第56話:【絶対の自信】と【全力で地雷を踏み抜く親子】
薄暗い会員制バーの一室。
神宮寺豪は、極上のソファに深く腰掛け
運ばれてきた高級ブランデーのグラスを傾けていた。
テーブルの上には高級なつまみが並び
照明は間接光で統一され、グラスは当然クリスタルだ。
(俺に相応しい空間だ)
豪はそう思いながら、グラスを傾けた。
その目の前には、呼び出された手駒――佐々木翔が
いつも通りの仏頂面で立っている。
「――で、例の件はどうなった?」
豪は鼻で笑いながら、傲慢な態度で問いかけた。
「……言われた通りの連中を集めた。海外マフィアの残党だ。
すでに前金の一部を渡してあるし、作戦の段取りもすべて伝えてある」
翔は懐に手を入れ、淡々と報告した。その表情には一切の迷いがない。
「フッ、いいだろう」
豪は満足げに頷くと、手元の端末を操作して翔の口座へと追加の資金を送金した。
「これが上手くいったら、お前がずっと探していた高名な回復者を
紹介してやってもいいぞ?」
「っ……本当か!?」
翔は目を見開いた。
翔の内心は、完全に冷えていた。
「ハハハ、お前の顔を見ればわかる。妹を救えると聞けば
お前はいつでも従順になる。フフン、俺に犬として尽くせば
妹を救ってやらんこともない」
完全に勝者の笑みを浮かべる豪。
「……ありがてえ」
翔は頭を下げた。
「そうだ。あの女――高橋有希のことを独自に調べたんだが
少し油断しない方がよさそうだ。これを持っていけ」
翔はポケットから奇妙な形をしたバングルを取り出し、机の上に置いた。
「……なんだこれは」
豪が眉をひそめてバングルを睨みつける。
「魔力障壁を展開する魔道具だ。あの女、どうやら強力な遠距離攻撃を使うらしいからな。
その対策だ。不意を突かれて蜂の巣にされたくなければ、身につけておけ」
豪はバングルを手に取り、ふん、と鼻を鳴らした。
(ステータスがゴミのくせに小賢しい真似を。まあ、用心するに越したことはないか)
「ハッ、遠距離攻撃だと? ……まあいい、よくやった。明日はぬかるなよ、佐々木」
「わかっている」
翔は短く答えると、用は済んだとばかりに部屋を後にした。
ドアが閉まった瞬間、豪は我慢できないといった様子で、下卑た大笑いを響かせた。
「ハハハハハ! 遠距離対策まで手に入るとはな!
これであの生意気な女も、明日には俺の手の中だ……!」
***
意気揚々と帰宅した豪は、父親の執務室へと向かった。
部屋に入ると、重厚なデスクの前に座る父親が、鋭い眼光で息子を睨みつけた。
「豪。……明日の作戦は、本当に大丈夫なんだろうな?」
「親父、任せておけよ。抜かりは無い」
豪は胸を張り、自信満々に言い放った。
「あの女は自分のステータスが全部1だと周囲に吹聴している。
強力な遠距離攻撃を隠し持っているようだが、
それに対する防御用の魔道具もすでに手配済みだ。
明日のダンジョン実習で、確実にハメる」
「ならいいが……」
父親が頷こうとした、その時だった。
「――本当に大丈夫かしらぁ?」
「っ!?」
空間が妖しく歪んだ。
と同時に、甘ったるい、しかし背筋が凍るような濃厚なプレッシャーが室内に満ちる。
露出度の高いドレスを纏った美女が、何もなかった空間から静かに姿を現した。
人間社会の裏で糸を引く魔族のトップ――サキュバスクイーン(女王様)だった。
「こ、これは女王様……!」
神宮寺親子は慌ててその場に平伏し、冷や汗を流しながら頭を下げた。
さっきまでの「自信満々な父子」の空気が、一瞬で消えた。
「この場所に、一体どのようなご用件でしょうか……?」
「あなたの可愛い息子ちゃんに、プレゼントをと思ってね。
あの娘の捕獲を失敗されちゃ困るから」
女王はクスクスと妖艶に笑うと、妖しく輝く一本の指輪を豪に向けて放り投げた。
豪はそれを慌てて両手で受け取る。
「こ、これは……一体どのようなものでしょうか?」
「それを嵌めるとね、魔力が爆発的に強化されて、空間魔法が使えるようになるのよ。
あと、事前に私が指定した特別な場所に、周囲の人間ごと強制転移(飛ばす)ことができるわ」
「指定された場所に、飛ばす……ですか?」
「そうよ。あなたには明日、あの娘をある場所まで連れ出して
そこに『3人』で入りなさい。転移した先の隔離空間で、
あの娘をたっぷりと痛めつければいいわ。……あ、あとこれもあげる」
女王はさらにもう一本、禍々しい骸骨の装飾が施された指輪を投げつけた。
今度は少し距離がズレた。
豪はよろめきながらもなんとかキャッチした。
「それはね、モンスターを意のままに操ることができる指輪よ。
飛んだ先にいる強力なモンスターたちを操って、
あの女の心をへし折ってやりなさい。
……ああ、それと、その隔離空間には別の人間も一緒に飛ばしてあげるから
そいつもまとめて痛めつけなさい。ただし、絶対に殺すんじゃないわよ?
あの娘は私にとって、とっても大事な素材なんだから……ね?」
女王の冷酷な瞳に見下ろされ、豪はゴクリと唾を飲み込み、深く頭を下げた。
「わ、わかりました、女王様……! ご期待に沿えるよう、精一杯努力いたします!」
「うふふ、期待しているわよぉ。それじゃあ、成功を祈っているわ」
満足した女王は、再び空間の裂け目へと消えた。
気配が完全に消えた後、神宮寺親子はしばらく動けなかった。
やがて父親が、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「……素晴らしい。これだけの戦力が与えられれば十分だな。
豪、お前はダンジョン内でその指輪を使え」
「ああ、親父! これがあれば成功間違いなしだ!」
「フッ、私の方もさらに万全を期す。
あやつの家族(母親たち)を裏の者たちに襲わせ、
人質として確保する手はずを整えた。
これでお前が万が一失敗した時の保険も完璧だ」
「さすが親父! 助かるぜ!」
豪は歓喜に震えた。
完璧だ。隔離空間でモンスターに襲わせ、家族まで人質に取る。
「明日が楽しみだな、親父……!」
悪役側の、あまりにも完璧な作戦会議が終わった。
ただし、情報がすべて間違っている。
その頃、当の有希はというと。
自宅のベッドで「橘からのメッセージを開かないまま眠ろうとしていた」のだが、
スマホが震えているのに気づき、画面を確認した。
翔からのメッセージだった。
「……計画通りに動いてるわね」
私は画面を閉じ、ベッドに倒れ込んだ。
「明日ね」
一言だけ呟いて、目を閉じた。
運命の夜は、静かに更けていった。




