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第77話:【絶望のタイムスケジュール】

「Akiちゃん、美味しいご飯をありがとう!

……あ、それと、そろそろ休憩が終わるみたいだよ」


ヒカト君に声をかけられ

私は天国のような現実逃避(新しい趣味:妄想料理ライフ)から

強制的に現実に引き戻された。

直後、食堂内にスタッフの非情な声が響き渡る。


「はーい、後半の撮影開始しまーす! 全員配置についてくださーい!」


「……え? 後半?」

私はフリフリのエプロンを脱ぎ捨てながら、隣のスタッフを振り返った。

「あの、まだ終わらないんですか? 施設を一通り回って

料理まで作ったんだから、もう十分ですよね?」


「何言ってるんですか、Akiちゃん。

今回は各競技ごとの紹介動画を『一本ずつ小分けにして』出す大型企画ですよ?

だから撮影データはまだまだ必要なんです。

……あれ、事前の資料、読んでませんでした?」


「資料……?」

私の脳裏に、数日前、橘さんから届いたものの

「文字がいっぱいあって眠くなるわね」と秒で既読スルーした

極秘DMの山がフラッシュバックした。


(読んでるわけないじゃない。

私は行き当たりばったりで生きたいタイプなのよ……!)


自業自得という名の巨大な絶望が、私の貧弱なメンタルにクリティカルヒットした。


***


そこからの撮影は、まさに私にとっての精神修行、いや、強制労働だった。


残りの競技エリアでは、私とヒカト君が実際にVRゴーグルを被ってプレイする様子を

ゲーム内の派手な戦闘映像とリンクさせて撮影。

さらに、目玉企画である『ソロバトルエリア』では

協会お墨付きのプロの現役競技覚醒者たちが登場し

目の前で次元の違う超高速バトルを実演してくれた。


「おおお! 凄い! 弾道が完全に見えなかった! これぞプロの技ですね!」

カメラの前で、ヒカト君と私はこれまでの流れ通りに大はしゃぎする。

進行はヒカト君、私は「すごーい!」「かっこいー!」と横で拍手するだけの簡単なお仕事。


……の、はずなのだが。

(長い。長すぎる。プロのバトルなんてどうでもいいから

早く私をあのフカフカのソファーに戻して……。

どうして私は、神代の狸爺の『報酬2倍』という甘い言葉に釣られて

こんな地獄の案件を簡単に受けてしまったの!? 過去の自分の判断力を呪いたいわ……っ!)


撮影の合間にちょくちょく休憩を挟んではもらえるものの

私の虚弱な体力はすでに限界を迎え、すっかりマイナスに突入していた。


壁に寄りかかって完全に魂が口から出かけていると

手持ちカメラを回したヒカト君が「突撃インタビュー!」とばかりに近づいてきた。


「Akiちゃん、どうだい後半の調子は?」

「ははは、もう疲れすぎて、今すぐにでもここの床で横になって寝てしまいたい気分ですねー!」


私はカメラに向かって、限界突破した末の『逆に輝かしい営業スマイル』を向けてやった。

カメラマンが「今のやつ、限界アイドルの本音っぽくて最高に撮れ高良いです!」と

親指を立ててくる。よくないわ。早く寝かせて。


すると、そこへ先ほど挨拶した、恰幅の良い親切そうな方のスポンサーが歩み寄ってきた。


「やあ、こんにちは。お疲れのところ、少し良いかね?」

「あ、はい。何でしょうか?」

私はスッと背筋を伸ばし、完璧なアイドルモードを再起動する。


「少し話をしてみたくてね。君は今ネットでも凄まじい話題だし

どんなお嬢さんなのか知りたくてね。今まで忙しそうに撮影していたから

邪魔をしちゃ悪いと思って話しかけられなかったんだ」


「まあ、そんな……。お気遣いいただき、本当にありがとうございます」

(なんて出来た大人なのかしら。どこぞのいけすかない細身のおっさんとは大違いね)


