第66話:【真実の傷跡】
神宮寺親子による前代未聞の不祥事と、高橋家のマフィア顔負けの電撃告発から数日。
世間の大混乱に伴う3日間の臨時休校が明け、私は重い足取りで学校の門をくぐった。
(はぁ……。学校に来るのが、これほど憂鬱な日もないわね)
校舎に入ると、案の定、周囲からの視線が一斉に私に突き刺さる。
いつも通り、私を遠巻きに見つめながらヒソヒソと囁き合う声。
だが、耳を澄ませてみると、その「内容」はいつもと決定的に違っていた。
「……おい、聞いたか? 2組の香澄って、マジでヤクザの直系の娘らしいぞ」
「それだけじゃないって。裏の抗争で
何人も人を殺したことがある本物の人殺しだって噂だ」
「人身売買の闇ルートにも関与してるとか……。
なんであんなヤバい奴が普通の高校に通ってんだよ……」
「…………」
私は心の中で、深く、深くため息をついた。
(また……か。今度は私の『本物の過去』を流されたわけね)
今までも何度もあった。誰かと新しくパーティーを組み
いい感じに信頼関係が築けていきそうになると
決まってこうして私の凄惨な過去の噂が流されるのだ。
これがもし真っ赤なデマなら、声を大にして否定できる。
けれど――流れている噂は、悲しいかな『大半が真実』だった。
私には否定する権利も言葉もない。
だからこそ、いつもPTはおじゃんになり、人は私から離れていく。
(今回も、もう終わりね。あの二人……有希と花梨も
これを知ったら私から離れていくに決まっているわ。
……分かっていたはずなのに、少しだけ期待しちゃったじゃない、バカね私)
心に冷たい風が吹き抜けるのを感じながら、一人で諦めの笑みを浮かべていた、その時だった。
「香澄ちゃん。おはよ。……ちょっと、いい?」
背後から声をかけてきたのは、いつもと全く変わらない、
どこか抜けたトーンの少女――花梨だった。
彼女は私の腕を掴むと、周囲の視線を遮るように
人気のない校舎の裏手へと私を引っ張っていった。
最強のリーダーがいる安心感
人気のない渡り廊下の陰。花梨は真剣な顔で
ポケットからクシャクシャになった一通の手紙を取り出し、私に手渡してきた。
「この手紙、私の下駄箱に入ってたから読んだんだけど……これって、本当?」
手紙を開くと、そこには先ほど校内で囁かれていた噂が
悪意に満ちた生々しい文章でびっしりと書き連ねられていた。
『ヤクザの娘』『大量殺人者』『人身売買の片棒』。
私はぎゅっと手紙を握りつぶし、自嘲気味に一呼吸置いてから、まっすぐに花梨を見据えた。
「――ええ、真実よ。私はそういう血塗られた世界の人間。驚いた?」
軽蔑されるか、怯えられるか。私は最悪のリアクションを覚悟して身を固くした。
だが、花梨はふむ、と顎に手を当てて、実にあっさりとした口調で次の質問を投げかけてきた。
「じゃあさ、香澄ちゃんは、私たちに危害を加える気はある?」
「……ないわよ。あるなら、出会った初日にあんたの首をハネて、とっくに拉致でも何でもやってるわ」
「そっ。なら、いーや! 授業始まるし、教室戻ろ?」
花梨はそれだけ言うと、くるりと背を向けて歩き出そうとした。
「……ちょっと待ちなさいよ!!」
私は思わず大声を上げて花梨を呼び止めた。
あまりにも拍子抜けな態度に、脳の処理が追いつかない。
「それだけ!? 内容、ほとんど事実なのよ!?
怖くないの!? 私は人を殺したことがあるのよ!?」
詰め寄る私に対し、花梨は呆れたように肩をすくめて、信じられない理由を語り始めた。
「え? 怖くないよ。だってさ
私たちのPTのリーダーって『有希ちゃん』だよ?」
「……は?」
「香澄ちゃんがどんな過去を持ってようが、人殺しだろうが
有希ちゃんのあの神々しくて圧倒的な可愛さと包容力の前には
些細な問題でしょ? 有希ちゃんはね、世界で一番優しくて
世界で一番強くて、世界で一番素晴らしい女の子なんだから!
その有希ちゃんが香澄ちゃんを仲間に選んだんだよ?
