入り口に立ち

大きな声で挨拶を始めた。


「今回の大会に同行させてもらいます、佐々木千晶です!

治癒魔法が使えますので、怪我をした時は任せてください!」

私も隣で、優等生スマイルを浮かべる。

「皆さん、優秀なヒーラーの千晶ちゃんをよろしくお願いしますね(

怪我したら絶対に私じゃなくてこの子を呼んでね! 絶対だよ!)」


「おおー! よろしくな!」

「可愛いサポートが来てくれて嬉しいぜ!」

上級生たちが好意的な反応を返してくれ、作戦はひとまず大成功だ。

全員がバスに乗り込んだのを確認し、私たちもバスのステップに足をかけた。


「千晶ちゃん、私たちもバスに乗るわよ」

「はい!」


私たちが乗り込もうとしたその時、背後から凛とした声がかけられた。

「あなたが、今回の特別枠の回復者ね」


振り返ると、そこにいたのは、艶やかな黒髪を靡かせた美少女

この学校の生徒会長である、東雲理沙しののめ りさだった。


「私は東雲理沙。生徒会長よ。よろしくね」

「あっ、私は佐々木千晶です! 佐々木翔の妹です!」

千晶ちゃんが元気に自己紹介をすると、生徒会長の理沙さんは

少しだけ目を丸くし、どこか懐かしむような、優しい微笑みを浮かべた。


「……翔さんの、妹さんなのね。

彼にこんな素敵な妹さんがいたなんて、知らなかったわ」

「ありがとうございます!」


(おや? なんか生徒会長、佐々木先輩とワケアリな雰囲気……?)

私は少しばかりの野次馬根性を刺激されつつも

深くは突っ込まずに愛想笑いを浮かべた。

「生徒会長、うちの千晶は優秀ですから、存分にこき使ってあげてくださいね」

「ええ、期待しているわ。もちろん、有希さん……あなたの『規格外の力』にもね」


理沙さんは意味深なウインクを残し、奥の座席へと歩いていった。

(いや、私の力には一切期待しないでほしいんですけど……)


私は小さくため息をつきながら、ふかふかの座席に深く腰を沈めた。

サボりたいだけの私と、熱狂的な信者たち、そしてワケアリな上級生たち。

波乱の予感しかしない、長い長い一週間の学生競技大会が

ついに幕を開けたのだった。

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