第73話:【聖女(?)降臨】
神代の狸爺(勲会長)に拉致されて子供たちを大量浄化(吐血付き)したあの日から数日。
私は今日も今日とて、学校の自分の席で骨抜きになった
スライムのごとくドロドロに溶けていた。
「……ねえ有希。あなた、今度は一体何をやらかしたの?」
「さすが有希ちゃん!
無垢な子供たちのために無償でその尊い御力を振るうなんて……。
もはやこの世の聖女、いえ、人類を救済する女神そのものですッ!」
呆れ顔の香澄ちゃんと、いつも通り『有希フィルター』全開で瞳を輝かせる花梨ちゃんが机を囲んできた。
「……なんのこと? 私、ずっとお家でお母さんの特訓(拷問)を受けて
三途の川の渡し舟で船頭さんと世間話してただけだよ……」
「とぼけなさんな、これよ。今、ネットでバズりまくってるわよ」
香澄ちゃんが突き出してきたスマホの画面には
どこかのニュースサイトのまとめ記事がデカデカと載っていた。
『【速報】謎の美少女インフルエンサーAki
覚醒者協会会長と共に病院で慈善活動か!?
原因不明の奇病に苦しむ子供たちを奇跡の力で一斉治療!』
(……あの時、隠し撮りされてたのか)
私は、あの現場にいた誰かが盗撮していた事実に思い至ったが
特訓の疲れですべてがどうでもよくなっていた。
「……んー、別に。会長に頼まれて、ついでにちょっとお節介しただけだよ……」
「なんて羨ま……げふん! さすが有希ちゃんです!
私もその慈愛に満ちた治療を受けて、有希ちゃんの魔力という名の聖水でドロドロに……
いえ、子供たちのようにピュアな心を取り戻したかったッ!!」
花梨ちゃんが欲望と称賛を混同させた危ない発言を連発しているが、私は安定のスルーを決め込む。
「それで、それがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃないわよ。あなたのSNS、見てみなさいな」
言われるがままに、作ったはいいがほぼ放置していた自分のSNSアカウントを開いてみる。
「…………へ?」
目を疑った。フォロワー数が爆発的に増え
なんと【100万人】を突破している。
「なんで……? 私、自撮りも何もアップしてないのに……」
「アイコンの写真(※以前、理沙会長に撮らされた奇跡の1枚)を見て
ガチ恋勢と聖女崇拝勢が雪崩れ込んできたんです! まさに時代の寵児ですね有希ちゃん!」
始業のベルが鳴り、花梨ちゃんの熱狂的な解説は中断されたが
私の心は「またスローライフが遠ざかった……」という絶望で埋め尽くされていた。
***
放課後。私は重い足取りで生徒会室へと向かった。
ノックをして中に入ると、理沙会長と副会長の葵先輩が、弾かれたように顔を上げた。
「「有希!! 例の件はどうなったの!?」」
いきなりの食い気味な質問。
「……ああ、ヒーラーの件ですね。A級の回復者(千晶ちゃん)を確保してきました。
ただ、覚醒したてで実戦経験がゼロなので、練習がてらでいいなら、とのことです」
「本当に!? A級なんて、どこで見つけてきたのよ……!」
「それと、千晶ちゃんから『一人で不安なのでサポートの人が隣にいてほしい』って要望がありまして。
私が彼女の隣でサポート役として入ることで納得してもらいました」
(よし、これで千晶ちゃんを盾にして
私は隣で適当に相槌を打つだけでサボれるわ! ありがとう千晶ちゃん!)
「有希が隣についてくれるなら、これ以上ないほど安心だわ! 皆、異論はないわね!?」
「「「異議なしです!!」」」
理沙会長の鶴の一声で、私の「サボり枠」が公式に決定した。
「よし。これで一番の問題は解決ね。
……それで、次は……あ、有希、こちらへ来て」
「なんですか?」
私が近寄ると、理沙会長は迷うことなく私の体を抱きかかえ
そのまま自分自身の【膝の上】に私を乗せた。
「……いったい何をしてるんですか、会長」
「あなたを抱きしめながら会議をしたいの。ダメかしら?」
「……はぁ。その代わり、私は何もしませんよ?」
「いいわよ、代わりに私が全部してあげるから」
理沙会長は、私という名の『高級人間ドール』を
膝に乗せてご満悦の表情で会議を続行した。
周りの役員たちは「また始まったよ……」という顔でため息をついているが
私は私で、会長が意外と柔らかくて座り心地が良いことに気づき
そのまま置物と化して1時間を過ごした。
***
会議が終わり、解放された私は帰宅路についた。
門をくぐると、我が家の前になぜか見覚えのある黒塗りの高級車が止まっていた。
……嫌な予感しかしない。
私が車を避けて帰ろうとすると、運転席から橘さんが音もなく降りてきた。
「有希様、お待ちしておりました」
「待ってません。さようなら」
踵を返そうとした私の背中に、橘さんの「有無を言わせぬ圧力」が突き刺さる。
「……会長がお呼びです。今すぐ、車へ」
「……はい」
圧力に屈した私は、しぶしぶ車に乗り込んだ。
「で? 何よ。もう用事はないはずでしょ」
「また頼み事ができまして。……勲会長から直接伺ってください」
***
協会の応接室。勲会長は、相変わらず狸のような笑みを浮かべていた。
「有希、また動画の案件を受けてくれ。
今度は新しく完成した『学生競技大会専用施設』の紹介動画だ」
「……嫌です。特訓(昼寝)で忙しいんです」
「そう言うな。『ヒカト君』と一緒に施設を回り
紹介してもらうだけの簡単な仕事だぞ」
「ヒカトさんの指名ですか?」
「そうだ。彼から有希ちゃんがくるなら半額でいいといってきてな
……明日、週末の土曜日に行う」
「もっと早く言ってよ! 休みの日くらい寝かせて!」
「ワシらも忙しくてな。この記事の件の対応でん……」
勲会長が口を滑らせた瞬間、私はジト目でカマをかけてみた。
「……おじいちゃん。フォロワーが100万人超えたから、
この人気を利用して施設と競技の宣伝をしようって魂胆でしょ?」
「…………ッ。……フォッフォッフォ
よく分かったな。さすがは希君の娘だな」
「やっぱり。……考えたらわかるわよ。これ以上
変に人気が爆発して目立つのは困るんだけど……」
「まあ、これも協会の仕事の一環だ。
ヒカト君に任せておけば、お前は横で微笑んでいるだけでいい。頼んだぞ」
私は深いため息をつき
勲会長に「報酬の更なる上乗せ」を徹底的に問い詰めるのだった。
私の平穏な土曜日が、またしても大人の事情で消え去ろうとしていた。




