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第82話:【営業部長の流儀】

御子柴家の工房兼応接室。

お茶が出されるや否や

株式会社ルナテック・ソリューションズ(※如月組の表企業)の営業部長・水城さんは

完璧なタイミングで先手(営業トーク)を打った。


「さっそく本題ですが、御子柴様が開発された『魔力Wi-Fi』に関しまして

流通、販売、特許管理からクレーム対応、さらにはカスタマーサポートまで

すべての業務を弊社で一括して承らせていただきたく存じます。

御子柴様には、技術的な改良や保守のみをお願いしたいと考えております」


「おお……それはありがたい」

御子柴父がホッとしたように顔を綻ばせる。

「こちらは物を作る以外、不器用でやってこなかった職人ばかりなものでして。

販売ルートの開拓やクレーム対応などの分野は、本当に素人同然で困っていたのですよ」


「お任せください。その道のプロが完璧に対応いたします。

……つきましては利益配分ですが、弊社が6割、御子柴様が4割という条件でいかがでしょうか」


「む……」

御子柴父の顔が少し曇る。

「すべてお任せするとはいえ、こちらの取り分が4割というのは……少し少ないような気がするのですが」


待ってましたとばかりに、水城さんは柔和な笑みを崩さずに言葉を続ける。

「おっしゃる通り、一般的な業務提携であれば5対5が相場かもしれません。

ですが……この『6割』の中には、あなた方への【護衛料】も含まれているのです」


「護衛……ですか?」

御子柴父がポカンとする。


「ええ。魔力Wi-Fiという革命的な通信インフラが流通した場合

世の中はどうなるとお思いですか?」

「それは……ダンジョン探索の安全性が飛躍的に高まり

もっと世の中が便利になるのではないでしょうか」


「確かにその通りです。ですが一方で、既存の通信機器メーカーや

一部の既得権益を持つ企業にとっては【莫大な不利益】となります。

彼らが自社の利益を守るために、最も手っ取り早い手段は何だと思いますか?」


「…………」

御子柴父の顔からスッと血の気が引いた。


「つまり、開発者である私たちが襲われる……と?」

「ご名答です」

水城さんは深く頷いた。

「そこで、我々の出番です。弊社は独自の強力な警備部門を保有しております。

事前にこの料金をいただくことで、万が一、御子柴様に危険が迫った際

連絡1本で即座に完全な【対処】ができる体制を整えさせていただきます」


「なるほど……。技術のことばかりで、そこまでは考えが至りませんでした」


「さらに」と水城さんはダメ押しをするように私の方へ手を示した。

「ご子息のご友人である有希様。

彼女は現在、Akiという名で凄まじい影響力を持つトップインフルエンサーです。

我々の警備力と、有希様の発信力。

これが加われば、御子柴様の技術を守る壁は盤石なものとなるでしょう」


(……へぇ。ヤクザの用心棒代を『警備部門の護衛料』

私の顔の広さを『トップインフルエンサーの影響力』って

よくまあそんな綺麗な言葉に変換してスラスラ出てくるわね。

大したタヌキ……いえ、営業マンだわ)

私は心の中でお茶をすすりながら感心していた。

と、そこでふと、一つの重大な疑問に気がついた。


「ねえ、水城さん。Wi-Fiっていうからには

大元になる『巨大な発信機(ルーター本体)』の設置場所が必要よね?

