第85話:【サボるための重大任務】
覚醒者協会本部の正門前は、完全に暴徒の包囲網と化していた。
電柱の陰で呆然と立ち尽くしていた私は、
通行人の「あれ……Akiちゃんじゃね?」という
危険な視線と声に気づき、慌ててフードを被った。
(正面突破は絶対に無理! 物理的に圧死する!)
私は気配を極限まで消し、建物の裏側へぐるりと回り込んだ。
そして、関係者以外立ち入り禁止の『裏口(スタッフ専用出入口)』から
そーっと中へと潜入したのだった。
「あっ、Akiさん!? なんでこんな所から!?」
「しーっ! 頼むから静かにして!」
ゴミ捨てに来た職員さんに遭遇してメチャクチャ驚かれたが
「正面のファンに揉みくちゃにされそうだったの!」と涙目で事情を説明すると
深く同情して通してくれた。
そのままスタッフ用のパスで動くエレベーターに乗り込み
最上階の『会長応接室』へと向かう。
コンコン。
『入れ』
重厚な扉を開けると、そこには優雅に葉巻をふかす神代会長と
その背後に直立不動で立つ特務隊長・橘さんの姿があった。
「おや、よく無事に入ってこれたな」
会長は私を見るなり、ニヤリと笑った。
「てっきり、表の連中に揉みくちゃにされて
死にそうになりながら這ってくると思っていたぞ」
「笑い事じゃないですよ……。自分の影響力がここまでとは思ってなくて」
私がげっそりと肩を落としてソファに座ろうとした瞬間。
――ゾワッ。
背筋が凍るような、凄まじい魔力の圧(殺気)を肌に感じた。
原因は、会長の後ろに立つ橘さんだ。彼の顔は笑っているが
目は全く笑っていない。背後に般若が見える。
「有希さん。……ご自分の影響力の恐ろしさが、少しは理解できましたか?
二度と安易なSNS投稿や、無計画な行動は控えることですね」
「はい……もう絶対にしません。調子に乗ってました……」
最強の側近による『静かなるマジギレ』に
私は素直に反省して頭を下げた。
「まあ、よい。痛い目を見るのも勉強だ」
会長がポンと手を打って空気を変える。
「で、学生競技大会についてだが。
お前は当然、開幕式に選手として出るんだろう?」
「え? 出ないわよ。私はあくまで【サポート枠】だから。
それに、今回は弟子の千晶ちゃんの付き添いもあるし」
「ほう。あの娘の……回復術師だったな。もしかして、回復枠として呼んだのか?」
「そうよ。あの子の【実戦練習がてら】にね。
もちろん、職場体験みたいなものだから、治療費も人件費も『タダ』よ!」
私が親指を立ててドヤ顔で言い放つと、会長は深く、深ーいため息をついた。
「お前なぁ……弟子とはいえ、貴重な回復術師をタダ働きさせるなど
協会として見過ごせるわけがないだろう。
ちゃんと費用(給料)は出してやれ。
お前が思っている以上に、本物の回復術師は需要があって人気なんだぞ」
「え、そんなもんなの? わかったわ。じゃあ、給料の交渉は橘さんにお願いね」
「……承知いたしました」
橘さんが呆れながらメモを取る。
「あ、そうだ会長。私からも一つ提案があるんだけど」
私は思い出したように鞄から書類(水城さんが作った完璧な企画書)を取り出した。
「実はね、魔力変換Wi-Fiっていうのが完成したから
ここに『親機』を置かせてもらいたいの」
「……いったい何のことだかさっぱり分からんから、もっと分かりやすく言え」
「えーとね。今使っている『魔力』をデータ通信用に変換して
そのデータ通信をまた魔力に変換して送信する装置の開発に成功したんだけど
その親機を、一番安全なこの協会本部に置きたいって開発者が言ってきたの。
だから許可をもらいに来たわ」
「……は?」
会長の葉巻がポロリと床に落ちた。
「お前……また、とんでもないものを引っ張り出してきたな……。
ダンジョン内での通信インフラの確立など
世界中の国家が血眼になって研究している分野だぞ!?」
