第91話:【怠惰な女神の超絶技巧(タゲ取り)】
――ゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
ダンジョンの最奥から姿を現したのは、先ほどの黒い魔物たちを統べる存在
見上げるほどの巨体を持ち
全身から濃密な死のオーラを放つ【漆黒のボスモンスター】だった。
その凶悪な双眸が、戦場をぐるりと見渡し……
そして、一直線に私(有希)を捉えた。
視線が、完全に交差した。
(あ、これマズい。完全に私【ヒーラー】を狙ってるわ)
元S級暗殺者であるお母さんの地獄の特訓で培われた私の『生存本能』が
けたたましい警報を鳴らす。
「みんな、私から離れて! 巻き込まれるわよ!!」
私は周囲の探索者たちに叫びながら、慌てて後方へと大きく距離を取った。
直後。
ボスモンスターが大きく息を吸い込み、その巨大な顎から
空間を歪ませるほどの極太の【漆黒のブレス】を放った。
「っ! 『絶対障壁』!!」
私は両手を前に突き出し、魔力障壁を何層にも重ねて展開する。
ズドォォォォォォォンッ!!!
激しい衝撃波と共に、ブレスと障壁が衝突し
周囲の地面がクレーターのように吹き飛んだ。
「……ふぅ。危ない危ない、消し炭にされるところだったわ」
私は土煙を払いながら
空間収納から再び『魔導銃』を取り出し、反撃の引き金を引く。
――ターンッ!
放たれた魔弾がボスの頭部へ向かう。
しかし、ボスは巨大な体躯に似合わない俊敏な動きで首を逸らし
魔弾をあっさりと避けた。
そして、ボスは私を見下ろし
まるで人間のように『ニヤリ』と余裕の笑みを浮かべたのだ。
「へぇ……笑うなんて、随分と余裕があるのね」
私は冷たく微笑み返した。
「でも、私の攻撃は少し特殊なのよ?」
ボスの背後を通り過ぎたはずの魔弾。
私はそれに繋げた『魔力の糸』を思い切り引っ張り
軌道を180度反転(Uターン)させた。
――ズシュウゥッ!!
「グ、ガァァァァァァッ!?」
背後から迫る不可視の魔弾は、ボスの『右足の裏(アキレス腱)』を正確に貫いた。
もちろん、倒さないための急所外し(足抜き)だ。
不意打ちで足を撃ち抜かれたボスは、激痛にうめき声を上げ
先ほどの余裕の笑みから一転、殺意に満ちた目で私をギロリと睨みつけた。
(よし! 完璧にヘイト(敵視)を私に引き付けることに成功したわ!)
私はボスの傷口を観察する。足の傷は黒い靄に包まれ
ゆっくりと塞がっていくが、その速度は遅い。
(なるほど。さっきの黒い雑魚たちは再生しなかったけど
ボス級になると一部再生能力を持ってるのね。でもあの遅さなら対処できる)
私は魔導銃をクルリと回し、ボスに向かって挑発的に手招きをした。
「言葉が通じるか分からないけど……来なさい。私が相手をしてあげるわ」
もちろん、私自身がこいつを倒す気は毛頭ない。
私がやるのは、徹底的に時間を稼ぎ、ボスの体力を削り
最後に味方の前衛にトドメを刺させるための
『極限のタゲ取り』だ。
「『身体強化・極(バフ5倍)』!!」
私は自身の身体に、肉体が耐えられる限界ギリギリの強化魔法を掛けた。
一昔前なら、この倍率のバフを掛ければ筋肉と魔力回路が悲鳴を上げていた。
だが、日々の(お母さんからの逃走劇による)ステータス上昇の恩恵か
今は信じられないほど身体が軽く、全く無理なく魔力が馴染んでいた。
「ギョエェェェッ!」
激怒したボスが、巨体に似合わぬ神速で私に肉薄し
大木のような腕を振り下ろしてくる。
(どんなに速くても、見るべきところ(筋肉の収縮と重心)を見れば、避けられる!)
前世で培ったゲーマーとしての動体視力と、お母さんからの
『避けなきゃ死ぬ暗殺術特訓』のおかげで
私はボスの猛攻を紙一重(ミリ単位)で躱し続けた。
ブンッ! ドゴォォンッ!
ボスの拳が空を切り、地面を砕く。
その隙を突き、私はすかさず魔導銃の引き金を引く。
――ターンッ! ターンッ!
放つのは、殺傷力を持たない【浄化スキル】を乗せた特殊魔弾。
弾丸がボスの身体をかすめるたび
浄化の光がボスの纏う黒いオーラ(魔力)を中和し
その動き(早さ)を確実に奪っていく。
「どうしたの? さっきより動きが鈍いわよ!」
私は蝶のように舞い、ボスの攻撃を躱し
ひたすらデバフ(弱体化)の弾丸を撃ち込み続けた。
周囲の探索者たちが「す、すげぇ……女神様が一人でボスを圧倒してる……」と
どよめいているが、私は倒したら死ぬのでただ『無力化』しているだけである。
しばらくその緊迫した鬼ごっこを続けていると――。
突如、足止めを食らっていたボスが、天を仰いで悲痛な【咆哮】を上げた。
グルルォォォォォォォォッ!!
「……え?」
その直後。私の背後の空間が陽炎のように歪み
そこから【もう一体の同じ姿のボスモンスター】が、音もなく這い出てきたのだ。
「なっ……!?」
背後からの、完全なる死角を突いた突撃。
私の魔力レーダーにも一切引っかからなかった完璧な『隠密』。
(不意打ち!? 障壁の展開が、間に合わないっ!!)
私は咄嗟に、ありったけの魔力を身体の表面ギリギリに
纏わせる『魔力装甲』を発動した。
次の瞬間、トラックに撥ねられたような凄まじい衝撃が私を襲った。
「が、はっ……!!」
防御魔法の上からでも内臓が揺れる衝撃。
私の身体はボールのように吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドしながら転がった。
「ゆ、有希さんっ!!」
「女神様ァァァッ!!」
周囲から悲痛な叫び声が上がる。
「っ……い、ったぁ……」
私は全身の痛みに顔をしかめながら、土煙の中からゆっくりと立ち上がった。
ギリギリで纏った魔力装甲のおかげで致命傷は避けたが、全身の骨が軋んでいる。
(……さすがに、ボス二体同時は聞いてないわよ。
というか、魔力レーダーには一体しか感じなかった。
なんで急にもう一体現れたの?)
双子? 分裂? 召喚?
いや、その謎を考えるのは後だ。
「……さて」
私は口元の血を拭い、
前方に並び立つ【二体の絶望】を睨み据えた。
後方支援の私が、たった一人で二体の凶悪なボスを相手に『トドメを刺さずに』時間を稼ぐ。
(……どうやって、この絶望的な状況をサボり抜けようかしらね)
生き残る(そして家に帰って昼寝する)ための
限界の思考をフル回転させながら、私は静かに魔導銃を構え直したのだった。




