第80話:【極道の娘と親心】
沢井さんの運転する黒塗りの高級車に揺られること数十分。
私は、広大な日本庭園を備えた如月組の立派なお屋敷に到着した。
沢井さんの案内に従い、磨き上げられた廊下を歩いて組長の部屋の前まで来る。
「おじき。姐御をお連れしやした」
『……入れ』
ふすまの奥から、低くドスの効いた声が響く。
「失礼しやす」と沢井さんが恭しくふすまを開けると
そこには和室の上座で胡座をかき、威風堂々たるオーラを放つ如月組の組長が座っていた。
「こんにちはー。今日は何の用ですか?」
私は完全に近所のコンビニに来たテンションで挨拶をした。
「わざわざすまんな、有希様。……沢井、アレを連れてきていいぞ」
「ハッ!」
組長が指示を出すと、沢井さんは深く一礼して部屋を出て行った。
組長は改めて私に向き直り、口を開く。
「今日はな、お前さんに『紹介したいやつ』がいるから来てもらったんだ」
「紹介したい人? ――なんだ。治療(臨時ボーナス)したい人じゃないんですか」
「……」
私が露骨にがっかりした顔をすると、組長は苦笑いを浮かべた。
「残念だったな。
まあ、お前さんはあちこちから引っ張りだこで、もう相当稼いでいるだろう」
「確かに稼いではいるわね。でも、世の中何があるか分からないから。
備えあれば憂いなし、老後と引きこもり資金はいくらあっても困りませんからね」
「クックッ……女子高生が老後の心配か。
まあ、もしお前さんが何かの拍子で今の仕事を糾弾されるようなことがあっても
お前さんのその『規格外の治癒能力』を欲する人間は裏にも表にも腐るほどいる。
路頭に迷うことはないから心配しなくてもいい」
「そう? 組長さんがそこまで言うなら安心だわ」
ヤクザの組長と女子高生が
お茶をすすりながら「老後の資産形成と再就職先」について
他愛もない会話をしていると、廊下から足音が聞こえてきた。
「おじき、連れてきやした」
『入れ』
組長の許可と同時に、ふすまが勢いよく開いた。
「もう! パパ、いったい何の用――」
文句を言いながらドカドカと部屋に入ってきたその人物は
上座の近くで呑気にお茶を飲んでいる私とバッチリ目が合った瞬間
彫像のようにピタリと固まった。
「……」
「……あら、香澄ちゃんじゃない? 久しぶりね」
私は見知った同級生の顔に、のほほんと手を振った。
数秒の完全なフリーズを経て、香澄ちゃんが絶叫する。
「ひ、久しぶりって、まだ一昨日(終業式)会ったばかりでしょうが!
ていうか、なんで有希がここにいるのよ!?
というか……私がここにいること(極道の娘であること)に、何も思わないの!?」
「え? 何も思わないけど。香澄ちゃん
普段から立ち居振る舞いがピシッとしてるし、妙に肝が据わってるから
大体そういうお家の出身なんじゃないかなーってアタリはつけてたし」
「……気づいてたのね。バレたらどうしようとか
嫌われたらどうしようって、ずっと悩んでた私が馬鹿みたいじゃない……」
香澄ちゃんは顔を真っ赤にして、ガックリと肩を落とした。
「組長。会わせたい人物って、香澄ちゃんのこと?」
「そうだ。……俺の、一人娘だ」
組長は少しだけ目を細め、父親の顔になって語り始めた。
「俺は組長という立場上、物理的に娘を守ってやることはできる。
だが、『友人』を作ってやることだけは難しくてな。
香澄が普通の青春を送れるようにと、苗字を変え、家を別にして
定期的に会うだけにして慎重に生活させていたんだ。
だが……いつも途中で俺の娘だとバレてしまい、友人が離れていってしまう」
「で、今回も同じように私から離れていくと思ったら
私が全然離れないどころか一緒にダンジョンに潜ったりしてるから
直接呼んで『確認(紹介)』したと?」
「そうだ。有希様なら、普段の堂々とした態度や、俺たちに対する態度を見て
娘の正体を知っても態度を変えないだろうと思ってな。正式に紹介させてもらったわけだ」
「なるほどねー」
私はポンと手を打った。
「香澄ちゃんが高校生にしては異常に戦闘力が高かったのは
沢井さんたちの教育(英才教育)のおかげだったのね。
学校で『香澄は噂の悪い人たちとつるんでる』って言われてたのも
要するに沢井さんたち黒服の護衛のことだったってわけね」
「そうだ。俺たちがいつも一緒にいてやる訳にはいかんからな。
立場上、どうしても狙われやすい。
自分の身は自分で守れるように、護身の術を徹底的に身につけさせたのだ」
組長は深く息を吐き、そして、私に向かって真っ直ぐに頭を下げた。
「……で、どうだ。ヤクザの娘だと知っても
まだうちの香澄とPTを組んでくれるか?」
「ちょっとパパ!? そんないきなり聞かなくても……っ!」
香澄ちゃんが泣きそうな顔で動揺する。
私は残っていたお茶を飲み干し、湯呑みを置いてきっぱりと言い放った。
「もとより、手放す気なんて一ミリもないわよ」
「! 有希……っ」
「だって、香澄ちゃんがいなかったら
私、学校の面倒な実技試験も、ダンジョン攻略も
全部自分で動かなきゃいけなくなって生きていけない(サボれない)もの」
「……そこは『香澄ちゃんが大切だから!』とか言いなさいよこのクズスライム!」
感動の涙を引っ込めて怒鳴る香澄ちゃん。うん、いつも通りの元気なツッコミだ。
「そうか……。感謝する」
組長はホッとしたように顔を上げた。だが、すぐに真剣な表情に戻る。
「だが、本当にいいのか? 極道と関われば、今後も面倒なトラブルに巻き込まれるぞ?」
「それがねー」
私は肩をすくめた。
「香澄ちゃんと組むずっと前から精霊協会のおかげでトラブルばーっかりなのよね。
だから、今更一つや二つ増えたところで別に気にならないわ。
要は、面倒な輩に手を出されないように黙らせればいいだけだしね?」
「ハッハッハ! 違いねぇ、それはそうだな!」
私の物騒な宣言に、組長は豪快に笑い声を上げた。
香澄ちゃんは「有希……ありがとう」と、呆れながらも嬉しそうに涙ぐんでいる。
一件落着。良い親子の絆を見せてもらった。
――さて、ここからは大人の時間の始まりである。
「で。組長」
私は居住まいを正し、ニヤリと『悪代官』のような笑みを浮かべた。
「香澄ちゃんの件はこれでクリアとして。
私から組長に、一つ【提案】があるんだけど、聞いてくれる?」
「ほう? 提案とはなんだ?」
極道のトップに対し、私はとんでもない【国家規模のビジネス】を
持ちかけるべく、口を開いたのだった。




