第70話:【元・公爵令嬢(男)の来日】
サリア(カイト)視点
「ついに……ついにやってきたわ!
この日本のどこかに、私の愛しの剣斗様がいらっしゃるのね……ッ!」
空港の到着ロビーに降り立った瞬間
私は周囲の目も気にせず、両手を握りしめて荒い鼻息を吐き出した。
前世で愛してやまなかった剣斗様。
彼と同じ空気を吸っているという事実だけで
私の胸は爆発しそうなくらい高鳴っていた。
「お坊ちゃま。あまり興奮なさいませんよう。
目的地はまだ先でございます」
後ろに控えていた初老の執事が、冷静な声でたしなめてくる。
「……っ、コホン。わかっている。
すぐにいこう。やることはたくさんあるからな」
私はハッとして表情を引き締め
意図的に低く響く『男らしい声』を作った。
今の私は、前世の『公爵令嬢サリア』ではない。
絶世の美貌を持つ海外の美少年
『カイト・コリウス』なのだ。
人前でうっかり乙女な部分を出してしまうわけにはいかない。
私たちはタクシーを拾い
都心部にそびえ立つ超高級タワーマンションへと移動した。
***
「こちらの最上階のペントハウスを購入しておりますので、ご自由にお使いください」
ふかふかの絨毯が敷かれた広大なリビングで、執事がルームキーを差し出してきた。
「わかった。何から何まで助かる」
「では、私はこれで本国へ戻ります。お気をつけて」
「ああ。お父様やお母様に、心配しないでくれと言っておいてくれ」
私が鷹揚に頷くと、執事は深々と一礼して部屋を去っていった。
ガチャリ、と玄関のドアが閉まる音が響いた瞬間。
「ぷはぁーっ! 疲れたぁぁぁっ!! 男の振る舞いって本当に肩が凝るわね!」
私はソファーにダイブし、乙女全開のトーンで叫んだ。
そのまま指にはめた『空間リング』を発動させ
大量の荷物をポンポンとリビングに放出していく。
すると、荷物の山の中から
私の契約精霊である氷の精霊『リン』と
雷の精霊『ラン』がポフッと実体化して現れた。
「わぁーっ! ここがカイトの新しいおうちね!
……でも、前のお城に比べると随分狭いねー?」
リンが部屋の中をふわふわと飛び回りながら、無邪気な感想をこぼす。
「仕方ないわよ、リン。日本という国はただでさえ国土が狭いのに
山が多いから人が住める場所が極端に少ないの。
この広さでも、人間界の価値観なら超大金持ちの部類よ」
ランが腕を組みながら、やけに現実的で知的な解説を入れた。
「ふふっ、まあ私にとっては剣斗様と同じ国に住めるだけで
ここが天国みたいなものよ」
私は荷解きを適当に終わらせ
明日から通う予定の高校のパンフレットを広げた。
「へえ、マンションから結構近いのね。
これなら毎朝、ギリギリまで寝坊できそう!」
私が喜んでいると、二匹の精霊がジト目を向けてきた。
「一人暮らしになったからって、甘やかさないわよ?
カイトは朝が弱いんだから」
「むしろ、この辺りは車の音とか都会の騒音でうるさいから
嫌でも目が覚めるんじゃないの?」
「うえぇ……それは嫌ね」
私は露骨に嫌な顔をしつつ、立ち上がって洗面台の鏡に向かった。
出かける準備をしなければならない。
「あれ? カイト、どこ行くの?」
「決まってるじゃない。明日から通う学校へ、事前の挨拶よ」
私が流し目で答えると、ランがため息をつきながら忠告してきた。
「外に出るなら、口調に気をつけてね。
カイトは油断すると、すぐに『〜わよ』とか女性口調になっているもの。
……私たちだって、カイトが『前世の記憶持ちの元・公爵令嬢』だって
聞いてなかったら、ただの頭のおかしい変態男だと思っていたわ」
「ひどっ!? 気をつけてるわよ!
ほら、こうして低く……『俺はカイトだ』。完璧でしょ?」
「顔が良すぎるせいで余計にタチが悪いのよねぇ……」
精霊たちの呆れ声を背に受けながら
私は新しい制服に袖を通し、意気揚々とタワーマンションを後にした。
***
――日本の街並みを歩いていると、行く先々で凄まじい視線を集めた。
すれ違う女性たちは皆一様に顔を赤らめ
口元を押さえて振り返り
男性たちでさえ「なんだあの美少年……」と足を止めて私を見ている。
(ふふっ……誰も私が中身女だなんて気づいていないわね)
私はその視線をまったく気にせず
むしろ清々しい気分で風を切って歩いていた。
(前世で女だった頃は、男たちのジトッとした下心丸出しの視線に
常に過剰警戒しなければならなかったけれど……
今は違う。男の体なら、襲われる心配なんて微塵もないわ!
ああ、男に転生して本当によかった!)
――カイトは根本的な勘違いをしていた。
現在の自分が、下手なアイドルすら霞むレベルの
『超絶美貌の外国人ハーフ系イケメン』として
全方位から別の意味で狙われる対象になっていることに
微塵も気づいていなかったのである
そんな平和ボケした思考のまま、私は目的の『星華大附属高校』へと到着した。
ここは、有希という生徒が通う高校とは別の
都内有数の覚醒者と非覚醒者の両方が通う実力校だ。
事務室の扉を開け、中に足を踏み入れる。
「すみません。今度転入予定の、カイト・コリウスです」
「えっ……あ、は、はいっ!?
お、お待ちください、すぐに確認を……っ!」
対応した若い女性事務員が、私の顔を見た瞬間に顔を真っ赤にしてパニックになり
慌てて奥へ電話をかけ始めた。周囲の職員たちも、私の顔を見てざわめいている。
数分後。
奥から、スポーツマンのような体格の男性教師が小走りでやってきた。
「お待たせした! ぼ、僕が君のクラスの担任になる
天童だ! 我が学園へようこそ、コリウス君!」
「ご丁寧にありがとうございます。明日の段取りについて伺いに参りました」
私は完璧な貴公子スマイルを浮かべ、男らしい低い声で対応した。
天童先生と、明日の登校時間や教室への案内などの簡単な打ち合わせを済ませる。
「……というわけだ。君のような優秀な生徒が来てくれて嬉しいよ」
「わかりました。天童先生、明日からよろしくお願いします」
私がスッと右手を差し出すと
天童先生は「ああ、よろしく!」と力強く握手をしてくれた。
「それでは、本日はこれで失礼します」
私はスマートに一礼し
事務室の職員たち(主に女性陣)の熱烈な見送りを受けながら、学校を後にした。
(よし、学校の用事はこれでクリアね)
私は校門を出たところで、スマホのマップアプリを開いた。
「次は……『覚醒者協会本部』というところか」
私の最愛の人、剣斗様。
前世で無念の死を遂げた彼が
この日本のどこかで生きている。
そして、覚醒者としての活動をしている可能性が極めて高い。
「待っていてくださいね……。
このカイトが、必ずあなたを見つけ出してみせますから」
私は空に向かって熱い誓いを呟くと
足取りも軽く、次なる目的地へと急いで向かうのだった。




