第76話:【嫌がらせのトリプルコンボメニュー】
(……待って。なんで私は今
この布面積が絶望的に狭くて露出多めのフリフリアイドル衣装を着た状態で
ガチの厨房に立って中華鍋を握ろうとしてるのかしら!?
油が跳ねたら一発で衣装が死ぬんだけど!!)
私は心の中で自分の現状に激しいツッコミを入れつつ
とりあえず大量の米を前にチャーハン作りのギヤを入れようとした。
その瞬間、カメラの向こうのスタッフ陣から、さらなる非情な追撃(注文)が飛んできた。
「あ、Akiちゃん! せっかくだからチャーハンだけじゃなくて
あと2~3品くらい作ってもらえたりしない!?」
「そうそう! 視聴者もその方が絶対喜ぶから!」
「はぁ!?」
私は思わず包丁を握ったまま振り返り、スタッフを睨みつけた。
正気か。ただでさえ拉致同然でここに連れてこられて
午前中のVR体験だけで私のライフはとっくにゼロよ?
すると、隣にいたヒカト君がこれみよがしに手を合わせ
キラキラしたプロの営業スマイルを向けてきた。
「おねがいAkiちゃん! 動画の撮れ高(的にもめちゃくちゃ助かるから
なんとかお願いできないかな!?」
(うわぁ、顔が良い男の必死の懇願……!
完全に外堀を埋められた上でこれよ。
ここで断ったら私が『ノリの悪い冷たい女』として
ネットで炎上しかねないじゃない……っ!)
「……はいはい、わかりましたよ。作ればいいんでしょ、作れば。
……その代わり、この衣装の袖、すっごくヒラヒラして包丁に巻き込まれそうだし
めちゃくちゃ料理しづらいですからね!?
そこんところ、動画を観るファンの皆さんもよーく分かっておいてくださいね!?」
私はカメラに向かってビシッと指を突き出し、せめてもの釘を刺した。
さて、メニューはどうしてくれようか。一気に数品作るとなると
完全に私の体力が消し飛ぶ。
(……よし。もうチャーハンに合う合わないなんか知ったこっちゃないわ。
私の大切な休日を奪い、労働を強いる大人たちへのせめてもの嫌がらせよ!)
私が脳内で決定したメニューはこれだ。
主食:パラパラ黄金チャーハン。
おかず:味が染み染みの家庭的肉じゃが。
サラダ:ちぎったレタスと塩昆布の和風サラダ。
中華と和風の完全なる不調和!
炭水化物×炭水化物の悪魔的カロリーコンボ! ざまぁ見なさい!
メニューが決まれば、あとは作業だ。
私が無心でジャガイモの皮を剥き始めると
ヒカト君がマイクを向けながら話しかけてきた。
「へえ、肉じゃがですか!
Akiちゃんって普段からこういう家庭的な料理も作るんですか?」
「作らされてる、の間違いですね。
我が家では定期的に、お母さんによる『地獄の料理ブートキャンプ』が
開催されるので、作れないと生存権を脅かされるんです」
「あはは、お母さん厳しいんだね!
じゃあ、そのチャーハンの手際はお母さん譲り?」
「いえ、これは……昔、ちょっと遠いところでよく作ってたら
周りの人(部下たち)に大好評で、息をするように作れるようになっただけです」
「遠いところってどこ!? まあ留学か何かかな?
それにしても、包丁の音がトントントンって、すごくリズミカルで職人みたいだなぁ」
ヒカト君が適当に解釈してトークを回してくれる中、私は黙々と調理を進めた。
スタッフ陣からは、私がニンジンを乱切りにするたびに「おお~っ!」
醤油を回し入れるたびに「素晴らしい!」と謎の歓声が上がるが
今の私には彼らを冷たい目で一瞥する心の余裕すら残されていない。
(……あ、でも。心なしか、包丁を握る手や
重い中華鍋を持ち上げる瞬間が、前よりずっと楽に感じるわ……!)
