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第72話:【強制弟子入りイベント】

「なるほど、見事な才能だ。……さて、佐々木千晶くん。ここからが本題だ」


病室の空気が一瞬にして引き締まる。

狸爺こと神代勲会長の目が、完全に獲物を狙う狩人のそれに変わっていた。


「単刀直入に言おう。我が覚醒者協会と契約を結んでくれないかね?

君のような優秀な回復者ヒーラーを、野放しにしておくわけにはいかんからな。

……今なら特別キャンペーンとして

君の兄と一緒に『橘の特別指導プログラム』もセットでついてくるぞ」


(それ、特典って言うかただの『拷問』じゃないかしら……?)

私は心の中で冷たいツッコミを入れた。

先ほど橘さんが「心が折れる寸前までシゴく」と宣言していたのを、私は忘れていない。


だが、勲会長は私の心の声など華麗にスルーして、重々しいトーンで続けた。

「回復者というのは、その希少性ゆえにトラブルに巻き込まれやすい。

もし君が厄介ごとに巻き込まれれば

君の『周りの人間』にも多大な迷惑が掛かることになる。

だからこそ、君自身も兄と一緒に訓練を受けて強くなり

自分の身を守れるようにならんといかんのだ」


「周りの人間……」

千晶ちゃんはハッとして、チラリと私を見た。

「それって、お姉さまにも……被害が及ぶということですか?」


「そうだな」

勲会長は口角をニヤリと吊り上げ、悪魔の囁きを落とした。

「君が弱いままでいれば、君の大好きな『姉』が

君を庇って傷つくことになるかもしれんな」


「っ……!! 分かりました!! 私、お受けします!!

お姉さまを守るためなら、どんな地獄の訓練でも耐えてみせます!!」

千晶ちゃんは両手を強く握り締め、目を血走らせながら即答した。


(チョロい!! そしてまんまと私のせいにされた!?)

この狸爺、千晶ちゃんの行動原理が完全に『私(有希)』に向いていることを

一瞬で見抜き、交渉材料に使いやがった。えげつない。


「そうか、受けてくれるか! それは重畳!」

ホクホク顔の勲会長が、後ろに控える橘さんに顎でしゃくった。

「橘。そういうわけだ、この子も兄と一緒に鍛えてやってくれ」

「承知いたしました。……千晶さん、橘です。明日から『みっちり』よろしくお願いしますね」

「はいっ! よろしくお願いします!」


眼鏡の奥をキラリと光らせる橘さんと、無邪気に頷く千晶ちゃん。

ああ、可哀想に。お兄ちゃんもろとも地獄を見るのね。南無。


私が完全に他人事として手を合わせていると、勲会長が唐突にこちらを指差した。


「よし。有希、お前は『自分の弟子』に回復魔法のイロハをきっちり教えておくように!」

「え? あ、分かったわ……」


ぼーっと油断していた私は、無意識のうちに反射で適当な返事をしてしまった。


「――っ!? で、ででで、弟子ぃ!?」

千晶ちゃんがバタンッ! とベッドから転げ落ちそうになりながら

顔を真っ赤にして叫んだ。

「わ、私がお姉さまの弟子!? 直弟子ですか!?