それはどこに置くつもりなの?」


「良い質問です、有希様。それにつきましては

日本で最も安全な場所――【覚醒者協会本部】への設置が最適かと考えております」

「……は?」

「協会の神代会長は、かつて魔王を封印した伝説の英雄。

さらに秘書の橘様をはじめ、優秀なSSランク覚醒者が多数所属しております。

あそこを襲撃する馬鹿は世界中探してもおりません」


「……え? あの狸爺って、そんなにすごい英雄だったの!?」

私が素で驚愕の声を上げると、今まで黙って横で聞いていた香澄ちゃんが

信じられないものを見るような目で私を睨んできた。


「ちょっと有希……あんた

自分が直接呼び出されて仕事まで請け負ってる相手(協会トップ)の経歴も

一切知らずに煽ってたわけ!? 一歩間違えたら国家反逆罪で消されてるわよそれ!!」

「いやだって、どう見てもただの胡散臭いお爺ちゃんだったから……」

「外見で判断するなこのクズスライム!!」


香澄ちゃんの的確なツッコミに、水城さんが苦笑しながら咳払いをする。

「ええっと……話をお戻ししますが。

その協会本部への『本体設置の交渉』は

会長と親しい有希様に直接お願いしていただきたいのです」


「はぁー……なるほどね」

私は深いため息をついた。私が会長と親しいという情報を

いつの間にか如月組がキャッチしていたのだ。

「まあ、わかったわ。あの狸爺なら

お互いの利益になる話なら乗ってくるでしょ。なんとか頼んでみるわよ」


「ありがとうございます!」

水城さんは深々と頭を下げ、再び御子柴父に向き直った。

「ご覧の通り、この事業を成功させるためのピースは全て弊社が揃えます。

だからこその『6割』でございます。他の面倒な作業はすべて承りますので

御子柴様は技術開発のみに専念していただけます」


「……ううむ。少し、家族で考えてもいいですか?」

「もちろんでございます。大変重要な決断ですからね。

もしお受けいただける場合は、名刺の連絡先へご一報ください。

即日対応させていただきます。

なお、この案件には有希様もご協力してくださると仰っていますので」


水城さんがチラリと私を見る。

「え? そうなの、有希ちゃん?」

御子柴部長(巧先輩)が驚いて私を見た。

「うん、まあ、成り行きでそうなったの。

私がやることは『狸爺に話を通す』ことくらいで、大体想像がつくから大丈夫よ」

私がのほほんと答えると

御子柴親子は「……有希ちゃん、絶対詳しいこと分かってないでしょ」という

生暖かい目を向けてきた。失礼な。不労所得の仕組みくらい分かってるわよ。


「あの、もし今後、うちが事業の規模を拡大したいとなった時、

他社に頼んでも構わないのでしょうか?」

御子柴父が慎重に尋ねる。

「もちろんです。他にツテがおありなら

そちらを頼っていただいても全く問題ありません。

ただ、有希様のお知り合いですから

弊社といたしましても『努力したお値段』で

様々なサポートを提供させていただきますよ」


(うわぁ、凄い……。相手の逃げ道を塞がないことで逆に信用させつつ

『うちなら安くするよ』って囲い込む。

水城さん、マジで超優秀な営業マンじゃないの。

こんな有能な部下をこき使ってるなんて、如月組が羨ましいわ!)

私がブラック企業経営者のような見当違いの感心をしていると

横で聞いていた香澄ちゃんが、完全に話に飽きたのか立ち上がった。


「御子柴先輩。工房の中の物、少し見せてもらってもいいですか?」

「あ、もちろん! 案内するよ」

「私もついてくー」

私は水城さんに「あとはよろしくねー(丸投げ)」と手を振り

二人の後をついて工房の奥へと進んだ。


***


工房には、剣や槍から、怪しげな魔道具

最新の防具まで、様々なアイテムが所狭しと並んでいた。


「わぁ……凄いですね」

「私の武器、ここでお願いしてもいいですか?

今使ってる武器、少し手に合わなくなってきていて……」

「いいよ! 今ちょうど時間あるし、どんな武器がいい?」


御子柴部長と香澄ちゃんの間で

いきなりガチの『武器製作の打ち合わせ』が始まってしまった。

武器はすでに持っている私は、完全に暇を持て余し

とりあえず部屋の隅にあった丸椅子にどっこいしょと座って

スマホで動画でも見ようとした。


――その直後。


「有希様。お待たせいたしました、商談終わりました」

「……」


私の目の前に、完璧な笑顔の水城さんが現れた。

(……今、座ったばっかりなんだけど。

もうちょっとゆっくり商談してくれてもよかったのに……)


