第69話:【狂信者(妹)の魔法特訓】
キラキラと、まるで神様でも見上げるような
狂信的な瞳で私を見つめてくる千晶ちゃん。
私は引きつりそうになる頬の筋肉を必死に抑え込みながら
コホンと咳払いをした。
「……そ、それなら、とりあえず千晶ちゃんの
回復者としてのランクを確認してみましょうか」
「はいっ! お姉さま!」
ガラッ!
私が提案した直後、病室の扉が勢いよく開き
千晶ちゃんの兄である佐々木翔が入ってきた。
「千晶、調子は……って、有希!? お前、来てたのか!?」
私を見て目を丸くする翔だったが、すぐに表情を和らげ、少し照れくさそうに頭を下げた。
「……わざわざ妹の見舞い、ありがとな。
お前には本当に何から何まで世話になりっぱなしだ」
「いいのよ、気にしないで」
私は優雅に微笑み返しつつ――ふと、名案を思いついた。
目の前には、連日の裏稼業とダンジョン探索で死ぬほど
疲労が溜まっているであろう、絶好の『実験台』がいるではないか。
「ねえ、千晶ちゃん。あなたのお兄さんに
覚えたての回復術をかけてみてくれない?
お兄さん、だいぶお疲れみたいだから。どの程度疲労が取れるかで
千晶ちゃんのランクが大体分かるわ」
「お姉さまがそう仰るのなら!」
千晶ちゃんは嬉々として頷き、ベッドから身を乗り出した。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「え? おう、千晶の頼みなら断れねえわ。
でも、終わったらちゃんと事情を説明してくれよ?」
事態をいまいち把握していないシスコンの兄は
妹の可愛いお願いにあっさりと首を縦に振った。よし、ちょろい。
「それじゃあ、やり方を教えるわね。
まず、私の魔力を千晶ちゃんに少し流すから、魔力を感知できるか教えてちょうだい。
徐々に強くしていくから、変な感じがしたらいってね」
私が千晶ちゃんの手を握り、ほんの少しだけ魔力を流し込むと――。
「あっ……すぐに分かりました! この、ぽわぽわして温かくて
お姉さまのすっごく良い匂いがするやつですね!
ああん、お姉さまの魔力、素敵ですぅ……っ!」
「……う、うん。とりあえず分かったならよかったわ
ありがとうね(なんか変な声出たけど気のせいだと思いたい)」
私は引きつった笑顔でお礼を言い、気を取り直して次のステップに進んだ。
「じゃあ次に、その魔力を自分の体の外側を薄く覆うように展開してみて。
大気中の魔力は常に自分の中に入ってきて
自分のものに変換されているから、慣れないうちは一旦外からの魔力を遮断して
体内だけで操るのが基本よ」
「はいっ! こう……ですね!」
シュゥゥゥ……。
(……えっ!?)
私は『魔力眼』を起動して千晶ちゃんの状態を見て、内心で驚愕した。
私が教えた直後、彼女の体を覆う魔力の膜が
一切の無駄なく完璧な球体となって展開されたのだ。初心者が一発でできる芸当ではない。
「……飲み込みが早くて素晴らしいわ。天才かもしれないわね」
「えへへ、お姉さまに褒められちゃいました!」
「じゃあ次は、その体に覆った魔力膜を維持しつつ
自分の体の中にある魔力を、血液みたいに体中に回すイメージよ」
「うう……これは、ちょっと難しい、かも……」
千晶ちゃんが眉間にシワを寄せ、うんうんと唸りながら魔力を循環させる。
数分後。
「できました!」
「すげえぞ千晶! さすが俺の妹だ、天才じゃねえか!!」
完全に蚊帳の外だった翔が、よく分かっていないくせに
大喜びで拍手喝采を送っている。
(マジで才能の塊ね……私の規格外の魔力を浴びて細胞が変異したせいも
あるかもしれないけど、普通は数ヶ月かかるプロセスよ)
私は戦慄しつつ、心を鬼にして告げた。
「よし、じゃあそれをずっと『維持』し続けるのよ」
「ええーっ!? お姉さま、これすっごくしんどいですぅ……」
「皆が通る道よ。でも、初めてでここまでできるなんて本当に上手ね。すごいわ」
「はいっ! わたし、お姉さまのために頑張ります!」
単純な信者で助かる。私はアメとムチを使い分けながら、いよいよ実践に移った。
「次に、お兄さんの体のどこでもいいから触れて
あなたの魔力を渡しなさい。ただし、糸みたいに細長ーくして
ゆっくりとお兄さんの体中を循環させるの。
その時に、何か『おかしいもの(黒いモヤ)』がないかチェックするのよ」
「そ、そんな難しいこと、無理です!」
「無理じゃないわ。私がちゃんとサポートしてるから大丈夫よ」
私は千晶ちゃんの背中に手を当て、そっと補助してあげた。
千晶ちゃんは恐る恐る翔の腕に触れ、魔力の糸を流し込む。
「……あっ。なんか、あちこちに『違和感』があります」
「それが、いわゆる『疲労』や『ダメージ』よ。その感覚を覚えておいて。
それじゃあ、今から回復魔法を使ってみて。
使い方は、本能でなんとなく覚えているでしょう?」
千晶ちゃんはコクンと頷き、目を閉じてぶつぶつと何かを呟いた後、カッと目を開いた。
「――ヒール!!」
カァァァァッ!!
