第63話:【S級ヒーラーの殺しのライセンス】
覚醒者協会本部へと猛スピードで爆走する黒塗りの高級車の中で
私は隣に座る橘に事情を問い詰めていた。
「橘。お母さん、今度は一体何をやらかしたの?」
「はい……。いきなり希様が協会本部の会長室に(ドアを蹴破って)乗り込まれまして」
橘はハンカチで額の汗を拭いながら、恐ろしい報告を口にした。
「『精霊協会と裏で繋がっている協会のクソ役員どもを全員引きずり出して
今すぐクビにしなさい。さっき自宅に襲撃に来たゴミ共を“治療”して
全部白状させたから証拠は挙がっているのよ』と……」
「(治療=拷問ですね、分かります)……で、会長は何て?」
「『いくらなんでも、証拠の裏付けなしに今すぐは無理だ』と
常識的な回答をされました。すると希様が……」
橘はゴクリと唾を飲み込んだ。
「『そう。なら、私個人で好き放題(物理的制裁を)させてもらうわ。
知っているわよね? “S級回復者”に国から与えられている【権限】を』
……と仰り、現在、会長室の空気が氷点下となっております」
「ちょっと待って。そのS級の【権限】って何?」
「簡単に言えば、『重大な犯罪を起こしても原則として
罪に問われない(超法規的免責)』という特権です。
その代わり、国や協会の要請に応じて月何度か無償で治療を行う
という義務がありますが」
「……お母さん、ちゃんと仕事してたんだ……」
私は驚愕した。毎日家で優雅に紅茶を飲んで庭いじりをしているだけの
チート専業主婦だと思っていたのに。
と同時に、ひとつの疑問が湧いた。
「でもさ、そんなチート能力があるなら
なんで今まで裏組織とかに拉致・監禁されなかったの?
治癒能力目当てで狙われそうじゃない?」
「それは、希様を拉致して従わせる『維持費とリスク』が釣り合わないからです」
橘はメガネをクイッと押し上げた。
「まず、希様はご存知の通り『戦闘能力も規格外』です。
さらに、身分問わず安全と対価さえ確保されれば誰でも治療をするスタンスなので
わざわざ命がけで喧嘩を売るより、普通に日本に来てお金で解決した方が遥かに安いのです」
「なるほど、超絶合理的」
「それに……万が一、無理やり拉致して従わせたとしても
治療の段階で『あら、手が滑ったわ。ごめんなさいね』と
逆に急所を破壊されて合法的に殺される可能性があると
ご本人が公言しておりますので」
「こっわ!!! 医療ミスを装った暗殺じゃん!」
私は戦慄した。お母さん、外の世界でも完全にマフィアの女ボスと
同じテンションで生きてるんだ……。
「ちなみに、他国にもう一名いるS級回復者は完全に国の管理下にあるため
希様のように気軽に依頼できないという背景もございます」
「そりゃみんなお母さんに頼るわね……」
そんな解説を聞いているうちに、車は覚醒者協会本部のエントランスに到着した。
***
案内された最上階の会長室前。
分厚いマホガニーの扉は無惨にも蝶番からひしゃげて吹き飛んでおり
中からは息をするのも苦しいほどの『どす黒い殺気』がドバドバと漏れ出していた。
(ひっ……!? これ、前世で戦った魔王の第二形態よりヤバいオーラじゃない!?)
私は一瞬たじろぎ、足がすくんだ。
しかし、ここでビビって逃げたらスローライフが完全に終わる。
私は深呼吸をして、か弱い乙女の顔を顔面に貼り付けた。
「お、お母さん……っ!」
私がひょっこりと顔を出して声をかけた瞬間。
ピタッ、と。部屋を埋め尽くしていたどす黒いオーラが、嘘のように一瞬で霧散した。
「有希ッ!!!」
ズバァァァン!!
目にも留まらぬ速度で飛んできたお母さん(高橋希)に
私は猛烈な勢いで抱きしめられた。
「ああ、有希! 無事だったのね!? 怪我はない!?
ちゃんと手足は五体満足でくっついているわね!?」
お母様は私の全身をベタベタと触りまくり、涙目で安否を確認してくる。
「だ、大丈夫だけどっ……お母さんのハグが苦しすぎて
このままじゃ物理的に死にそうっ……!」
「あっ、ごめんなさいね!」
私がバタバタとジタバタすると、お母様はパッと体を離してくれた。
肋骨が二、三本イキかけたが、スローライフのためなら安い代償だ。
「お母さん、これ」
私は息を整えながら、先ほど佐々木翔から受け取った二つの
『録音の魔道具』を手渡した。
「これは?」
「今回の襲撃の首謀者(神宮寺)の、動かぬ証拠データ。
バッチリ全部録音されてるよ」
お母様は魔道具を受け取ると、ふわりと……絶対零度の微笑みを浮かべた。
「……そう。よくやったわね、有希。あとは全部、お母さんに任せなさい」
そして、私の肩にポンと手を置き、底冷えのする声でこう付け加えた。
「ただし、有希? 帰ったら……なぜこんな危険な真似に首を突っ込んだのか
たっぷりお話を聞かせてもらうから、覚悟しておくようにね?」
「はいッ!! 申し訳ありませんでしたッ!!」
私は前世の軍隊時代すら超える、完璧な反射速度で直立不動の敬礼をしてしまった。
逆らえば死ぬ。それが高橋家の絶対の掟である。
「……お、落ち着いたかね、希君」
初老の男性――協会本部の会長が、ようやくおずおずと口を開いた。
「ええ、なんとかね。娘の顔を見たら少しだけクールダウンできたわ」
お母様は振り返り、優雅に髪をかき上げた。
「会長。今すぐ、緊急の記者会見を開きなさい。
この証拠を使って、首謀者と精霊協会の癒着を大々的に告発するわ」
「ば、馬鹿な! そんなことをすれば社会的混乱が……っ!」
「希様! お気持ちは分かりますが、事を急げば反発が――」
橘と会長が慌てて止めに入ろうとしたが、お母様は冷酷な笑みを浮かべてそれを一蹴した。
「あら? 言うことを聞けないなら
私は今後一切の『回復業務』をボイコットするけれど?
それで困るのは、あなたたちの方じゃなくて?」
「「…………ッ!!」」
S級ヒーラーによる、国家レベルの究極の脅し。
二人の大の大人(権力者)は、完全に白旗を揚げるしかなかった。
「……橘。すぐに会見の準備を」
「……かしこまりました、会長」
(うわぁ……大人たちが完全に屈服してる。お母さん、マジでパねぇ)
私はドン引きしながらも、これで神宮寺が完全に社会的に抹殺されることを確信し
密かにガッツポーズを決めた。
こうして、娘への愛を原動力にした
『最強の母による苛烈な逆襲』の幕が
大々的に切って落とされたのだった。




