第88話:【絶望のダンジョン封鎖】
――ゴアァァァァァァァァァァァッ!!!!!
ダンジョンの最深部から響き渡った規格外の咆哮に
C級ダンジョンの空気が凍りついた。
「な、なに今の……!? どうする、有希!?」
普段は冷静な香澄ちゃんが、完全に焦った様子で私に駆け寄ってきた。
(どうするも何も、こんなヤバそうなフラグが立った時は一択よ!)
「一旦ゲートを出て、出直そう! 命あっての物種よ!」
私の【圧倒的撤退への判断力】に
全員が「賛成!」「異議なし!」と即座に同意し
私たちは元来た道――入り口のゲートを目指して全速力で駆け出した。
しかし。
ゲートがあるはずの広場に辿り着くと
そこには他のパーティーや探索者たちが大勢集まり
何やら異様な人だかりを作っていた。
「どうしたんだろう? なんでみんな出ないの?」
私が首を傾げていると
雄一先輩が「俺がちょっと様子を見てくる。ここで待ってろ」と
一人で人だかりの中へ向かい、他の覚醒者たちに情報収集(コミュ力発揮)をしてくれた。
数分後。
戻ってきた雄一先輩の顔は、普段の飄々としたものから一変、険しいものになっていた。
「……マズいことになった。どうやら、ゲートが【使用不可】になっていて
外に戻れないらしい。それでみんなパニックになってる」
「えっ、閉じ込められたってこと!?」
花梨が顔を青ざめさせる。
どうやってこの状況を切り抜けようか
私が脳内で『安全な隠れ場所リスト』を検索していると
人だかりの中心で、三人組の探索者が大声を張り上げた。
「静まれぇぇぇッ!!」
その声のデカさに、パニックに陥っていた探索者たちがピタリと口を閉ざす。
声を上げたのは、真紅の外套を羽織ったリーダーらしき男だ。
彼は腕に巻かれたエンブレムを高く掲げた。
「俺たちはA級ギルド『紅蓮』だ! 落ち着いて俺の言葉を聞け!」
A級というブランドに、周囲がどよめく。
「ゲートは、敵の強力なスキルにより閉鎖された!
この状況を打破し、ゲートから脱出する条件はただ一つ……【敵のボスを倒すこと】だ!
B級以上のダンジョンでは稀によくある現象だ。
知らない初心者はここで覚えておけ!」
(……いや、『稀によくある』ってどっちなのよ。
そんな厄介なシステム、初心者講座で教えておいてよ!)と、私は内心で盛大にツッコミを入れた。
「まずは索敵担当の者、前へ集まってくれ! 敵の正確な数を把握する!」
紅蓮のリーダーが指示を飛ばす。
「索敵担当……なら、香澄ちゃんの出番ね」
私はすかさず友人の背中を押した。「修平くん、香澄ちゃんの護衛をしっかりね。いってらっしゃい!」
「えっ、ちょっと有希!? あんたは!?」
「私はほら、最弱の支援枠だから。ここで安全に待ってるわ」
「……後で絶対説教だからね!」
香澄ちゃんと修平が、呆れ顔で索敵会議へと向かっていった。
しばらくして、索敵を終えた二人が戻ってくると
再び紅蓮のリーダーが悲痛な顔で大声を上げた。
「索敵班、協力感謝する! ……皆、絶望せずに聞いてくれ。
事情を隠さずに言う。現在、ここにいる人間の数は約50人。
対する敵の群れの数は……【1000以上】だ!!」
「「「なっ……!?」」」
広場が絶望の悲鳴に包まれた。50対1000。文字通りの多勢に無勢だ。
「だが、諦めるな! 各々が役割を決め、連携して戦線を維持すれば必ず凌げる!
まずは各パーティー、二人一組を組め!」
リーダーの指示を受け
私は即座にパーティーの編成(という名の丸投げ)を行った。
「よし。香澄ちゃんと修平くんで一組。
花梨と雄一先輩で一組ね。私は【支援】だから、一人で後方で適当になんとかするわ」
「わかった、有希ちゃんに魔物は絶対に近づけさせないからな!」
雄一先輩が頼もしく頷く。
「次に! 【支援系】のスキルを持つ者は挙手してくれ!」
リーダーの声に、私は「はーい」と気の抜けた声で右手を挙げた。私を含め、数名が手を挙げる。
「よし。支援班は味方にバフを掛けつつ、戦場の把握(レーダー役)を頼む!
