第75話:【最弱の体験レポート】
「さあ始まりました!
本日は新設された『学生競技大会専用施設』にやってきております!
隣にいるのは、今ネットを大騒がせしている超人気インフルエンサーのAkiちゃんです!」
「はーい、よろしくお願いしまーす(棒読み)」
撮影がスタートした瞬間、ヒカト君はプロの顔になり、凄まじいテンションで喋り始めた。
一方の私は、完全に省エネモード。アイドルのフリフリ衣装を着せられた状態で
カメラの枠外を睨みつけながら適当に相槌を打つだけのマシーンと化していた。
主な進行はすべてヒカト君がやってくれるので
私はただ横でニコニコ(営業スマイル)していればいい。
実に対価に見合った素晴らしい不労所得案件である。
……と思っていた時期が、私にもありました。
「今回のコンセプトは、この最新施設の各エリアを
僕とAkiちゃんで実際に体験してみようという企画です!
それじゃあ早速、第一エリアの『模擬戦闘シミュレーション室』に行ってみましょう!」
(……え? 体験? 聞いてないんだけど。
私、パイプ椅子に座って『わあ、すごい施設ですねー』って
言うだけの係じゃないの?)
私のささやかな絶望を置き去りにして、撮影はサクサク進んでいく。
この施設は、VR技術を駆使して安全に覚醒者同士の
模擬戦やトレーニングができる最新設備が売りらしい。
というわけで、私とヒカト君も専用のゴーグルを装着され
それぞれの種目を体験させられる羽目になった。
「うおおお! ナニコレ凄い! 剣を振ったら本当に衝撃波が出た!
画面の向こうだけど、めちゃくちゃリアルですよこれ!」
一般人であるヒカト君は、大興奮で次々と競技用プログラムを体験していく。
さすがトップ配信者、リアクションが天才的だ。
一方の私はというと。
(はぁ、はぁ、しんどい……。
いくら魔力を限界まで使ってお母様の地獄の特訓(拷問)を耐え抜いて
、ステータスが『3』から『6』の2倍に跳ね上がったとはいえ……
リアルの私の肉体は
相変わらずちょっと動いただけで息が切れる虚弱体質なノンアタッカーなのよ……っ!)
VR空間の中でさえ息も絶え絶えになりながら、私はカメラに向かって必死に笑顔を作った。
「ヒカトさん、筋がめちゃくちゃ良いですねー。
さすがですー(早く休憩にしましょう)」
「いやあ、これは本当に素晴らしいですね!」
ゴーグルを外したヒカト君が、興奮冷めやらぬ様子でカメラに語りかける。
「一般人の僕でも、完全に覚醒者になった気分を味わえましたよ!
覚醒者の人たちって、普段からあんなに凄い感覚の中で生きてるんですね!」
「まあ、大部分の感覚はそうですね。……ただ、良いことばかりじゃないですよ?」
私がふと、現実の覚醒者のリアルな愚痴を漏らすと
ヒカト君が興味深そうに身を乗り出してきた。
「お、というと? Akiちゃん、何か覚醒者ならではの苦労があるんですか?」
「ええ。出力の加減をほんの少しでも間違えると
周囲の物を簡単に壊しちゃったり、最悪の場合は人を怪我させたりしちゃうんです。
だから、強くなればなるほど
加減が難しくなって一般の人と関われなくなっていくんですよ」
「あー……! 確かに、普段のノリでうっかり背中をポーンと叩かれただけで
僕たち一般人は病院送りの大怪我ですからね……。
なるほど、強者の孤独ってやつですか。深いなあ」
ヒカト君が妙に納得して、覚醒者の苦労話を交えながら
上手いこと動画のトークを進行させていく。
私はただ、お母さんから「うっかりドアノブを握り潰さないように」と
注意されていた日常の些細な出来事を思い浮かべていただけなのだが
何だかすごく高尚な話っぽく編集されそうで一安心だ。
「はーい、一旦撮影を止めまーす! お疲れ様でした! これから一時間、昼休憩に入ります!」
