第62話:【勘違い全開の痛い男】
圧倒的なプレッシャーを放っていたサキュバスクイーンが消え去り
洞窟内に静寂が戻った。
突如現れた悪魔の女王に完全にビビり散らかし
アホみたいに口を開けて硬直している『前世の俺(20歳の姿)』を完全放置して
私は壁際へと歩み寄った。
「ほら、起きて。いつまで寝たふりしてるのよ」
私がつま先で軽く小突くと、気絶したフリをして戦闘を
サボっていた佐々木翔が「いてて……」とわざとらしく頭を押さえながら身を起こした。
「……終わったのか? 豪の野郎は?」
「悪魔の力に飲み込まれてバケモノ化した後
さっきの魔族と一緒にどっか行ったわ」
「そうか。……なら、俺の仕事も終わりだな。
約束は守ったぜ。そっちもちゃんと守ってくれよ?」
翔は懐から、二つの小さな『録音の魔道具』を取り出し、私に手渡してきた。
一つは事前の神宮寺親子の密会記録。もう一つは、翔と神宮寺のやり取りがばっちり録音されたものだ。
「分かってるわよ。助かったわ、これで神宮寺家は社会的に完全に終わる」
私が魔道具を受け取り、悪女のような笑みを浮かべていると。
「おい、お前ら! いつまでそこで油を売ってる!」
ようやく我に返ったらしい偽物の俺(以降、面倒なので『偽剣斗』と呼ぶ)が
大剣を肩に担ぎ、やたらとカッコつけたポーズでこちらに歩み寄ってきた。
「さっさと行くぞ。俺の背中から離れるなよ?」
そう言って、偽剣斗はずんずんと歩き出した。
「あ、おい! 出口はそっちじゃ……」
翔が慌てて呼び止めようとしたが、私はスッと手を出して彼を制止した。
「なんで止めるんだよ。あいつ、完全に迷宮のさらに奥に向かってるぞ?」
「何を言っても無駄よ、ああいう手合いは。
適当に煽てて先頭を歩かせて、魔物を全部倒してもらえばいいわ。
危険な目に遭いたくないでしょ?」
「……それもそうだな。お前、性格悪いな」
こうして私たちは、道なき道をドヤ顔で進む無能なチート先導者(偽剣斗)の背中を
のんびりと追いかけることになった。
ちなみに私の肉体は極限まで燃費の悪いポンコツなので
バレないように自分にだけ『疲労軽減の支援魔法』をかけながら歩いている。
***
「……でさぁ、俺のあの剣撃見た? 普通の女なら俺の強さに腰を抜かすところだけど
お前、なかなか肝が据わってんな」
「へー。すごいですねー(棒)」
ダンジョンを歩く道中、偽剣斗は私に対して
怒涛の勢いで一方的なアプローチ(自分語り)を仕掛けてきた。
「俺くらい顔が良くて強すぎると
周りが勝手に群がってきて面倒なんだよな。
でも、お前は違う。俺の隣を歩く資格があるぜ」
「はあ。光栄ですねー(棒)」
「おいおい、そんなに照れるなよ。素直じゃないねえ」
(……こいつ、マジで頭湧いてんのか?)
私は完全に無表情の塩対応を貫いているのだが
偽剣斗の脳内フィルターを通すと、それが『照れ隠し』に変換されるらしい。
「よし! このダンジョンを出たら、俺とお前でパーティを組もうぜ!
どこぞの馬の骨(※佐々木のこと)なんて放っておいてさ。
俺がお前のレベル、ガンガン上げてやるからよ!」
「……っ!? (それは絶対にやめろ! 私のスローライフが終わる!!)」
「ははっ、嬉しすぎて言葉も出ないか! 任せとけって、俺が守ってやるよ!」
全く会話のキャッチボールが成立しない。
こいつの自己完結型のナルシストっぷりには
前世の自分のガワを使われているという羞恥心も相まって、胃に穴が空きそうだった。
そんな地獄のような道中を抜け
偽剣斗の無双のおかげで安全に(※ただし出口とは全く違う場所に)ダンジョンを
脱出することができた。
外の空気を吸った瞬間。
――ブブブブブッ!! ブブブブブッ!!