敵の奇襲を察知したらすぐに声を上げろ!」
「「「了解!」」」
「最後に……いないとは思うが、一応聞く!
【回復術師】はいるか!?」
「はーい」
私は下ろした右手を、再びスッと挙げた。
その瞬間、紅蓮のリーダーが信じられないものを見るような目で私を二度見した。
「……おい君。さっき【支援】でも手を挙げていなかったか?」
「ええ。支援も回復も、どっちも使えるだけですよ?」
私が首を傾げて答えると、リーダーはワナワナと震え出し、感極まったように天を仰いだ。
「い、いたのか!? まさか、この絶望的な状況で
ヒーラー様が同じ空間にいてくださったとは……ッ! 皆、幸運に感謝しろ!
我々の陣営には回復術師がいるぞ! これならいける!」
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
広場の探索者たちの士気が、爆発的に跳ね上がった。
「我らの【勝利の女神】に感謝しろ! 怪我をしたら絶対に無理をせず
後方に下がって治療を受けろ!」
(……うわぁ。なんか勝手に『勝利の女神』とかいうクソ重い称号つけられちゃったんだけど。
やめてよ、私ただの怠け者なのに)
「すまない、女神……いや、君。後方での治癒と支援、全権を任せてもいいか?」
リーダーがすがるような目で私を見てくる。
「いいですよー。でも、一つだけいいですか?」
「なんだ? 護衛が必要か? ならば俺のパーティーから精鋭を……」
「いえ、護衛は私が【自前】で用意するので、攻撃しないでくださいね。――おいで、ウィット」
私が指を鳴らした瞬間。
足元の影がドス黒く膨れ上がり、そこから【巨大な魔獣】が
圧倒的な威圧感と共にヌルリと姿を現した。
「ッ!? ま、魔物だぁぁぁッ!!」
「ゲートの前に湧きやがった!!」
周囲の探索者たちがパニックになり、一斉にウィットに武器を向ける。
「あ、大丈夫ですよー」
私はのほほんと手を振った。
「この魔獣は私の相棒です。人間の言葉もわかる、いい子なので」
『我の名はウィット。以後、見知りおきを』
ウィットが、白い大きな猫みたいな魔獣な姿に似合わない、重厚で紳士的な声で挨拶をした。
「「「しゃ、喋ったぁぁぁぁっ!?」」」
「「「意思疎通できる魔獣!?」」」
周囲が驚愕で完全に引いている。
「というわけで、この子を私の専属護衛にするので、私への護衛は不要です。
お分かりの通り、この子自身も喋れるので、誤射の心配はないと思います」
私が言うと、紅蓮のリーダーは額の汗を拭いながら必死に頷いた。
「わ、わかった! 今すぐ全体に周知しよう!」
リーダーは慌てて叫び始めた。
「あ、あの恐ろしい魔獣は味方だ! 絶対に攻撃するなよ! いいか、絶対にだぞ!!」
周囲が騒然とする中、私は足元に控えるウィットに小声で話しかけた。
『主よ。今回はどうすればいい?
遠くに目障りな奴らをなぎ倒してくればいいのか?』
「……極端ねぇ。それは最終手段よ。目立ちすぎるから却下」
私はウィットの鼻先をペシッと叩いた。
「今は、私のそばで『奇襲』やら『危険』を教えてくれればいいわ。要するに、私の身の安全を100%確保する警報機兼ボディーガードね」
『……そんなことでいいのか? 我の力をもってすれば、あの程度の群れなど……』
「何があるかわからないから、念には念を、よ。
私が一番楽で安全なのが第一優先!」
『……了解した。』
不満そうに尻尾をパタパタと揺らしながらも、
忠実なウィットは私の足元に伏せ、鋭い眼光で周囲への警戒を始めた。
(ふふふ、これで私の絶対安全領域は完成したわ!
あとは適当にヒールをばら撒いて、終わるのを待つだけね!)
1000の魔物の群れが迫るという絶望の戦場で
私一人が最高にピクニック気分のまま
壮絶な防衛戦の幕が切って落とされようとしていた。