千晶ちゃんの手から放たれた眩い光が、翔の体を優しく包み込んだ。
「うおっ!? な、なんだこれ!?」
翔が驚いて立ち上がる。
「ふぅ……ふぅ……」
千晶ちゃんは魔力を使い切り、少し息を切らしていた。
「千晶ちゃん、もういいわよ。お疲れ様。……翔、体はどうかしら?」
私が尋ねると、翔は自分の体をペタペタと触り、信じられないものを見るような目をした。
「……すっかり良くなってる。いや、それどころか
最近ダンジョンで負ったかすり傷から、肩こり、慢性的な腰痛まで全部消えてやがる……!
嘘だろ、体が羽みたいに軽いぞ!
千晶、お前もしかして……『回復者』に覚醒したのか!?」
「えへへ、そうみたい! お姉さまのおかげだよ!」
恐る恐る尋ねる翔に対し、私は腕を組んで分析結果を告げた。
「そうね。これだけ綺麗に疲労と欠損を治癒できるなんて。
しかも、あなたの体が魔素の浸食から劇的な進化を遂げたことを考えると……
おそらく【A級】のヒーラーかしらね」
「エ、エーッ!? A級ぅ!?」
「頑張ってね、お兄ちゃん。貴重なA級ヒーラーの妹を守るために
あなたの仕事とプレッシャーがこれからドカッと増えたわよ! やったね!!」
私は他人事のように、満面の営業スマイルでエールを送った。
「なんだよそれ!? やったねじゃねえよ!
国家機密レベルのヤバさじゃねえか!!」
二重の意味で驚愕し、頭を抱える翔。
しかし、すぐに真剣な顔になり、私に向かって深く頭を下げた。
「……有希。千晶を助けてくれただけでなく
こんな力まで……。本当に、なんとお礼を言ったらいいか」
(いや、力が発現したのは完全に私の魔法の副作用なんだけどね)
私は心の中で舌を出しつつ、覚悟を決めた。
(A級回復者になっちゃったなら
自分の身を守るためにもう鍛えるしかないわね。……ん? 待てよ?)
その瞬間、私の天才的な頭脳に電流が走った。
(先日の生徒会の揉め事……『今度の大会で雇う回復者をどうするか問題』!
あれ、千晶ちゃんを【実戦練習の特待生】って名目で生徒会に派遣すればいいんじゃない!?
そうすれば生徒会はタダで高ランクヒーラーを確保できるし
千晶ちゃんは練習になるし、私はそれを見学してるだけで仕事した感が出せる!!
完璧すぎる!!)
私は自分の悪魔的かつ合理的な閃きに震えながら、千晶ちゃんの手を握った。
「千晶ちゃん。実は今度、私の学校で『回復者』を探していてね。
千晶ちゃんに、その練習も兼ねてお手伝いを頼めないかしら?」
「お姉さまの頼みなら! 私、お姉さまのお役に立てるなら喜んでやりますっ!」
「ありがとう! それじゃあ、これから定期的にここに来るから
大会に向けて一緒に練習しましょうね!」
私は完璧な笑顔でそう締めくくった。
ああ、素晴らしい。これで生徒会からの面倒な依頼も、妹ちゃんの育成も
すべてが丸く収まった。私はなんて有能なんだろう!
――この時の私は、自分の思いつきが新たな混沌の火種をばら撒く行為であることに
これっぽっちも気づいていなかったのである。




