第83話:【闇のトップ会談】
――とある薄暗い地下の会議場。
長机を囲むように集まった黒服の男たちは
額に脂汗を浮かべながら重苦しい空気に包まれていた。
「くそっ……! また失敗した上に、強力な後ろ盾まで失うとは!」
一人の男が苛立ちに任せてドンッ!
と机を叩き割らんばかりの勢いで拳を振り下ろした。
「まあまあ、落ち着きなされ。
そうやって怒鳴り散らしても、事態は解決しませんぞ」
「分かっている! だが、どうする!?
こちらの打てる手は、もうほぼ残されていないぞ!」
彼らは、裏社会で暗躍し、人間社会の転覆を狙う組織の幹部たちである。
しかしここ最近、彼らの完璧だったはずの計画は
ことごとく【謎の邪魔(主に有希の気まぐれ)】によって粉砕され続けていた。
どうやって事態を挽回するか。会議場が絶望的な議論に包まれていた、その時だ。
――グニャリ。
突如として、会議室の中央の空間が、水面のように不自然に歪んだ。
『――あらあら。人間が醜く喚き散らす声って、いつ聞いても耳障りねぇ』
歪んだ空間から姿を現したのは
豊満な肢体を妖艶なドレスで包み、背中にコウモリのような羽を生やした絶世の美女
【サキュバスクイーン(女王)】。
そしてその隣には、豪奢な王冠を戴き、ボロボロのマントを羽織った白骨の魔物
【リッチ(不死王)】が、部屋の空気を凍らせるほどの禍々しい魔力を放ちながら静かに佇んでいた。
「ひっ……! こ、これは、女王様……ッ!!」
圧倒的な上位存在の降臨。
先ほどまで偉そうに怒鳴り合っていた幹部たちは
椅子を蹴倒して床に這いつくばり、一斉にガタガタと震えながらひれ伏した。
『失敗したらどうなるか
前に仕事を与えたあの親子(手駒)にはキッチリ言っておいたんだけど……
どうやら、末端のあなたたちには伝わっていなかったようね?』
サキュバスクイーンが、赤い唇を吊り上げて冷酷に微笑む。
「も、申し訳ございません! 次、次こそは必ず成功させてみせます……ッ!」
男の一人が顔を床に擦り付けながら必死に懇願した。
『ふふっ。そう言って成功した輩、今まで一人も見たことないのよねぇ』
「え……?」
『責任は、きっちり取ってもらうわよ』
サキュバスクイーンが、パチンッ、と軽快に指を鳴らした。
その瞬間。
ボォォンッ!!
「「「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」」」
会議場にいた幹部のうちの数人が
まるで風船が割れるかのように、血飛沫を上げて唐突に爆発した。
「ヒィィィッ!? い、一体何を……ッ!」
生き残った人間たちが、顔に仲間の血を浴びながらパニックに陥り、悲鳴を上げる。
『ふふっ、これで許してあげるわ。感謝しなさい?』
女王は口元を手で覆い、コロコロと楽しげに笑った。
その横で、無言を貫いていたリッチが、眼窩の奥の赤い光をギラリと輝かせる。
『……次はないと思え。下等生物ども』
地獄の底から響くようなドスの効いた威圧感が会議室を押し潰す。
生き残った人間たちは、呼吸すら忘れて床にへばりついた。
「は、はい……ッ! 肝に銘じます……ッ!
あの、ターゲットは……ターゲットは変わりないのでしょうか!?」
震える声で、リーダー格の男が問いかける。
『そうねぇ……。ターゲットは変更しようかしら』
サキュバスクイーンは、艶やかな指先で自らの顎を撫でた。
『小娘が脱出したときに一緒にいた【男】を連れてきなさい。
もし成功したら、今までの不始末はすべて帳消しにしてあげるわ』
「! 男……でございますか。はい、分かりました!!」
生き残るため、男たちは内容も確認せずに二つ返事で快諾した。
『あの男(剣斗)、正義感が強くて色々と【単純】みたいだから
真正面から狙うより、適当な理由をつけて懐柔するといいかもしれないわね。
……あと、あの男の傍には私の可愛い娘がいるから、彼女と協力して進めなさい』
「ははっ! 分かりました。そのように進めさせていただきます!」
『助言として言っておくけど、ゆっくり、気付かれないように進めることね。
……ああ、ちなみに一緒にいた【あの小娘(有希)】は、放置しておけばいいわ』
「放置、ですか……? しかし、彼女は未知数の能力を……」
『念のためこちらの情報網で調べさせたけど
あの子、普段は【授業中は寝ていて、放課後は部室で男を侍らせている】らしいわ。
大した脅威にならなさそうだし、自分から動くような素振りがないわ。
とはいえ警戒だけはしておきなさい。』
「な、なるほど……! 流石は女王様、完璧な分析にございます!」
幹部たちも、その言葉を信じて安堵の表情を浮かべた。
『……くれぐれも、逃すことのないよう、慎重に進めることだな』
リッチが最後に重々しく釘を刺す。
『それじゃあね。良い報告を待ってるわよ? ふふふ……』
サキュバスクイーンとリッチは、再び歪んだ時空の中へと溶けるように姿を消した。
魔族たちの圧倒的なプレッシャーが去った後
生き残った幹部たちはすぐさま立ち上がり
血塗れの会議室の中で迅速に新たな作戦会議を始めた。
「よし! ターゲットはあの『単純な男』だ!
小娘は後回しでいい!まずは、男の情報を集めろ!」
「女王様の娘とも連携し、確実に取り込むぞ!」
――こうして
ターゲットが【有希】から、勇者体質の熱血バカ・【剣斗】へと変更された。
有希を「無害な怠け者」と判断し
後に魔族サイドに【絶望的な大厄災】をもたらすことになるのだが
それはまだ、誰も知らない。
世界を裏から操る勢力図が、
一人の女子高生の「怠惰」によって、今大きく変わろうとしていた。