だったら香澄ちゃんが良い人じゃないわけないじゃん。
私はただ、私達に危害を加えないって本人の口から分かれば、それで十分だし!」
花梨はフンスと鼻を鳴らし
これっぽっちの疑いも持たない純粋な(というか、やや狂気を感じるほどの)
熱狂的有希信者としての眼差しを輝かせた。
「…………あんたも、相当変わってるわね」
私は呆れ果てると同時に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
過去ではなく、「今の私」を見てくれる人間が、こんな形で目の前に現れるなんて。
「……ねえ、花梨。有希はこの手紙を見るのかしら?
彼女の下駄箱にも、同じものが入れられていると思うけれど」
少しの不安を込めて尋ねると、花梨は「あはは!」と爆笑した。
「それなら100%大丈夫! 有希ちゃんはね、
対面で直接渡されたもの以外の手紙は『絶対に読まない』から!」
「そうなの?」
「うん。面倒くさいからって、全部未開封のままシュレッダー行きだよ」
「……そうなんだ」
私は思わずクスッと笑ってしまった。冷酷に拒絶されているのではなく
ただの面倒くさがりでスルーされているだけ。実に対策のしようがない
有希らしい徹底ぶりだ。
「それじゃあ、戻りましょ」
私は先ほどまでの憂鬱を綺麗に吹き飛ばし、花梨と共に教室へと向かった。
いつも通りの、ありふれた地獄
教室のドアを開けると、そこには自分の席で
まるで重力に逆らえないスライムのように机に突っ伏して
ぐったりとしている有希の姿があった。
「…………」
私は意を決して、彼女の席へと歩み寄り、声をかけた。
「……おはよう、有希。ずいぶんと元気がないわね」
ビクッと肩を揺らし、スローモーションで顔を上げた有希の顔は
幽霊かと思うほどに真っ白で、目の下にはどす黒いクマが形成されていた。
「お、おはよう……香澄ちゃん……。」
「どうしたのよ、その死にそうな顔は」
「聞いてよぅ……。お休み中
お母さんの地獄のマンツーマン特訓を朝から晩まで受けさせられて……
リアルに三回くらい三途の川で色々な人たちとハイタッチしてきたの……。
体中が痛くて、もう死にそう……。
その上、下駄箱に正体不明の変な手紙が大量に入ってて
精神的にもキャパオーバーだよ……」
有希は涙目でシクシクと泣き言を漏らす。
私は手紙のワードにドキリとしながらも、平然を装って尋ねた。
「……その手紙、内容は見たの?」
「見るわけないよ!」
有希はブンブンと激しく首を横に振った。
「だって、下駄箱に直入れされてる差出人不明の手紙なんて
、中に『未知の爆発魔法』とか『即死級の呪詛の罠』が仕込まれてるかもしれないじゃない!
恐ろしくて開封できるわけないでしょ!
油断したら一瞬で命が消し飛ぶんだから!」
「……いつの時代の暗殺警戒よ、それは」
私は思わず吹き出してしまった。
まさか私のヘビーな過去の手紙が、「爆発物警戒」という前代未聞の被害妄想によって
完全スルーされているとは。本当に、この子といると悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。
「笑い事じゃないよ香澄ちゃん! 世の中どこに罠が潜んでいるか分からないんだから
油断は本当にダメよ……ゴフッ!?」
熱弁を振るおうとした有希の口から
突如として「ゲホッ!」という不穏な音と共に、鮮血が机の上にピシャリと吐き出された。
「ちょっと有希!? 吐血してるじゃない!?」
「だ、大丈夫……。お母さんの特訓で……魔力を限界突破させられすぎて
ちょっと毛細血管がバカになってるだけだから……ゲホッ」
「全然大丈夫じゃないわよ!」
私は慌ててポケットからお気に入りのハンカチを取り出し
彼女の口元を乱暴に、けれど優しく拭った。
私のヘビーな過去(訳)を知っても、有希基準の我が道を突き進む花梨。
そして、自分の過去など1ミリも気に留めず
自爆特訓で勝手に血を吐いている風変わりなリーダー、有希。
「……ほら、早くこれ(ハンカチ)を使いなさい。
まったく、手のかかるリーダーなんだから」
「ありがとう、香澄ちゃん……。香澄ちゃんは、やっぱり天使だね……」
周りのヒソヒソ声なんて、もうどうでもいい。
私は二人のいつも通りな温かさに深く感謝しながら
最高に騒がしくて、愛おしい1日の始まりを迎えるのだった。




