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第86話:【怠惰な聖女の企画書処理】

「……で、下で暴徒と化しているあの騒動ファンたち、どうするつもりだ?」


神代かみしろ会長が

窓の外から微かに聞こえてくる『Akiちゃーん!』という地鳴りのような歓声を指差して言った。


「うーん……どうしよう?」

私は首を傾げ、上目遣いでパチパチと瞬きをした。

「このまま放置して、こっそり裏口から帰っていいかなっ?☆」


「そんなあざとく可愛く言ってもダメだ。

 帰りたかったら、自分で蒔いた種くらい自分で収拾してから帰れ」

「ちぇーっ」


無慈悲な正論で却下された私は、頬を膨らませてソファに沈み込んだ。

とはいえ、あの数百人規模の集団と一人一人コラボ企画の交渉などしていたら

夏休みが丸ごと終わってしまう。

悩んだ挙句、私はポンと手を打った。


「じゃあ、こういうのはどう? 下にいる全員に紙を配って

『名前』と『コラボの企画案』を書いて提出してもらうの。

で、あとで私が全部目を通して、面白そうなのだけ連絡するって形式にするの」

「……ほう」

会長が感心したように顎を撫でた。

「なるほど、それなら暴動も起きず、物理的な時間も省ける。それがいいだろうな。……橘」


「わかりました。直ちに行ってまいります」

壁際で控えていた橘さんが、有無を言わさぬ凄まじいスピードで一礼し

颯爽と退室していった。相変わらず仕事が早すぎる。


さて、この後どうやって時間を潰そうかと考えていると、スマホにメッセージが届いた。

差出人は、私の数少ない常識人ツッコミ枠の友人・香澄ちゃんだ。


『今からダンジョン行かない? 来る学生競技大会に向けて

パーティーでの最後の詰めをしておきたいの。

他のメンバー(花梨、修平)はOKもらってて、あとは有希の返事待ちよ』


(おおっ、素晴らしいリーダーシップ!

なんでうちの周りにはこんなに優秀な人材ばかりが集まるのかしら。

私が何もしなくても勝手に話が進んでいく、最高の環境ね!)


友人の優秀さに感動の涙を流しつつ、私は素早く返信した。

『いいわよー。今、覚醒者協会本部にいるから、みんな着いたら連絡して。

……あ、ついでに競技大会の時、香澄ちゃんに超VIPな仕事ができたからよろしくね!』


数秒後。

『……絶対ロクな仕事じゃないわね。後で詳細教えなさいよ』と、鋭すぎる返信が来た。

『りょーかい、ありがとう!』とスタンプを送ってスマホをしまう。


「随分と忙しそうだな?」

私がスマホをいじっているのを見て、会長がニヤニヤと笑いかけてきた。


「なんででしょうねぇ? 私はただ、誰よりも楽に、平和に生きたいだけなのに」

「本気で言っているのか? ワシには、お前が自分から忙しくなるために

わざわざ面倒事の中心へ飛び込んでいるようにしか見えんのだが」


「そんな勤勉な性格じゃないわよ!

だいたい、世間から『聖女』なんて大層な呼ばれ方してるのだって

私がただボケーッとしてたらいつの間にかそう呼ばれ始めて

勝手に定着しただけなんだから!」


私は心底うんざりした顔でため息をついた。

なぜ周囲は私を神聖視するのか。私はただ、美味しいケーキを食べて、昼寝がしたいだけなのに。


「カッカッカ! お前がその性格である限り

今後も暇になることは絶対にないだろうな!」

会長が腹を抱えて笑っていると、ガチャリと扉が開いた。


「終わりました。有希様、これを」

橘さんが涼しい顔で戻ってくると、ドンッ!

とテーブルの上に【辞書3冊分ほどの分厚い紙束】を置き放った。


「うえぇぇ……」

私は思わずカエルが潰れたような声を上げた。

これ全部、下のファンたちが書いた企画案か。

現実逃避したくなる気持ちを抑え、

私は太ももに装着している『空間ポーチ』にその分厚い紙束を乱雑に突っ込んだ。


「さてと、もう行くわね」

「もう行くのか?」

「ええ。さっき、友達からダンジョンに行こうって誘われてね。下で待ち合わせしてるの」


「そうか。まあ、無茶はするなよ。……ああ、そうだ。ダンジョンに入る前に

ちゃんと母親(希)に連絡してから行けよ?

あの母親を怒らせると、協会すら吹き飛びかねんからな」


「わかってるわ。無断で行ったら、また『地獄の暗殺者特訓』をさせられかねないし」

お母さんの笑顔プレッシャーを思い出し

私は身震いしながら『今からダンジョン潜るね!』と生存報告のメッセージを送った。


ちょうどその時、香澄ちゃんから『全員ロビーに揃ったわよ』と連絡が来た。


「それじゃあ、いってくるわ。会長、橘さん、またね」

私は応接室を後にし、エレベーターで1階のメインロビーへと降りていった。


***


広々とした協会のロビーに降り立つと、そこには見慣れた顔ぶれが揃っていた。

香澄ちゃん、元気印の花梨、気弱そうだが盾役の修平。

……そして、なぜか2年生の【雄一ゆういち先輩】が、腕を組んで立っていた。


「おまたせー! って、あれ? なんで雄一先輩がいるんです?」


私が不思議そうに首を傾げると、花梨が「えっとね!」と手を挙げた。

「私が雄一先輩にお願いして来てもらったの! なんか

1年生が長期休み中にダンジョンに潜る場合、上級生が一緒じゃないとダメなんだって!」


「ダメっていうのは少し語弊があるな」

雄一先輩が苦笑しながら補足した。

「正確には、『いなくても減点やペナルティはない』。

だが、長期休み中に上級生をメンバーに加えてダンジョン探索を行った場合

1年生の成績に【大きな加点】が入るんだよ」


「え、そうなんですか? そんなルール、一度も聞いたことないですけど」


「そりゃあ、学校側が意図的に説明してねぇからな。

これも『情報収集』のテストの一環なのさ。

要は、先輩たちとしっかりコミュニケーションを取って

自力で有益な情報を引き出す能力があるかを試してるってわけだ」


「なるほどー! そういうことですね。さすが先輩、頼りになります!」

私が感心して拍手をしていると、ふと、嫌な予感が肌を撫でた。


ザワ……ザワザワ……。


いつの間にか、私たちパーティーの周囲を、遠巻きに囲むように人だかりができ始めている。

それもそのはず。

今の私は、オシャレをして少し露出度が高めの夏服(※自撮り投稿したままの格好)。

そしてここは、ついさっきまで大パニックの渦だった『覚醒者協会本部のロビー』である。


「ね、ねえ有希。なんか……周りの人たちの視線、すごくない?」

香澄ちゃんが周囲の空気に気づき、顔を引きつらせた。


「あの娘って……」

「AkiちゃんがSNSにあげてた服と同じじゃ……?」

「おいマジかよ、本物か!?」


――130万フォロワーのトップインフルエンサー『Aki』が一般ロビーに降臨した。

その事実が完全に知れ渡り、

ロビーの空気が爆発寸前の風船のように膨れ上がっていくのを感じながら

私は「……今すぐダンジョンに逃げ込みたい」と本気で天を仰いだ。

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