私はブツブツと文句を言いながら立ち上がった。

「何かおっしゃいましたか?」

「ううん、気のせいよ」

私は香澄ちゃんに声をかける。「香澄ちゃーん、帰るわよー」

「わかったわ」


香澄ちゃんはこちらへ歩いてくると、御子柴部長に頭を下げた。

「御子柴先輩、武器の件、よろしくお願いします。

……それにしても、先輩って噂と全然違いますね。

もっと近寄り難い、怖い職人さんかと思ってました」

「あはは! そりゃあ、たぶん有希ちゃんが間に入ってくれたおかげだよ。

有希ちゃんが一緒じゃなかったら、僕もあんなにスラスラ話せなかったし」


「え? いやいや、私は丸椅子に座ろうとしただけですから!

変に持ち上げないでください、次の仕事(面倒事)を振られたら困るので!」

私の即座の全力否定に、工房内にドッと笑いが起きた。


***


挨拶を済ませ、私たちは近くで待機していた沢井さんの車に乗り込み

再び如月組の屋敷へと向かった。

帰り道、後部座席で香澄ちゃんを真ん中に挟みながら、私は水城さんに尋ねた。


「で、どうなったの?」

「はい。結局、あのままの条件でまとまりました。近日中に正式な契約を結びます」


水城さんがバックミラー越しに微笑む。

「おおっ! さすが水城だ。お頭にも伝えておいてやる

ボーナス期待しておけよ」

運転席の沢井さんが機嫌良く笑うと

水城さんは「ありがとうございます、アニキ!」と嬉しそうに答えた。


「――それで、有希様。覚醒者協会への『本体設置』の交渉ですが

 何卒よろしくお願いいたします」

「えー。如月組って、協会ともズブズブ……ゲホン

 仲良いんでしょ? 組長が直接頼めばいいじゃない」


私が文句を言うと、沢井さんが苦笑いしながら答えた。

「仲は良いんですがね。

 その……『極道と協会のトップがズブズブ』だって世間にバレたら

大問題になるじゃねえですか。だから、滅多に会えねぇし、会うのも一苦労なんでさ

幸い、姐御が会長と『個人的に親しい』と聞いておりやす。

なので、こちらとしてはクリーンなイメージの姐御を挟んで交渉を進めたいんでさ」


「なるほどねぇ。要するに、マスコミ対策ってわけね」

私の脳裏に

お母さんがよく見ているロードショーでありがちな

『企業と反社の黒い交際発覚! 涙の謝罪会見!』というテロップが浮かんだ。


「その通りでさ。……おい香澄。お前も、親父さんが表に出られない分

 有希様をしっかりサポートしてやるんだぞ?」

沢井さんがバックミラー越しに香澄ちゃんに声をかける。


「言われなくても分かってるわよ」

香澄ちゃんは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。

「というか、有希に一人で協会長と交渉させたら

うっかり『私が天下を取る』とか『報酬は国家予算の半分で』

とか言い出しかねないから

私が監視役としてついて行かないとダメなのよ。本当に手がかかるんだから」


「ちょっと香澄ちゃん! 私をなんだと思ってるのよ!

私だって常識的な交渉くらい……」

「この間、動画の出演料を『倍額よこせ』って笑顔で脅し取ったのはどこの誰よ」

「うっ」

ぐうの音も出ない。


そんな賑やかな車内での会話を楽しんでいるうちに

車は如月組の屋敷へと到着した。


「それでは、私はこれから契約書などの作成業務が山積みですので、これで失礼いたします!」

水城さんは完璧な一礼を残し、颯爽と去っていった。(本当に有能だわ)


「それじゃあ姐御、香澄お嬢。行きやしょう」

私たちは沢井さんの案内に従い、再び組長の元へと向かった。


結果として。

巨大ビジネスの成立に大満足した『ご満悦の組長』が見られた上に

水城さんの給料とボーナスがアップしたとい

、極道(と私)にとってホクホクな結果で、この日を終えるのだった。

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