第59話:【実家の優雅なティータイム】
視界が真っ白に染まった後、強烈な浮遊感と吐き気が収まり
私はゆっくりと目を開けた。
「……うわぁ、ベタな展開」
思わず、前世の加齢臭漂う感想が口を突いて出た。
私が立っていたのは、見渡す限りの岩壁に囲まれた、
薄暗く広大な洞窟の中央。そして周囲には、グルルル……と
低い唸り声を上げる異形の魔物たちが、私を完全な円陣で包囲していた。
だが、私の視線はその魔物たちではなく、正面に立つ二人の人物に向けられていた。
魔物の群れのど真ん中にいるというのに、全く襲われる気配のない神宮寺豪。
そして、その斜め後ろに無表情で控える佐々木翔である。
「ようこそ、高橋有希」
神宮寺が、さも自分が世界の王であるかのように両手を広げ
三流悪役のお手本のようなドヤ顔で言い放った。
「何の真似ですか、神宮寺先輩」
私はあくまで『気丈に振る舞う可憐な後輩』を演じつつ
冷たい声で問い詰める。
「フッ、とあるお方から依頼があってね。お前を無力化して連れて行くことになった
……さて、拒否したらどうなるか、賢いお前なら分かってるんだろうな?」
「さあ? どうなるのかしら?」
「強がるなよ。お前の家族が悲惨な目に遭うだけだ。
今頃、俺の手配した連中がお前の家に押し入っているはずだからな」
神宮寺は下劣な笑みを浮かべ、さらに周囲の魔物たちを顎でしゃくった。
「しかも、この周りの魔物。お前は凌げるかな? 知ってるぜ?
お前、『レベルを上げるのを拒否している』んだってな。
ステータスが全部1の脆弱な体で
これだけの魔物を手加減して倒すことができるかな?
こちらは、お前が生きてさえいればいいんだ。
抵抗して手足が吹っ飛んでも、全く問題ないわけよ!」
「そう? 私は別にレベル上げを拒否してるわけじゃないのよ。
ただ、レベルが上がって周りに祭り上げられるのが面倒だから
平穏な生活のために上げてないだけ。
あと、私の家族を人質? ふふっ、そっちの刺客が『無事で済めばいいわね』」
私が強がってみせると、神宮寺は「ハッ、負け惜しみを」と鼻で笑った。
(いや、マジで刺客の命が危ないんだけど。
うちのお母様、世界最高峰のS級ヒーラーで裏社会のドン顔負けのチートマザーだし
家には凶悪な魔獣もいるし……)
そんなことを考えていると、脳内に直接、聞き慣れた声が響いた。
『――主よ。何やら我が家に薄汚い侵入者がやってきたぞ』
(ウィット! タイミングいいわね、そっちの状況はどう?)
『母上が「休日のティータイムを邪魔するゴミに容赦は必要ありませんね」
と微笑まれたので、指示通り、塵一つ残さず全滅させたと伝えろと言われた。
そちらの状況はどうだ?』
……南無阿弥陀仏。刺客たち、秒で土に還ったか。
(ありがとうウィット、お母様にもお疲れ様と伝えておいて。
こっちはとりあえず無事よ)
私は完全に安全が担保された実家の状況に安堵し、念話を切った。
「ほう? 随分と余裕そうじゃないか。……だったら、これはどうだ!?」
神宮寺は私が怯えていないことに苛立ったのか
右手に嵌めた禍々しい指輪をかざし
洞窟の一角にある脆そうな岩壁に向かって魔法を放った。
ドゴォォォンッ!!
壁が大きく崩落し、土煙の中から現れたのは
――通常の個体より二回りも三回りも巨大な凶悪な『大型魔獣』の大群だった。
「ハハハハハッ!! 驚いたか! 事前調査をして
こいつらをこの隔離空間におびき寄せておいたのさ!
しかも、俺のこの指輪はこいつらを完全に操ることができる!
さあ、俺たちとこの大群を同時に相手できるかなぁ!?」
神宮寺が絶頂に達したかのように高笑いする。
(……いや、これは本格的にマズいわね)
私は額に冷や汗をかいた。命の危険を感じたからではない。
(これだけの数の大型魔獣を、手加減しながらやり過ごすのは不可能だ。
私の貧弱なステータスで生き残るには、どうしても『強力な広範囲魔法』をぶっ放すしかない。
……でもそんなことしたら、莫大な経験値が入って、絶対にレベルが上がっちゃう!!)
レベルがあがったら私の身体が魔力に耐えられるのか分からない。
つまり死が待っている。それだけは避けなければならない
私が「いかにして経験値を回避するか」というゲーマー特有の悩みに
頭を抱え、絶体絶命のピンチ(別の意味で)に陥っていた、その時だった。
「――やれやれ。女の子一人を、集団でよってたかって襲うとは……」
崩れた壁の奥の通路から、やたらと響く渋い声が聞こえてきた。
ドスッ、ドスッという足音と共に、土煙を切り裂いて『一人の男』が飛び出してくる。
「許せねえなぁ!!」
男は手にした大剣を無造作に振り回し、神宮寺がドヤ顔で呼び出した大型魔獣たちを
まるで紙切れでも斬るかのように瞬殺し始めた。
ギャウンッ! ズバァァァン!!
圧倒的なステータスから繰り出される、力任せのゴリ押し剣技。
それはまさしく、王道主人公の乱入シーンそのものだった。
「な、なんだ貴様は!? どこから入り込んだ!?」
神宮寺が目玉を飛び出させて驚愕する。
だが、神宮寺以上に驚愕し、パニックに陥っていたのは、他でもない私だった。
私は乱入してきた男の姿を、呆然と見つめる。
筋骨隆々の逞しい肉体。
鋭くもどこか気の抜けた三白眼。
間違いない。見間違えるはずがない。
それは、前世で三十年間、鏡を見るたびに嫌というほど見慣れていた――
『私自身の前世』の姿だったのだ。
(えっ!? なんで!? なんで『俺』がそこにいるの!?)
私の脳内は大パニックを引き起こしていた。
(どうなってる!? 私(中身俺)は確かにここにいる!
じゃあ、向こうでイキって魔物を無双してる『あの俺』は一体誰だぁぁぁッ!?)
ドヤ顔で魔物を斬り捨てる『元・自分』の姿を前に
私は迫り来る魔物の脅威など完全に忘れ去り、宇宙猫のような顔でフリーズするのだった。




