第84話:【130万の熱狂】
ブブブッ、ブブブブブッ! ブブブブブブブブブブッ!!
如月組での出来事から数日が経った、ある夏休みの朝。
私の安眠は、枕元で狂ったように振動し続けるスマホによって無惨に打ち砕かれた。
「う、うるさい……地震……? いや、違う……」
薄目を開けて画面を見ると、メッセージやSNSの通知が滝のような勢いで流れていた。
夏休みの惰眠を妨害された怒りとともにオービット(SNSアプリ)を開くと
そこには目を疑うような数字が並んでいた。
――フォロワー数:130万人。
「…………」
私はそっとスマホの画面を伏せた。
なぜそんな数字になっているのか、理由を探すことすら面倒くさい。
私は現実逃避を決め込み、パジャマのままフラフラとリビングへ向かった。
「おはよう、お母さん……。ねえ、朝から私のスマホが爆発しそうなんだけど、何か知ってる……?」
キッチンで優雅にコーヒーを飲んでいたお母さん(希)が、呆れたように振り返った。
「おはよう有希。あんたねぇ、自分がトップインフルエンサーだって自覚を持ちなさい。
ついさっき、この前撮った『協会施設案内&競技詳細』の動画が公開されたのよ。
それに加えて、あのヒカトって子のチャンネルで『撮影の裏側動画』も公開されたみたいね。
それで、あなたのアカウントに凄まじい数の新規ファンが押し寄せてるのよ」
「……」
絶句。
そういえば、あの施設案内で私は、神代の狸爺に無茶振りされて
フリフリ衣装で料理をさせられたりしていた。あれが全世界に……?
「終わった。もう、普通に外歩けなくなるじゃない……」
私がダイニングテーブルに突っ伏して絶望すると、お母さんはフッと笑った。
「諦めなさい。それか、お母さんみたいに『隠密術』と『変装術』をマスターするしかないわね」
「……隠密はともかく、変装術? お母さん、そんなの使ってるの?」
「当たり前でしょ? 私の本来の顔とオーラのままじゃ
普通のママ友なんてできるわけないじゃない。
完璧に変装して気配を消して街に繰り出せば、案外バレないものよ」
「そうなんだ……!」
私は顔をバッと上げた。まさか元S級の暗殺・潜入スキルが
PTAやご近所付き合いのために使われていたとは。
だが、それさえ習得すれば私も平和な引きこもり外出ライフが送れるかもしれない。
希望の光が見えた。
「そうそう。今、あなたのDM
すごいことになってるわよ。
『コラボしませんか』とか『うちの商品をPRしてくれませんか』っていう
企業案件 が山ほど来てるわ」
「えっ、そうなの? てっきり私にはそっち方面の話は来ないかと思ってた。
だって、インフルエンサーとか呼ばれてるけど
私自身はそれらしいキラキラしたことなんて一回も発信したことないし。
誰も気づかないのかな?」
「有希。この場合、あなたが『インフルエンサーらしいことをしたか、しないか』はどうでもいいのよ」
お母さんはコーヒーカップを置き、真顔で言った。
「あなたが『何かを食べた』『何かを使った』『何かを飲んだ』。
それだけで、商品が爆発的に売れるの。……あなた、この前の裏側動画で
ペットボトルの飲み物飲んでたでしょ?
あれ、もうネットの特定班に銘柄を特定されて
全国のコンビニやスーパーから売り切れになってるわよ」
「えええええっ!? あれ、安くて美味しかったから密かにお気に入りだったのに!!
……というか、ラベルが見えないように手で隠して飲んでたのに、よく特定できたね!?
特定班の執念にドン引きなんだけど!!」
「だから、ネットの力とオタクの執念を甘く見ない方がいいわよ」
お母さんの恐ろしい忠告に私がブルブルと震えていると
スマホにピコン、と新着メールの通知が来た。
差出人は、覚醒者協会の【橘さん】だ。
「あ、橘さんからメールきた。『もう少しで学生競技大会が開催されますが
それについて打ち合わせをしたい』だって」
「なら、ちょうどいいじゃない」
お母さんがポンと手を打った。
「ついでにSNSで
『数時間後、覚醒者協会に来られる人はコラボ受け付けます』って打てばいいのよ。
協会本部なら日本で一番警備が固いし
変な輩が来ても橘さんたちが物理的に排除してくれるから、
お母さんも安心できるわ。……ああ、ついでに部屋で自撮りをして
ファン向けに何か写真を上げていきなさい。そうすればすべてわかるわよ」
「協会のセキュリティを盾(イベント会場)にするのね。
わかった、そうする」
私は部屋に戻り、クローゼットを開けた。
どうせ行くなら、ファンサービスも兼ねて少しだけ気合を入れよう。
私は、肩が少し見えるオフショルダーの
夏らしいオシャレ着(少し露出多め)に着替え
鏡の前でパシャリと自撮りをした。
『数時間後、覚醒者協会本部で打ち合わせ!
ついでに協会まで来られる人、コラボ企画受け付けます! 先着順です!✨』
その文章と共に画像をオービットに投稿。
私は「いってきまーす」とお母さんに声をかけ
たまには気分転換も兼ねて、久しぶりに【電車】で協会へと向かうことにした。
――これが、大失敗だった。
『ねえ、あの子めちゃくちゃ可愛くない?』
『ていうか……あれ、Akiちゃんじゃない!? 本物だ!!』
『えっ、嘘!? 写真撮ってください!!』
駅に着いた瞬間から、周囲の空気が一変した。
電車に乗っても、乗り換えても、道端を歩いていても
常にヒソヒソと囁かれ、スマホを向けられ
時には勇気を出したファンに囲まれて撮影を求められる。
無下に断るわけにもいかず、愛想笑いで応じているうちに
私のHPと精神力はゴリゴリと削られていった。
(ああっ、疲労困憊……! おとなしく沢井さんに連絡して
スモークガラスの黒塗り高級車で送ってもらえばよかった……っ!!)
普段なら30分で着く道のりを、倍以上の時間をかけてヘロヘロになりながら進む。
そして、ようやく覚醒者協会の巨大な建物が見えてきた――その時だった。
「…………え?」
協会の正門前。
そこには、一眼レフカメラを構えた集団、自撮り棒を持った配信者らしき若者たち
そして目を血走らせた大勢のファンが
文字通り【群れ】をなしてひしめき合っていた。
協会前にタクシーが停まるたび。
『来たか!?』
『いや、違う! ただの協会職員だ!』
と、一喜一憂する地獄のような光景が繰り広げられている。
「……もしかしてあれ、全部私の『コラボ(先着順)』待ちの集団なの……?」
自分の不用意なSNS投稿が招いた、数百人規模の出待ちパニック。
私は電柱の陰に身を隠し
血の気を引かせながら「……ここからどうやって中に入ればいいのよ」と
かつてない絶望的なダンジョン(ファン包囲網)を前に、頭を抱えるのだった。




