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第8話:【悪魔の契約】白猫の屈服と、偽りの聖女

立っていることすら奇跡だった。

能力値「1」の脆弱な肉体は、とうに限界を突破している。

視界は明滅し、指先は小刻みに震え、呼吸をするだけで肺が焼け焦げそうだった。


だが、そんな素振りは微塵も見せない。

私は眉間に魔導銃を突きつけたまま、瀕死の親猫を見下ろしていた。

残された僅かな魔力を声に乗せ、直接相手の思考へと叩き込む。


『……私の仲間になりなさい』


親猫の瞳に、明確な敵意と拒絶が浮かんだ。

『(断る。人間など、誰が)』


「そう」

私は感情の消え失せた声で呟き、銃口の狙いを

親猫の背後で震える、小さな子猫たちへとゆっくりとズラした。


「なら、あなたの子供がどうなってもいいのね。

子供たちを目の前で一匹ずつ処分して……あなただけを生かすわ。

死ぬことも許されない生き地獄の中で、自分の無力さを呪いながら絶望しなさい」


一切の熱を含まない、ただの事実の宣告。

かつての修羅場(おっさん時代)で培った、

最も効率的に相手の精神をへし折る「本物の殺意」を乗せた言葉。


親猫の全身がビクリと跳ね、その瞳から敵意が消え去り――完全な恐怖と懇願に染まる。


『(待て……っ! 我が子だけは、どうか、頼む……! 何でもする!!)』


「……簡単なことよ」

私は銃を下ろし、冷たい視線を見下ろした。

「私の仲間になれば、助けてあげる。

 安全な住居と、毎日の食事も保証するわ。……これでどう?」


先ほどの冷酷さから一転した、甘い慈悲の提示。

親猫は屈辱に耐えるようにゆっくりと目を閉じた。

『(……いいだろう)』


「賢い選択ね」

私は親猫に触れ、極微量の【回復】をゆっくりと流し込む。

負担にならない程度の遅効性の魔力。


「今からスキルで契約を結ぶわ。

これ以降、あなたは私に攻撃できないし、私が召喚すれば強制的に呼び出される。……いいわね?」


『(拒否権など与えていないくせに……悪魔め)』


私は心の中で安堵の息を吐き、スキル【式神契約】を発動させた。


「『我、高橋有希の名において命ずる。魂の縛鎖を受け入れ、我が僕として服従を誓え』……同意しなさい」


親猫が力なく同意を念じると、その巨大な身体が眩い光に包まれた。

――その時。

一瞬だけ、光の色が“白ではない何か”に揺れた気がした。


だが、システムウィンドウは冷徹に事実のみを告げる。


【『エレメンタルキャット』との式神契約が完了しました】


光が収まると、そこには元の禍々しい姿から一変した

神秘的なほど真っ白な毛並みを持つ巨猫が鎮座していた。


「よろしくね。名前は……そうね、『ウィット』。オランダ語で白って意味よ」

『(……約束は守れよ、主人)』

「もちろん。さ、帰るわよ」



「ちょっと有希! 今のどうやったの!? なんであんな凄い魔物が大人しくなるの!?」

「それにあの呪文、すっごくかっこよかった……!」


帰りの道中、興奮した花梨たちがキラキラした目で私を質問攻めにする。

だが、今の私には、もう1ミリの精神力も残っていなかった。


「……あー、うるせえな。悪いけど、今は喋るのもしんどいんだ。ちょっと黙って歩いてくれ……」


ドスの効いた、完全に素の「おっさん」のトーン。

しまった、とは思ったが、もう訂正する気力すらない。


「えっ……ゆ、有希……?」

花梨たちが目を丸くする。だが、彼女たちは顔を見合わせて小さく笑った。


「有希って、たまにすっごく男前になるよね」

「うんうん、なんか頼りになるっていうか!」


(……チョロいな、こいつら。――助かる)

私は内心で毒づきながらも、微かな安堵と共に無言で歩き続けた。



集合場所に到着するなり、私たちボロボロのパーティを見た教官が眉をひそめた。


「……ひどい有様だな。何があった?」

「ちょっと変異種に巻き込まれまして。

 あ、この子たち(猫)は、傷ついてたのを回復してあげたら懐かれちゃったんです」


私は聖女らしい微笑みでそう嘘を吐いた。

後ろで岩倉や花梨たちが苦笑いを浮かべていたが、無視だ。

教官がデバイスでポイントを確認し、驚愕の声を上げる。


「全パーティ中トップだ。

 ……実習の追加ポイントとしてパーティ全体に10P

 そしてリーダーの高橋には特別功労として50Pを付与する」


周囲がどよめく中、私は即座に声を上げた。


「教官。私に付与される50Pを、すべて岩倉くんに付与してください。

 彼が文字通り『盾』として命を張ってくれなければ、私たちは全滅していました。

 ……それに、前に出るべき人間が、前に出るべきです」


「……本気か? お前の追加ポイントは『0』になるんだぞ」

「はい。構いません」


周囲の生徒たちが「なんて無欲なんだ」「本物の聖女様だ」と感動に震える。

だが、私の内心は真逆だった。

(あぶねぇ……! これ以上目立ったら厄介事に巻き込まれる!

岩倉、お前が全部ヘイトを吸ってくれよ)


実習の終わりを告げるチャイムが鳴り、生徒たちが撤収を開始する。


――だが、私は気づいていなかった。


森の奥。そこに“誰かがいる”という違和感だけが、確かにあった。

だが、視線は感じない。気配もない。

それでも、音もなく、光もなく、何かがそこに“在る”。


そんなもの、本来この世界には存在しないはずだった。

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