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第71話:【驚異のステータス2倍(※ただし最弱)】

おっかしいわね。

私は今、爽やかな朝の光を浴びながら

学校の教室で退屈な授業を受けているはずだったのだけれど。


「――お前、自分がなぜここにいるか分かっているな?」

「分かりません。というか

さっさと学校に行かないと遅刻どころか欠席扱いになるんですけど」


目の前で高級そうなソファーに深く腰掛け

鋭い眼光を飛ばしてくる覚醒者協会会長

神代勲を前に、私は真顔ですっとぼけた。

そう、ここはなぜか覚醒者協会の最高級応接室である。


「やれやれ、相変わらず食えない小娘だ……」

勲会長は盛大にため息をつくと、手元の資料をトントンと叩いた。

「先日、ワシのところに届いたメッセージを覚えているな?

橘宛てに送られた、極秘の垂れ込みメールだ」

「メッセージ? ああ……『我が国に最高に可愛いA級回復者の女の子が誕生しました。

大切に保護してください』ってやつですね」


そう、病院を後にした直後、

私はスマホから橘さんにサクッと匿名のつもりでメールを送っておいたのだ

。面倒ごとは全部協会に丸投げするに限る。


「回復者というのは、それだけで国家戦略級の希少存在だ。

もし、覚醒者協会ではなく『精霊協会』の連中に先を越されて保護でもされてみろ。

何をされるか分かったもんじゃない」

「……精霊協会って、そんなに極悪非道なブラック組織なんですか?」


私が素朴な疑問をぶつけると、勲会長はフッと鼻で笑った。

「考えてもみろ。あいつらは自分たちの既得権益と地位を守るために

新しく現れた覚醒者をすべて支配し、管理しようとしている連中だぞ?

そんなやつらがまともなわけなかろう」

「一理あるわね(どっちもどっちな気はするけれど)」


とりあえず精霊協会がヤバい組織だということは納得した。

私のスローライフの敵になりそうだし、近づかないでおこう。


「で、だ。その『千晶』という子は、うちの協会で引き取って保護すればいいのだな?」

「ええ、お願い。……あ、ついでにそのお兄さん(佐々木翔)も

そちらで徹底的に鍛え直してほしいのよ。妹を守れるくらいにはね」


私はそう答えながら、応接室の机の上に置かれていた『簡易ステータス測定器』に、何気なく手を置いた。

私の今のステータスはどうなっているかしら。どうせゴミみたいな数値でしょうけど。


【名前:高橋有希】

【筋力:6】

【俊敏:6】

【体力:6】

【魔力:-】


「…………ッ!?」

私は目玉が飛び出るかと思うほどの驚愕に襲われた。自分のステータスボードを二度見、三度見する。


(全部『3』だったステータスが……『6』に上がってるぅぅぅッ!?)


驚いた。驚天動地である。なんと、全ステータスが【2倍】に跳ね上がっているではないか!

(やっぱり、あの時魔力を限界まで絞り出した後に

お母さんの地獄の特訓で身体を酷使したからだわ……!

なるほど、限界突破を繰り返せば、私のような凡人でも成長するのね!)


「ほう……? 少し見ない間に、また一段と魔力の質が上がったな。相変わらず底が見えん」

これ、全人類の平均値以下ゴミなんですけど。


(というか、ステータスが2倍になった割には……

相変わらずちょっと動いただけで息切れするし

体力のなさが全然変わらないのはなんでかしら……?)