やったぁぁぁぁッ! わたし、一生ついていきます!!」


「あ、いや、違うのよ千晶ちゃん。今のは言葉の綾というか、その……」

「お姉さまの弟子……ふへへ……一番弟子……」


ダメだ。完全に自分の世界に入ってしまっている。

私は訂正するタイミングを完全に逃し

また一つ、面倒な肩書きを背負い込む羽目になってしまった。


「さて、次行くぞ」

勲会長がくるりと踵を返す。


「え? 次? まだあるの? ここで千晶ちゃんの様子を見て

 のほほんとして終わりじゃないの?」

「バカ言え。ここはただの挨拶だ。お前の『本番』はこれからだ」


「……あ、私、学校に忘れ物したんだった。じゃあそういうことで――」

私が全力で逃走を図ろうとドアノブに手をかけた瞬間

背後から橘さんがスッと現れ、私の襟首をガシッと掴んだ。

「逃がしませんよ、高橋様」

「ギブ! ギブギブ! 首締まってるから!!」


私はそのまま子猫のようにつまみ上げられ、次の現場へと強制連行された。


***


連れてこられたのは、同じ病院の地下にある、厳重に隔離された大部屋だった。

中に入った瞬間、むせ返るような濃密な『魔素の淀み』を感じ

私は思わず顔をしかめた。


ベッドに横たわっているのは、十数人の子供たち。

全員が、魔素の過剰浸食による原因不明の奇病に苦しんでいた。

中には、呼吸器をつけて意識がない重度の子供もいる。


「……有希。この子たちも、千晶くんと同じなのだ」

勲会長が、珍しく苦渋に満ちた声で言った。

「現代の医学も、並の回復者も通用しない。だから……頼む」


「…………」

私は静かにため息をついた。

こんなの、見せられたらやるしかないじゃないか。私だって鬼ではないのだ。


「……分かったわよもう。やればいいんでしょ。

 ――橘さん、あとよろしくね」

「あと、とは?」

「私が倒れた後の回収よ」


私はそう言い残し、子供たちの中央に立つと――体内の魔力を一気に解放した。

ドクンッ!! と心臓が跳ね、莫大な魔力が不可視の波動となって部屋中を駆け巡る。


(一人ずつ診察するのなんて面倒くさい……。

 全員まとめて一気にスキャンするわよ!)


私の『魔力眼』と感知能力が限界突破し

十数人分の『病巣のデータ』が脳内に直接流れ込んでくる。

――ズガァァァァンッ!!


「ごふっ……!?」

脳髄を直接ハンマーで殴られたような情報過多の負荷に

私は思わず口から一筋の血を吐き出した。


「ゆ、有希!? 大丈夫か!?」

「問題……ないわ。原因は、全部特定した……っ!」


私は鉄の意志で吐き気を堪え、両手を前に突き出した。

全員の体に巣食う黒いモヤ(魔素の浸食)のコア。

そこに、回復魔法と『浄化』のスキルを融合させた超高密度の魔力を叩き込む。


「――『サンクチュアリ・ヒール(聖域の癒し)』!!」


カァァァァァァァァッ!!

部屋全体が、目も眩むような神々しい光に包まれた。

光の粒子が子供たちの体に吸い込まれていき

黒いモヤをシューッと音を立てて消滅させていく。


(さすがに、これはしんどい……っ! 私の虚弱な体力が、マッハで削られていく……!)


私は愚痴をこぼしつつも、一切の妥協なく、子供たちの隅々の細胞まで入念に治癒を行き渡らせた。

そして、最後の一人の顔色が健康的な桜色に戻ったのを確認した瞬間。


「……ミッション、コンプリート……」

プツン、と糸が切れたように視界が暗転し、私はそのまま意識を手放した。


***


「……んぅ……」


目が覚めると、私はどこかのふかふかのソファーで横になっていた。

身を起こすと、先ほどの隔離病室にいたはずの子供たち

まるで嘘のように元気にホールを走り回っている光景が目に飛び込んできた。


「お目覚めですか」

横から橘さんが温かい紅茶を差し出してくれた。


「……あれから、どのくらい経った?」

「数時間ですね」


(え、数時間? いつもなら丸一日は寝込むレベルの魔力消費だったのに。

……やっぱり、ステータスが『6』に上がっているおかげかしら?)

とはいえ、鉛のように重い体のだるさは抜けていないため

私はソファーに座ったまま紅茶をすすった。


「あ! おねえちゃん、起きた!!」


タタタッ、と一人の男の子が駆け寄ってきた。先ほどまで重症で呼吸器をつけていた子だ。

「おねえちゃん、ぼくたちを治してくれて、本当にありがとう!!」

男の子がペコリと深く頭を下げる。


「ふふ、いいのよ。これが私の『役割』だから」

私は疲れを隠し、完璧な営業スマイルでウインクをして返した。

適当にカッコいいことを言っておけば子供は喜ぶのだ。


「ぼ、ぼくっ……大人になったら、おねえちゃんみたいな人と結婚するッ!」

男児は顔をリンゴのように真っ赤にして叫ぶと、脱兎のごとく走り去っていった。

(……なんか変なフラグを立ててしまった気がするけど、まあいっか)


「フォッフォッフォ、助かったぞ有希。

しかし、まさか全員一気にやるとは思わんかったがな」

勲会長が笑いながら近づいてきた。


「面倒くさかったのよ。ちまちま治すために何度もここに通うのも

 しんどいからね」

「やれやれ、そのたびに血を吐いて倒れられては敵わんな。

まあいい、今回の報酬は桁を一つ増やして振り込んでおこう」

「わぁい、臨時ボーナス」


私たちはそんな、たわいもない冗談を交わしながら、平和な空気を楽しんでいた。


――しかし。

その温かな光景から少し離れた病棟の物陰で。


『……カシャッ。……カシャッ』


無機質なシャッター音を響かせながら、

一人の男がスマートフォンで『高橋有希』の姿を執拗に盗撮し続けていることに

この時の私は誰も気づいていなかった。

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