ふと、自分の身体の異変に気づく。
そういえば、私のステータス(筋力)は
あの地獄の特訓を経て『3』から『6』の2倍へと爆発的進化(※ただし一般人以下)を遂げていたのだ。
なるほど、筋力6の世界は素晴らしい。重い鍋がまるで紙のように……とはいかないけれど
普通に片手で持てるレベルにはなっている!
(筋力が上がって包丁が軽い! 感動だわ!
――あ、でも、やっぱり体力がゴミだから
ちょっと鍋を振っただけで心臓がバクバク言うわね。はい、一回休憩)
私は3分に一度、厨房の壁に寄りかかって「すぅ、はぁ……」と深呼吸を挟むという
前代未聞の省エネクッキングを敢行した。
カメラマンも「あ、ここ、 Akiちゃんの可愛い休憩シーンとして
カットせずに使おう」と謎のやる気を見せている。やめて、ただの酸欠だから。
数十分後――。
「……はぁ、はぁ、ぜえ……できたわよ……っ!」
私が息を切りながら、テーブルの上に3品の料理を並べると
食堂内に本日二度目の割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こった。
「うおおお! 美味そうすぎる!!」
「Akiちゃんの手作り肉じゃがだァァァッ!」
「……ちょっと、たったこれだけの家庭料理に
大の大人が国を救った英雄を迎えるみたいに大騒ぎするんじゃないわよ
。息が切れて喋るのもしんどいんだから……」
私がハンカチで額の汗を拭っていると、ヒカト君がしみじみとした顔で言った。
「いやいや、Akiちゃん。ただの料理じゃないんだよ。
『今をときめく超人気インフルエンサーのAkiちゃんが
目の前で、汗をかきながら作ってくれた料理』っていうのが
何よりも最高のスパイスであり、大ニュースなんだから!」
「そんなもんかしら……(完全に顔の良さと肩書きだけで評価されてる気がするわ)」
私がぶつぶつ文句を言いながら盛り付けをしている間
スタッフもお偉いさんも、誰一人として手伝おうとせず
ただよだれを垂らして待っていた。
「これくらい盛り付けくらい手伝ってくれればいいのに……」と愚痴をこぼしつつ
ようやく全員が席につき、実食の時間がやってきた。
「「「「いただきまーす!!」」」」
一斉にスプーンや箸が動く。
次の瞬間、食堂内は静まり返り――。
「う、ううっ……美味い、美味すぎる……っ!
なんだこれ、実家のお母さんの料理より五臓六腑に染み渡るぞ……っ!」
「このチャーハンのパラパラ感と、肉じゃがの甘辛いタレのコンボ、悪魔的だわ……!
ダイエット中なのに箸が止まらない……っ!」
中には、感動のあまりボロリと涙を流しながら肉じゃがを
口に運んでいるアラフォーのカメラマンまでいる。
いや、だからチャーハンと肉じゃがの組み合わせは
私のせめてもの嫌がらせメニューなんだけど。
なんでそんなに綺麗に調和して感動してんのよ。私の嫌がらせを返して。
「ふぅ……」
私は彼らの狂乱を完全に無視し、自分用に小皿に分けた和風サラダをシャキシャキと食べた。
(……それにしても、料理でここまで限界まで体力を使い果たして苦労したのは
前世を含めても久しぶりだわ。……でも、こうして作っている間だけは
神代の狸爺のことも、生徒会の面倒な依頼のことも、全部忘れられた気がする……)
――たまには、何も考えずに、ただ無心で包丁を動かすだけの『料理』を
新しい趣味にしてみるのも悪くないかもしれないわね。
私は、自分が置かれている「午後からもまだまだ撮影が続く」という
過酷な現実から目を背けるように
サラダを噛み締めながら全力で現実逃避(新しい趣味の開拓)を始めるのだった。