「だから、置くのはいいの? ダメなの?」
「置くのは一向に構わん! 構わんが……そんな世界を揺るがす代物
協会本部で預かるにしても『警備費用』や『管理利権』のすり合わせが……」
「あ、その辺の面倒なことは【水城】っていう
イケメン営業マンが後で連絡してくるから
その人と決めて。私はただの伝言役だから!」
言うが早いか、私はスマホを取り出し
『会長から許可出たわ。あとはそっちに丸投げするわよ』と
沢井さんにメールを送信した。
「……ああ。担当は『あそこの奴ら(如月組)』か」
瞬時に察した会長は、やれやれと首を振った。
「橘。向こうはプロの営業マンを寄越す気だ。
こちらも相応の者に対応させるように手配しろ」
「わかりました。法務部と財務部の精鋭を揃えておきます」
大人の恐ろしい交渉事を橘さんたちに押し付けた私は、ホッと息をついた。
「で、本題に戻るが」
会長がソファに深く腰掛ける。
「お前、選手じゃなくてサポート枠なら、大会中は少し暇ができるな?」
「できないわね! 私、ものすごーく忙しいから!」
私は即座に否定した。
「昼寝とか、戦略戦術会議(という名の雑談)とか、間食とか
作戦会議(という名の漫画回し読み)とか、千晶ちゃんの回復の見守りとかで
もう手一杯よ!」
「……なんか、不必要なものがいくつか混じっていた気もするが。
まあ、やりたくないならいい。
お前には【ただ座っているだけの楽な仕事】を回そうと思ったんだがな」
ピクッ。
私の怠惰センサーが、その甘美な響きに強烈に反応した。
「……ちょっと、詳しく聞かせて」
「食いついたな」
会長はニヤリと笑った。
「実はな、今回の学生競技大会には
世界各地の覚醒者協会のお偉方たちが、日本の覚醒者を『視察』に来るんだ。
そこで、他国に舐められないために、魔力が爆発的に多くて、場慣れしていて
しかも人気のある人物を『顔役』として探していたんだ」
「ふーん。別に橘さんがやればいいじゃない」
「橘でもいいんだがな。それをやると
海外の連中から『島国は人手不足で大変ですね(笑)』などと嫌味を言われるもんでな」
「あー、なるほど。余裕を見せつけたいのね。で、そこで私の出番ってわけ?」
「そうだ。お前には、こちらの指定した日時に
VIP席でただ座って談笑しているだけでいい。
ただし、お前には【1名、指定の護衛】をつけてもらうことになるがな」
「護衛? お偉いさんの集まりなんだから
会場の警備なんてバッチリなんでしょ? なんで私に護衛が必要なのよ」
「ただの見栄の張り合いだ。『日本の若手には、Akiのような怪物と
それを護衛できるほど有望な若手がゴロゴロいるぞ』と知らしめるためだ。
ワシと橘、そして有希と、お前が指定した護衛1名。これでどうだ?」
私は腕を組み、高速で脳内ソロバンを弾いた。
(……この仕事を理由にすれば、競技中の面倒な
『サポートの仕事』を堂々とサボれる。
しかも『会長からの直接の頼み』という大義名分付きだから
学校の誰も文句を言えない……! 天才か、私!)
「いいわ、受ける!」
私は即答した。
「ただ、その『VIP席に座る日』には
ある競技を入れないように日程調整してほしいの。
私の護衛を頼む人は、ガチの競技参加者だから
その人の出番と被ると護衛に参加できなくなっちゃうからね」
「わかった、その程度の調整はワシの権限でどうにでもなる。
後で日程の連絡をするから、絶対に忘れるなよ」
「わかってるわよ」
私は「これで堂々とサボれる!」と内心でガッツポーズをした。
――しかし。
【ただ座っているだけ】という言葉に釣られ
新たな面倒ごとを「サボりたい」という不純な理由だけで受けてしまった私は
この時まだ気づいていなかった。
世界各国のトップ覚醒者たちが集う魔境(VIP席)が
ダンジョン以上の厄介なトラブルの火薬庫であるということに……。