私が丁寧にお礼を言うと、スポンサーのおじさんは少し照れくさそうに頭を掻きながら

本題を切り出してきた。


「実はね、体験者の生の声を聴いてみたくて。

 ……この最新施設、君たちの目から見て、本当に人気が出そうかね?」


私は少し考え、隣で目を輝かせているトップインフルエンサーをチラリと見てから答えた。

「ええ、間違いなく大人気になると思いますよ。

隣にいるヒカトさんも、撮影を忘れて完全に『素』で楽しんでいらっしゃいましたし」


「そうなんですよ!」

ヒカト君がすかさずカメラに向かってナイスなフォローを入れる。

「めちゃくちゃ楽しいです! 僕、今日の撮影が終わったら

プライベートの予約を入れようかと真剣にマネージャーと相談してたくらいですから!」


「そうか! そう言ってもらえると本当にありがたい!」

スポンサーのおじさんは、ホッとしたように顔を綻ばせた。

「我が社はこの施設の建設に、社運を賭けて莫大な投資をしていてね。

若い君たちがそこまで言ってくれるなら安心だ。どうもありがとう、後半も頑張ってくれたまえ」


おじさんは満足そうに頷くと、SPを連れて去っていった。

(ふぅ……。大人の「賭け」に付き合わされるのは勘弁だけ

喜んでもらえたならリップサービスした甲斐があったわね)


***


そして、ついにその時が訪れた。


「――はいっ! これで本日の撮影、すべて終了でーす!

オールアップ、お疲れ様でしたー!!」


スタッフの歓声と同時に、私はその場にへたり込みそうになるのを必死に堪えた。

終わった。終わったのね、私の長い土曜日が……!


撤収作業が始まる中、私とヒカト君は先ほどの優しいスポンサーのおじさんへ

最後の挨拶に向かった。


「素晴らしい動画が撮れたみたいだね。二人とも、今日は本当にありがとう」

「こちらこそ、素晴らしい施設を撮影させていただき、ありがとうございました!」

ヒカト君と一緒に頭を下げる。


挨拶を終え、ふと、私は周囲を見回した。

「……そういえば、最初にもう一人いらっしゃった

あのいけすかない……ゲホン、細身のスポンサーの方はどちらへ?」


すると、おじさんは苦笑しながら首を振った。

「ああ、もう一人の彼は、撮影の途中で『退屈だ』と言って帰ってしまったよ。

随分と愛想の悪い人だったなぁ」


「そうなんですか。教えていただき、ありがとうございます」


(へぇ、途中で帰ったんだ。私をジロジロ見てきた上に

ヘマをするなとか言ってきた割には、自分の仕事は途中で放り出すわけね。

まぁ、あのネットリした視線を受けずに済んだんだから

私としては最高の神展開だけど!)


いけすかないおっさんの早期退場に内心で快哉を叫んでいると

ヒカト君が自分のスマホをいじりながら話しかけてきた。


「そういえばさ、Akiちゃん。SNS、たまには更新した方がいいよ?」

「え? なんでですか? 放置してても勝手に100万人超えてるし、もう良くないですか?」

「良くないよ!」


ヒカト君が苦笑しながら画面を見せてくる。

「僕のDMやリプ欄にさ、ファンから『Akiちゃんが全然投稿してくれないから

ヒカト君から更新するように言って!』って、ものすごい数の悲鳴が届いてるんだよね」


「うわぁ、熱烈ですね……。わかりました

じゃあ、これからは『たまに』更新するようにしますね」


私はこれ以上の飛び火を防ぐため、しぶしぶ承諾した。

「じゃあせっかくだから、今の撮影終わりの瞬間を

スタッフの皆も一緒に写るようにして一枚撮ろうよ! これを初投稿にすれば?」

「あ、それ良いですね!」


ヒカト君の提案で、私たちは片付け中のスタッフたちを背景に

やりきった笑顔(私は限界突破の顔)でパシャリと写真を撮影した。


「よし、これをアップして……と」

「あ、待ってAkiちゃん! SNSに写真をアップするときは

少し【時間をずらして】投稿した方がいいよ。

今いる場所がリアルタイムで特定されないように、自衛のためにね」


「じ、自衛……?」

ヒカト君の、あまりにもガチすぎるミリタリー級のアドバイスに、私は目を丸くした。


「そうだよ。100万人もフォロワーがいるとね

中にはストーカー紛いの過激なファンとか

居場所を突き止めようとする危険な人も出てくるからさ。

人気インフルエンサーとしての、基本の防衛術だね!」


「へぇ、ネットの世界って、色々物騒なんですねぇ……」


私はのんびりとした声を返しつつ、心の中で(私、お母さんから『隠密術』を教わっているから

いざとなったら気配を消して物理的に逃げ切れるんだけどな……)などと

全く自衛の方向性が違うことを考えていた。


何はともあれ

こうして私の長く過酷な【地獄の1日】は

臨時ボーナス(倍額)の獲得という戦果と共に、無事に幕を閉じたのである。

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