スタッフの声が響き渡った瞬間、私は「生き返った……」と心の中で歓喜の舞を踊った。
***
案内されたのは、施設内にある関係者用の食堂だった。
覚醒者協会が予算を湯水の如く注ぎ込んで作った施設なだけあって
床はピカピカ、大きな窓からは絶景が見える。
「うわあ、すごいな……! めちゃくちゃ豪勢な食堂ですね!」
一般人のヒカト君にとっては、まるで高級ホテルのビュッフェ会場に見えるらしく
素直な歓声を上げていた。
「いつもこういうところで食事されてるんですか?」
「いえ、出発前に時間と心に余裕があれば
ですけどね。基本はコンビニのゼリー飲料とかです」
「いいなあ……あ、いや、でも覚醒者の方々は常に命がけですもんね。
このくらいの福利厚生は当たり前か」
ヒカト君は勝手に納得して自己完結してくれた。ありがたい。
早く用意されたお弁当を食べて、残りの休憩時間を睡眠に費やそう
そう思っていた私の耳に、ヒカト君の突拍子もない言葉が飛び込んできた。
「あーあ。こんな立派な厨房があるならさ……またAkiちゃんの作った料理、食べたいなあ」
ピキッ、と私の身体が硬直する。
この男、また私を労働に巻き込もうとしているわね?
「……何言ってるんですか、ヒカトさん。ここは協会の管理施設ですよ?
さすがに部外者の私が、無断でここの厨房を使うのはまずいんじゃないですか?」
よし、完璧な正論。これで回避――
「あ、Aki様! 厨房の使用なら
上層部から事前に完全な許可をいただいておりますので問題ありませんよ!
ちなみに、最高級の食材も一通り揃っております!」
後ろから、同行していた協会職員の男が
満面の笑みでシャシャリ出てきやがった。
「…………は?」
私は思わず、素の声を漏らして職員を睨みつけた。
「なんで関係者でもない私のために、食材まで完璧に揃ってるわけ?」
「あ、いや……それは、ヒカト様から『事前に色々手筈を整えておくように』と
きつく仰せつかっておりましたので……」
「…………」
私は首をギギギと回し、隣で口笛を吹いているイケメン配信者をジト目で射抜いた。
「……ヒカトさん? ずいぶんと用意が良いのね?」
「あはははっ! いやあ、ごめんごめん!」
ヒカト君は頭を掻きながら、カメラに向かって悪びれもせず笑った。
「ほら、前回のコラボ動画でAkiちゃんが作った料理
めちゃくちゃ反響があったでしょ? スタッフの皆もさ
『一度でいいからAkiちゃんの料理を食べてみたい』ってずっと言ってたんだよね!
だからさ、ほら!」
「「「「お、お願いします、Akiちゃん……!!」」」」
周囲にいたメイクさんやカメラマン
さらには協会の職員までもが、飢えた狼のような目で私を見つめ
一斉に頭を下げてきた。
……断れるわけがない。ここで断ったら、午後の撮影の空気が地獄になる。
この男、私の性格(面倒くさいから現場の空気を壊したくない)を見抜いた上で
完璧に外堀を埋めやがったわね……!
「……はぁ。わかりましたよ、作ればいいんでしょ、作れば」
「やったぁぁぁぁぁッ!!」
食堂内に、ワールドカップでゴールが決まった瞬間のような大歓声が巻き起こる。
私は諦めてフリフリのエプロンを身につけ、厨房へと向かった。
まあ、適当にチャーハンか何かを大量に作って終わらせよう。そう思って包丁を握った瞬間。
「よし、カメラ回して! Akiちゃんの調理シーン
バチバチに抜いていこう! はい、本番スタート!」
「……って、なんで料理動画の撮影が始まってんのよ!?」
私の悲痛なツッコミは、小気味良い包丁の音にかき消された。
施設紹介の仕事をしにきたはずなのに
なぜかガチの「料理配信(フリフリ衣装バージョン)」が幕を開けてしまうのだった。




