第65話:【最強母の暗殺メソッド】
神宮寺親子と精霊協会の癒着が全世界に向けて大々的に告発された
翌日の朝。
当然のように世間は大パニックに陥り
私が通う高校も「生徒の安全確保とマスコミ対応のため」という名目で
本日から三日間の臨時休校が決定した。
思わぬ三連休のゲット。
普通なら「やったー! スローライフ満喫!」と歓喜の舞を踊るところだが
現在の私は、我が家の広大な地下修練場で、地獄の釜の底を這いずり回っていた。
「さあ有希、足元がお留守よ! ステップが0.2秒遅い!」
「ひぐっ!? ちょっ、お母さん、動きが速すぎ……っ!」
朝から絶賛、母・希による【地獄のマンツーマン特訓】の真っ最中である。
竹刀を持ったお母様の流れるような連撃を必死に回避しながら
私は息も絶え絶えになっていた。
「ふふっ、一旦休憩にしましょうか」
お母さんが竹刀を下ろし、優雅に微笑む。私は床に大の字に倒れ込み、ぜえぜえと荒い息を吐いた。
「そういえば有希。あなたの今のステータス、まだ全部『1』のままなの?」
冷たいタオルを私の顔に乗せながら、お母様がふと尋ねてきた。
「んー……前に確認したら
全部『3』に上がってたよ。魔力だけは相変わらず『測定不能』だったけど」
「あら! そうなのね。レベルアップを拒否しているって聞いていたから
ステータスが一生上がらないんじゃないかって心配していたのよ。
上がるならよかったわ。……でも、理由は分かっているの?」
「うーん。たぶんだけど、魔力を『限界まで使い切った時』に
基礎ステータスが底上げされてるんだよね。
だから、魔力を限界までスッカラカンにすれば……あ」
――言ってから、私は自分の致命的な失言に気がついた。
ゆっくりと顔を上げると、お母さんの目がキラキラと
それはもう恐ろしいほどに輝いていた。
「……じゃあ、せっかくお休みで時間もたっぷりあることだし。
限界まで魔力を使って、たぁ〜っぷりとステータスを上げていきましょうか? にっこり」
「(しまったァァァァッ!! 完全に墓穴を掘った!!)」
私は青ざめながらズリズリと後ずさりした。
「え、ええー? そ、それはちょっと無茶がすぎるんじゃないかな!?
成長期に無理は禁物だし!」
私は必死に脳を回転させ、強引な話題のすり替え(無駄な抵抗)を試みた。
「そ、それよりさ! お母さんはどうしてそんな『暗殺者』みたいな
エグい体術とか隠密スキルを持ってるの!? S級とはいえ、ヒーラーなんだよね!?」
私の必死の問いかけに、お母さんはふふっと笑って答えた。
「そりゃあ、回復者は
戦闘で一番最初に狙われるからよ。当然でしょう?」
お母さんは竹刀を肩にトントンと当てながら
RPGの攻略サイトのような論理的な説明を始めた。
「パーティー戦において、魔力が尽きるまで延々と
味方を全回復させるヒーラーほど厄介な存在はないわ。
少しでも時間を空ければ敵側だけが疲弊し、こちらは常に無傷。
……だから、敵が少しでも知能を持っていれば、必ず真っ先にヒーラーの首を狙ってくるの」
「ま、まあ、理にかなってるね(前世の俺もそうしてたし)」
「だから私は、敵からヘイト(敵意)を向けられないための
『完璧な隠密術』を覚えたの。そして、万が一接近された時のために……
今まで怪我人を治療してきた時の『人体構造の知識』や『経験』を活かして
相手の関節の動かし方や急所を観察し、一撃で無力化する体術に応用したのよ。
ほら、人体って意外と脆いから」
「へ、へえぇ……。お母さんも、昔は生き残るために色々苦労してたんだね……」
私は純粋に感心した。温室育ちのチートかと思いきや、ゴリゴリの実戦派サバイバーである。
「当然よ」
お母様は真剣な眼差しになり、そっと私の頬を撫でた。
「だからね、有希。あなたには私以上の回復術や支援魔法
防御魔法の才能があるみたいだから……
ここに私が培ってきた体術や人体の知識を詰め込めば、まさに鬼に金棒よ」
「えっ」
「あなたは『高橋希の娘』だから
今回みたいに理不尽に狙われることが、これからも起こるかもしれない。
だからこそ……自分の身を自分で守れる対処術を
どうしても身につけてほしいの。お母さん、有希を失いたくないから」
「お母さん……っ」
私はその言葉に、胸が熱くなった。
(そうか……。ただのスパルタじゃなくて、私を本気で愛して
心配してくれているからこその特訓だったのね。
特訓自体は死ぬほど嫌だけど……ここは娘として、応えないわけにはいかないわ!)