2倍のゼロはゼロ、みたいな虚しさを感じていると

勲会長が部屋のインターホンで橘さんを呼び出した。


「橘。現在お前が抱えている弟子の他に、もう一人、佐々木翔という男を弟子にできるか?」

部屋に入ってきた橘さんは、眼鏡の奥の目をしばたたかせたが、すぐに冷静に頷いた。

「すでに先客が数名いますが……問題ありません。

 その男、どの程度までシゴけばよろしいですか?」


私はすかさず、満面の笑みで告げた。

「徹底的にお願いします。心が折れる寸前までやっていいわよ」

「分かりました、お任せください。……その代わりに

 高橋様。あなたにも一つ、やっていただきたい仕事があります」


橘さんが、スィッと眼鏡を指で押し上げた。

その仕草、絶対にろくな依頼じゃない。

「嫌よ。私、これから学校に行かなきゃいけないし」

「簡単なことです。――当協会が管轄する病院の子供たちを、治していただきたいのです」


「は?」

拒絶する私に、勲会長がやれやれといった風に補足を加えた。

「覚醒者協会でも、魔素の影響を受けた子供たちを専用の病院で保護しているのだがな。

原因不明の奇病として、優秀なヒーラーたちがこぞって頭を悩ませていたのだ。

……だが、それを一瞬で『完治』させた不届き者がいるという情報が入ってな?」


ギクリ、と私の心臓が跳ね上がった。

それ、完全に数日前に私が千晶ちゃんにやった『魔素の中和』のことじゃない。


「……ど、どうなっても責任は取らないわよ? 私、しがない女子高生だし」

「案ずるな、ワシが同行する。責任はすべてワシが持とう」

「なら、いいわ。今度時間ができたら――」

「よし、交渉成立だな! すぐにいくぞ!」

「ちょっと待って!? 今から!? 学校は!?」


私の悲痛な叫びは無視され、私は勲会長と橘さんによって

そのまま黒塗りの高級車へと押し込まれた。誘拐である。

完全なる職権乱用による拉致誘拐である。


***


車に揺られること数十分。到着したのは

都会の喧騒から少し離れた場所にある、厳重なセキュリティに守られた近代的な大病院だった。


「……ここ、千晶ちゃんが入院している病院じゃないわね?」

周囲を見回しながら尋ねると、勲会長が歩きながら説明してくれた。


「覚醒者が入院できる場所というのは限られているのだ。

一般の病院では魔素の漏出を恐れて拒否されるからな。

だから、協会専用の病院をいくつか作った。多少割高だが、確実な治療と安全を保証している」

「なるほどね(利権の匂いがするわ)」


そんな世知辛い会話をしながら、私たちは病院の最上階にある特診室へと向かった。

案内された部屋の前に立つと、ドアのネームプレートには『佐々木千晶』の文字が。


(あ、ここに転院させられてたのね)


コンコン、と私がドアをノックする。

「はぁい、どうぞー!」

中から、やけに元気ハツラツな少女の声が響いた。本当に病み上がりかしら。


ガチャリと扉を開けて入室する。


「お姉さま!!」

ベッドの上で飛び跳ねるようにして喜んだ千晶ちゃんだったが

私の後ろに控える威圧感の塊のような老人(勲会長)を見た瞬間、ピキッと動きを止めた。

「……と、どちら様ですか?」


「気にする必要はないわ、千晶ちゃん。ただの狸爺よ」

「フォッフォッフォ、手厳しいな。

初めまして、佐々木千晶くん。

ワシは覚醒者協会会長の神代勲というものだ。よろしくな」


日本の最高権力者の一人に「狸爺」と言い放つ私と

それを笑って受け流す会長を見て、千晶ちゃんは完全に狼狽して混乱に陥っている。


「千晶ちゃん、大丈夫よ、怖がらなくていいわ」

私は彼女のベッドサイドに腰掛け、優しく頭を撫でて落ち着かせた。

「それより千晶ちゃん、先日覚えたっていう『回復魔法』

ちょっとここで見せてくれない?」


「はいっ! お姉さまの頼みなら、喜んで!」

千晶ちゃんは即座に居住まいを正した。

本当にチョロ……ゲホン、素直で良い子ね。


「じゃあ、被験者は……そこにいる橘さんでいいわね。橘さん、いいかしら?」

「ええ、構いません」

橘さんが一歩前に出る。連日の激務のせいか

彼も結構な疲労を溜め込んでいるのが魔力眼で見えた。


「じゃあ千晶ちゃん、前に教えた通りにやるのよ。

まずは魔力を通して、相手の体を『診察』して。

違和感を見つけたら、そこに回復魔法を行使するの。いいわね?」

「はい、やってみます!」


千晶ちゃんが小さな手を橘さんの腕にかざし、すうっと息を吸い込む。

次の瞬間、彼女の体内から細く繊細な魔力の糸が伸び

橘さんの体内へと滑り込んでいった。


(……素晴らしいわ。昨日教えたばかりなのに

魔力の制御がさらに精密になっている)


数分後。じっくりと橘さんの体を観察していた千晶ちゃんが

静かに目を閉じて呪文を紡いだ。

「――『ヒール』!」


カァァァッ! と、優しくも力強い緑色の治癒光が橘さんを包み込む。

光が収まった後、橘さんは驚いたように自分の手を握り締め

深く感嘆の息を吐き出した。


「……驚きました。慢性的な眼精疲労と

肩に溜まっていた魔力の淀みが、完全に消失しています。素晴らしい精度だ」


「よくできたわね、千晶ちゃん! 完璧よ!」

「えへへ、お姉さまにそう言ってもらえるのが、一番嬉しいです!」


私が頭を撫で回すと、千晶ちゃんは顔を真っ赤にしてとろけそうな笑顔を浮かべた。

よしよし、これで実力は本物だと証明されたわね。


これで私の「生徒会の依頼を千晶ちゃんに丸投げする計画」は完璧に遂行できる。

私が満足感に浸りながら、帰る準備をしようとした――その時。


後ろで腕を組んで一部始終を見ていた勲会長が、その鋭い目を細め、静かに口を開いた。


「なるほど、見事な才能だ。……さて、佐々木千晶くん。ここからが本題だ」


その低く響く声に、部屋の空気が一瞬で張り詰める。

狸爺の目が、完全に『有能な駒を見つけた政治家』のそれに変わっていた。


(……あれ? なんだか、ものすごく嫌な予感がするんだけど……?)


私は引きつった笑いを浮かべたまま

新たな面倒事の足音が、すぐ背後まで迫っているのを察知するのだった。

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