私のスカートのポケットの中で、スマホが親の仇のように振動し始めた。
画面を見ると、不在着信の嵐。そしてSNSのDMやメッセージアプリには
おびただしい数の通知が並んでいた。
『有希ちゃん助けて!! 』
『至急連絡乞う! 協会本部が半壊状態!』
『高橋希さんがブチギレてます! 早く止めて!!』
(…………お母さん、一体何をやらかしたのよ)
私が頭を抱えていると、翔がツカツカと近寄ってきた。
「おい、高橋。今回の報酬の件だけど……妹の千晶の病気
ちゃんと治してくれるんだろうな?」
切羽詰まった顔で凄んでくる翔。シスコンの鑑である。
「ああ、千晶ちゃんなら、もう数日前に治してあるわよ」
「…………は?」
翔は目を丸くして、完全にフリーズした。
「なんでそれを言わない!?」
「だって、あんたに神宮寺のスパイとして本気で協力してもらうためには
切羽詰まった演技が必要だったでしょ?
だから千晶ちゃんには『お兄ちゃんにはまだ内緒ね』ってお願いしてあったの」
「てめぇ……! 俺がどれだけ心配して……っ」
「というか、あんた妹の顔見てないの?
顔色、すっごく良くなってたのに気づかないのは
ちょっとお兄ちゃんとしてどうかと思うわよ?」
私がジト目で指摘すると、翔はウッと喉を詰まらせた。
「そ、それは……! ずっと神宮寺の傍に潜入してて家に帰れてなかったし
帰った時もテンパってて、顔色までよく見てなかったんだよ!」
「まあいいわ。とりあえず結果オーライってことで。今後もよろしくね」
私が手を差し出すと、翔はチッと舌打ちをしながらも、力強く握り返してきた。
「おいおい、お前ら。感動の再会のところ悪いが」
そこへ、空気を読まない男――偽剣斗が、前髪をかき上げながら割り込んできた。
「俺の強さは嫌というほど見ただろ?
今後も俺と仲良くしてやってもいいぜ。どうだ?」
ドヤ顔でウインクを飛ばしてくる偽剣斗。
「そうですか。それでは、さようなら」
私は1ミリの感情もこもっていない声で一蹴し、背を向けた。
「お、おい待てよ! 俺といると一生不自由させないぜ!? 本当にいいのか!?」
食い下がる偽剣斗を振り返り、私は完璧な営業スマイルを浮かべた。
「今も全く不自由しておりませんので、結構ですよ」
偽剣斗が「えっ?」と間抜けな声を上げた直後。
キィィィィンッ!!
猛烈なスピードで一台の黒塗りの高級車がドリフト気味に私たちの目の前に停車した。
ガチャッとドアが開き、血相を変えた会長の側近、橘が飛び出してきた。
「有希様! 至急、ご同行をお願いいたします!!」
「ちょうど良かった。それじゃあね、お二人とも」
私は呆然とする二人を残して、さっさと後部座席に乗り込んだ。
車が急発進する中、私はため息をついて橘に尋ねた。
「で? どうしたの?」
「焦った様子で申し訳ありません! どうか、希様を止めていただきたく……!」
「またお母様なのね。今度は一体何をやったの?」
「神宮寺家の差し向けた裏組織を壊滅させた後
『元凶を根本から断つ』と仰って、覚醒者協会本部に。
一通り暴れた後、もう二度と治療行為を行わないと宣言しまして。」
「わかったわ、すぐに向かって。……ったく、休む暇もないわね」
私はスローライフが遠ざかる音を聞きながら
最強の母が暴れ回っている覚醒者協会本部へと急行するのだった。