「わかったわ、お母さん! 私、頑張る! 自分の身は自分で守れるように
ビシバシ鍛えてもらうよ!」
私がガッツポーズをして宣言すると、お母様はパァァッと顔を輝かせた。
「ふふっ、やる気が出たのね! いい子!
それじゃあまずは準備運動として……あなたの魔力を限界まで身体に纏いなさい。
何重にも自分の周りに強固な『壁』を作るイメージよ。いい?
一滴残らず、魔力を全部使い切るのよ!」
「よーし、やってやる!!」
私は意気込み、己の魔力を解放した。
ブォォォォンッ!!
地下修練場に凄まじい魔力の渦が巻き起こる。
何重にも重なる高密度の防御結界を展開していく。
(……あれ? ステータスが上がったせいか、魔力保有量も跳ね上がってる気がする。
何重にかけても全然尽きる気がしないわ)
なら、限界の底まで知るためにも、徹底的にやってやろうじゃないの!
「おおおおおおおっ!! もっと! もっとぉぉぉッ!!」
私は脳の血管がブチ切れそうなほど魔力を振り絞り、自身の限界点を突破した。
その瞬間。
「ごふっ!?」
限界を超えた代償(魔力枯渇症)により
私の口から大量の鮮血がマーライオンのように噴き出した。
「ゲホッ、ゴホッ……! 吐、吐血……限界、突破しすぎ、た……」
私が口の周りを血だらけにして膝から崩れ落ちると。
「はい、大変よくできました! スッカラカンね!
それじゃあ魔力なしの状態で、体術の指導を始めるわよ!! 構えなさい!!」
「えっ?」
お母さんは、血を吐いてプルプル震えている愛娘を【完全スルー】して
容赦なく竹刀を上段に構えた。
「ちょっ、お母さん!? 娘、吐血! 大量吐血してるから! ヒーラー!! 身内にS級ヒーラーいませんか!?」
「隙ありッ!!」
「ひぎゃああああああああっ!!」
飛び込んできたお母様の容赦ない打撃を、私は血を吐きながら必死にガードした。
「ひいぃぃ! 痛い痛い痛い! 肋骨が!
魔力防壁がないからダイレクトに響くぅぅ!」
「甘いわよ有希! 敵はあなたが血を吐いたからって待ってはくれないわ!
さあ、ステップを踏んで!!」
(お母さんの鬼! 悪魔! サキュバスクイーン!!)
***
数時間後。
ボロ雑巾と化した私がピクピクと床で痙攣していると
お母様が爽やかな汗を拭いながら宣告した。
「ふぅ。今日はこれで終わりよ。午後はゆっくり体を休めてなさい」
「あ、ありが……とうごじゃい……ます……」
「あと、休みの三日間は毎日『午前・午後』の二部制でこれをやるから。
しっかり食べて寝るのよ?」
「…………は?」
私は己の耳を疑った。
「あ、あの……お母さん? さすがに三連休くらい
もう少しゆっくりしたいというか……
休息日を設けた方が筋肉の超回復にも繋がり……」
「ダメよ」
「はい」
一刀両断。にべもない即答である。
「あなたに狙いを定めた敵は、絶対に待ってくれないの。
……それに、まだ『暗殺者の急所突き』の座学が終わってないじゃない?」
「ヒッ」
優しくも絶対に逆らえない絶対王者の微笑みを前に
私は床に突っ伏したまま、完全なる絶望に打ちひしがれるのだった。




