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第74話:【アイドル衣装と隠密術】】

「今回の案件、報酬はいつもの『倍』でいいな?」

「気前がいいですけど、どんなヤバい裏条件があるんです?」


覚醒者協会の応接室。狸爺こと神代勲会長の太っ腹すぎる提案に対し

私は一切の警戒を解かずにジト目で尋ねた。


「今回は、この新施設のデカいスポンサー様たちが直々に見学に来る。

だから、隣でニコニコして愛想を振りまいて、よろしく頼むってだけだ」

「……なるほど。

だから『インフルエンサーAkiが子供たちを無償で治療!』みたいな記事を仕込んで

私の好感度と知名度を爆上げしておいたんですね?」

「まあ、そういうことだ」


勲会長は悪びれもせず、葉巻の煙を吐き出す真似をした。

「スポンサー共に『インフルエンサーのヒカトを呼ぶギャラが半額になるから

代わりにこいつをセットで入れました』なんて

口が裂けても言えんだろう? お前を動かす金も馬鹿にならんしな。

その分、協会の維持費が減って助かってるから文句はないがな」


「維持費? ああ、あの病院の子供たちの治療費とかですか?」

「そうだ。お前が一瞬で治してくれたおかげで

莫大な医療費と人件費の負担が完全になくなって

こちらとしても万々歳なのだ。……これからも頼むぞ?」


「……私の『平穏なスローライフ(安寧)』は?」

「ないな。諦めろ」

「ですよねー」


私は秒で即答した狸爺に適当な相槌を打ち、重い足取りで家路についた。


***


翌日の朝。

家の前には、当然のように橘さんが運転する黒塗りの送迎車が待機していた。


「有希、ずいぶんと慌ただしいわねぇ。

週末くらいゆっくり寝ていればいいのに」

玄関先で見送ってくれる母・希が、のんびりとした声で言った。


「なんか、どんどん忙しくなるのよね……。

 私、ただの底辺ステータスの女子高生のはずなのに」

「ふふっ。規格外の能力がバレると、大体そんなものよ。

お母さんも昔は色々引っ張りだこで面倒だったわ。

――だから、有希の居場所が探知されないように、

小さい頃から『隠密術』を仕込んでおいたのよ」


「……そうなの? それ、初耳なんだけど」

「あら? 言ってなかったかしら? お母さんうっかりしてたわ〜」


てへぺろ、と笑う母。

(なるほど……お母様、私が将来こうやって権力者に目をつけられることを

最初から見抜いて対策してくれてたのね。さすが最強の母……)

私は母の先見の明に深く納得しつつ、「行ってきます」と手を振って車に乗り込んだ。


***


新しく建設された『学生競技大会専用施設』。

ドーム型の巨大なスタジアムに到着した瞬間

私は待ち構えていたプロのメイクスタッフたちに速攻で連行された。


「さあ! 急いで仕上げるわよ! あなた素材は完璧なんだから、一瞬で化けさせるわ!」

「えっ、ちょ、ちょっと待っ――」


私の意見など一切聞く耳を持たず、プロの集団は凄まじい手際で私の顔を作り上げ

用意されていた衣装を強制的に着せつけてきた。


「……あの、これ、テレビで歌って踊るアイドルみたいなフリフリの衣装なんですけど。

施設紹介の動画に、こんなの必要あります?」

鏡に映る自分の姿を見て、私は引きつった笑顔で抗議した。


「必要大ありよ! 今日来るお偉いさん(スポンサー)たちは

こういうのがだぁ〜い好きなの! 仕方ないのよ、大人の事情ってやつ!」

スタッフのお姉さんに力強く言いくるめられ、私は諦めてため息をついた。


着替えが終わると、すぐに視察に来ているというスポンサーたちの元へ挨拶に向かわされた。


「おお! 君が今話題のインフルエンサー、『Yukiちゃん』だね!

噂通り可愛らしいねぇ、今日の動画、期待しているよ!」

恰幅の良いおじさんが、満面の笑みで握手を求めてきた。


(……Akiなんですけど。まあいいや、訂正するのも面倒だし)

「ありがとうございます。精一杯頑張りますね!」

私は母直伝の『完璧な営業スマイル』を張り付けて対応した。


「ふん。まあ、うちの会社の評判を下げるようなヘマだけはしないように」

もう一人の細身のスポンサーが、いけすかない態度で鼻を鳴らした。

しかも、その目は私のフリフリの衣装から太ももにかけて

舐め回すようにジロジロと見てきている。


(うわぁ、気持ち悪っ……。こういうネットリした視線は

この体になってからずっと味わってるから耐性はあるけど……

本人の目の前で堂々とやる神経にはイラッとくるわね)


私は内心で盛大に中指を立てつつも

表面上は一ミリも崩れない笑顔で「承知いたしました」と頭を下げてその場をやり過ごした。


***


挨拶回りを終え、指定された控室のパイプ椅子で「はぁ〜」と深く息を吐いて一息ついていると。


「やあ、久しぶりだね有希ちゃん!」

爽やかなイケメンボイスと共に現れたのは

超人気配信者の『ヒカト君』だった。


「お久しぶりです、ヒカトさん」

私が挨拶を返すと、彼の後ろから

大きな手持ちカメラを回しているスタッフの男性がひょっこりと顔を出した。


「そちらの方は?」

「ああ、彼はうちの専属スタッフでね。

今回は特別に許可をもらって、僕たちの動画撮影の『裏側』を

密着撮影させてもらっているんだ。

その代わり、協会からのギャラは半分でいいっていう条件でね」


「なるほど。そういう大人の事情でしたか」

私はクスッと笑い、少し意地悪なトーンでからかってみた。

「私に会いたいがために、ご自身のギャラを半分にしたのかと思ってましたよ」


「あははっ! さすが有希ちゃん、鋭いね」

ヒカト君は爽やかに笑い飛ばし、カメラに向かってウインクをした。

「まあ、それは『半分』くらいしか当たってないよ。

有希ちゃんと共演できるなら安いもんだしね!

――というわけで、今日はこのカメラで撮影させてもらって

後日『撮影の裏側動画』として僕のチャンネルで出す予定だから、よろしくね!」


「分かりました、よろしくお願いします」

カメラに向かってアイドルスマイルで手を振り、私たちは和やかに雑談を交わした。


「有希ちゃーん! ヒカトさーん! 撮影始まりますよー!」

スタッフの大きな声が響き渡る。


「さて、行こうか」

「はい……(胃薬飲みたい)」


キラキラとした笑顔を浮かべるヒカト君の隣で

私は重い足を引きずりながら立ち上がった。

こうして、愛想笑いと体力消費が絶え間なく続く

私にとって長くて長くて過酷な【地獄の1日】の幕が上がったのである。

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