第79話:【爆速のフラグ回収】
第79話:【爆速のフラグ回収】
夏休み初日。
私は引きこもり人類としての義務を果たすべく
お昼前までベッドの中で全力の惰眠を貪っていた。
太陽が南中を過ぎようかという頃、ようやく重い腰を上げて、リビングへと這い出していく。
「ずいぶんと遅いお目覚めね、有希」
リビングのソファで優雅にハーブティーを飲んでいたお母さんが、ジト目を向けてきた。
「たまにはいいじゃない、お母さん。
待ちに待った夏休みが始まったばかりなんだから。スタートダッシュよ」
「昼まで寝ることがスタートダッシュなわけないでしょ。
……まあ、やるべきことをやって、我が家のルールを守っていれば
私は文句を言うつもりはないわ。
――ただ、最近のあなたは『守らないこと』の方が多い気がするけれど?」
ピキッ、と背筋に凍りつくような緊張走る。
ルール。それは「うっかり国家規模のトラブルを起こさないこと」や「実力を隠し通すこと」。
ここ最近の私は、神代の狸爺に拉致されて吐血しながら子供たちを大量治療したり
SNSのフォロワーが100万人を突破したりと、完全にルール違反の常習犯だった。
「や、やだなあお母さん! しっかり守ってますって!
私はただの無害な女子高生ですから、大丈夫です、はい!」
私は滝のような冷や汗を流しながら、必死に誤魔化しの笑顔を浮かべた。
「ならいいけれど。……次に何かやらかす時は、せめて事前に言いなさいね?」
「はーい……(絶対に事後報告にしよう)」
私はお母様の鋭すぎる視線から逃れるようにスマホを取り出し
ソファの隅っこでコソコソとメールを作成し始めた。
宛先は、佐々木千晶ちゃんの兄であり、私の優秀な(?)情報屋候補である佐々木翔クンだ。
『もうすぐ学生競技大会が始まるでしょ。
出場する選手のリストと、それぞれの特徴や能力を詳しく調べておいて。
報酬は成果次第だけど、満足する額は保証するわ。
とりあえず前金として100万円送金しておくね』
ぽちっ、と送信ボタンを押し、ついでに口座から100万円を爆速で送金してやった。
先日の施設紹介の動画案件で
勲会長から「通常の倍額」という名の莫大な臨時ボーナスを毟り取ったばかりなので
今の私は財布の紐がガバガバなのだ。他人の金でやる情報収集は最高に気持ちが良い。
数分後、翔クンからすぐに返信が来た。
『りょーかい、姐さん太っ腹! でも出場選手ってめちゃくちゃ数多いから
それなりに時間かかるぞ? 後から「遅い!」とか理不尽にキレんでくれよな』
失礼な。私はどこぞの狸爺や生徒会長とは違って、ホワイトな雇用主である。
『大丈夫よ。私はどっかの誰かさんたちみたいに、無理難題を押し付けたりしないから安心して。
あ、そうそう。覚醒者協会の「橘さん」って超武闘派の人が
あなたたち兄妹を直々に鍛えてくれることになったから。
そのうち地獄の招待状(連絡)が行くと思うけど、死なない程度に頑張ってね!』
千晶ちゃんを覚醒者協会に売り渡した(※本人の強い希望)際
おまけとしてお兄ちゃんも地獄の訓練セットに強制入会させられていたのだ。
それを伝えるのを完全に忘れていた。
すると、数分後に翔クンから血相を変えたようなメールが飛び込んできた。
『はあ!?!? なんでそんな大事を今サラッと言うんだよ!! 妹に確認したら
すでに決定事項になってるって白目剥いてるんだけど!?
橘ってあの、怒らせたら命がないっていう協会の鬼特務隊長だろ!?
死ぬ! 俺たち確実に死ぬ!!』
『まあ頑張りなさい。生き残って強くなれば
その分情報屋としての報酬も引き上げてあげるから』
私が文字通り「アメと鞭(アメ:100万、鞭:橘の拷問)」を
使い分けたブラックな返信を送った直後
スマホがけたたましく鳴り響いた。画面には【沢井】の文字。
「もしもし、沢井さん?」
『あ、姐御! 突然の連絡、申し訳ありません。
今からお時間は大丈夫でしょうか?』
「ええ、暇よ。ちょうど昼起きしたところだし」
『本当ですか! 実は、今から姐御を車でお迎えに上がりたいのですが
よろしいでしょうか?』
「わかったわ、待ってる」
通話を切り、私が立ち上がろうとすると、ソファの向こうからお母様が静かに声をかけてきた。
「有希。今のは、如月組の沢井さんから?」
「え? そうだけど……お母さん、なんで知ってるの?」
私が不思議そうに首を傾げると、お母さんはフッ、と不敵な笑みを浮かべた。
「如月組の組長とは
昔からちょっとした持ちつ持たれつの関係なのよ。
さっき、彼らの頭(組長)から私のスマホに連絡があってね。
『これから聖女様の御令嬢をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?』って
もの凄く低姿勢で確認が来たから許可してあげたわ」
(私のスマホに直電してくる前に、まずお母さんに確認を取るなんて……!
如月組の組長、命の危険を察知する能力が高すぎる。なんてデキる極道(漢)なのかしら……!)
私が裏社会のトップの処世術に密かに感動していると
ピンポーン、と我が家のインターホンが鳴り響いた。
「あ、来たみたい。お母さん、ちょっと行ってくるね」
「いってらっしゃい。ある程度の事情は聞いてるわ。
もし『面白いこと』になったら、帰ってきたあとに詳しく教えてちょうだいね?」
「面白いこと……?」
お母様の不穏な言葉に首を傾げつつ玄関を開けると
そこには仕立ての良い黒スーツに身を包み、
いつも以上に背筋をピンと伸ばした沢井さんが直立不動で待機していた
。私を見るなり、沢井さんは最敬礼の角度で深く頭を下げた。
「聖女様(希のこと)、そして有希様! お迎えに上がりました!
有希様を少々の間、お借りいたします!」
「大丈夫よ、沢井さん。組長さんにもよろしくね」
「ハッ! ありがたき幸せに存じます!」
沢井さんは映画のワンシーンのように車の後部座席のドアを恭しく開け
私を中に促した。そのまま車に乗り込み、高級セダンは静かに発車する。
「……で、沢井さん。いったい何の用なの? こんな急に呼び出して」
私が後部座席から尋ねると、運転席の沢井さんはバックミラー越しに
少し緊張した面持ちで答えた。
「実は……うちの頭(組長)が、姐御にどうしても『会わせたい人物』がいる
と申しておりまして。本日、その方を我が如月組の屋敷にお招きしているのです」
「会わせたい人物?」
(ふーん……。わざわざ如月組の屋敷に招くようなVIPってことは
またどこかの大物が呪いにでもかかって『Akiの奇跡の治療魔法で治してくれ』っていう
お馴染みの治療の頼み事かしらね?)
私は「また臨時ボーナス(治療費)をたっぷり毟り取って
夏休みの引きこもり資金にしてやろう」と
のんき極まりない金勘定をしながら
黒塗りの高級車に揺られて如月組の屋敷へと向かうのだった。




