第54話:【絶好調男の脳内お花畑】と【笑わない瞳の美少女】
「ふぁ……あー、よく寝た」
パジャマのまま首を回し、
バキバキと音を鳴らしながら一階のリビングへと降りていく。
キッチンでは、母親が朝食の片付けをしていた。
俺はその後ろ姿にそっと近づき、
ズボンのポケットから「それ(・・)」を取り出して、無造作に調理台の上へと置いた。
ドンッ。
結構な厚みのある、生々しい茶色の紙の束――すなわち、一万円札の束である。
「はい、これ。今月のお家代」
「……え?」
振り向いた母親は、調理台の上の札束と俺の顔を何度も往復させ
文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような顔でうろたえ始めた。
「ちょ、ちょっと剣斗……あんたこれ
どこから出たお金!? まさか、どこかの闇バイトとか、悪いことに手を染めたんじゃ……っ!?」
「失礼なこと言うなよ!」
俺はやれやれと首を振った。
「今までずっと迷惑かけてきたから、受け取ってよ。
俺はもう『覚醒者』なんだからさ。ダンジョンでこれくらい稼ぐの、今の俺には朝飯前なんだよ!」
鼻を高くしてドヤ顔を決める俺。
どうだ、これが稼げるようになった息子の頼もしい姿だ。
「……ふーん」
背後から、冷ややかで、それでいてどこか面白がっているような声がした。
振り返ると、いつの間にかリビングの入り口に妹の瑠奈が立っており
ジト目でこちらを見ていた。
「な、なんだよ瑠奈。人がせっかく親孝行してんのに、変な目で見るなよ」
急に気恥ずかしくなり、俺はぶっきらぼうに言い返す。
すると、瑠奈はふっと口角を上げ、柄にもなく小さく微笑んだ。
「いや、別に? ……ただのニート予備軍かと思ってたけど、少しは見直しただけよ」
「に、ニート予備軍って言うな! よし、それじゃあ俺は出かけてくるわ!」
これ以上いるとニヤつく顔を見られそうだったので
俺は大慌てで荷物をまとめ、母親と瑠奈に見送られながら家を飛び出した。
***
やってきた覚醒者協会のロビー。
俺は設置されたタッチパネル式の端末を操作しながら
今日の稼ぎになりそうな案件を探していた。
今の俺は覚醒し、ステータスも上がって絶好調。
ぶっちゃけ、そこいらの有象無象の覚醒者とは一線を画しているという自負がある。
そんな時、端末の前で「うーん……」と頭を抱えている
一人の女の子が目に留まった。
白い肌、小柄な体躯。守ってあげたくなるような
儚げでめちゃくちゃ可愛い美少女だった。
(……お、おいおい、マジかよ。超ド級の美少女じゃん
。……いや待て、別にナンパじゃないからな? 決して下心があるわけじゃない。
困っている新人っぽそうだから、先輩覚醒者として
ごく自然に親切心から声をかけるだけだからな!?)
脳内で、誰に対しての言い訳か分からない高速ツッコミを炸裂させながら
俺はフッ……と爽やかな笑み(のつもり)を浮かべて彼女に近づいた。
「どうした? 困ってんの?」
「あ……」
女の子が驚いたように顔を上げた。
その大きな瞳に見つめられ、俺の心臓が小さく跳ねる。
「はい……昨日、登録したばかりなんですけど
どの依頼を受けていいのか全然わからなくて……」
「ああ、なるほどね。新人あるあるだわ」
俺は先輩風をビュウビュウと吹かせながら、彼女の端末を覗き込んだ。
「だったら、最初はこれがいい。
この『G級ダンジョンのゴブリン討伐』。
数は多いけど、動きが単調だから実戦慣れするにはうってつけだよ」
「わぁ……! そうなんですね! ありがとうございます!」
パァッと顔を輝かせる美少女。うむ、感謝されるのは非常に気分が良い。
ここで俺の調子乗りスキルが発動した。
「どうせだったらさ、俺がついていってやろうか? 護衛ついでに指導してやるよ」
「えっ!? 本当にいいんですか!? ぜひお願いします!!」
女の子が両手を合わせて大喜びした瞬間。
――ピキィィィン。
ロビー中の男たちの視線が、一斉に俺へと突き刺さった。
周囲の空気が、嫉妬と殺意で一気に数度下がったような気がする。
「……おい、嘘だろ? あの子、さっきから大手のクランの勧誘も
ベテランのナンパも全部ガン無視してたぞ……?」
「なんであんな一般人みたいな男の誘いには一発で乗るんだよ!?」
「何者だあの男……チートか!?」
ヒソヒソと聞こえてくる覚醒者たちのざわめき。
それを聞いた俺は、内心で特大のガッツポーズを決めていた。
(勝った……!! ガン無視の鉄壁美少女を
俺が一言でオトした!! ギルマスやベテラン共、ざまぁみやがれ!!)
「あ、俺は五十嵐剣斗。よろしくな」
「私は御園凛華と言います。よろしくお願いします、剣斗さん!」
こうして俺たちは臨時のパーティを結成した。
俺は敗北者たちの凄まじい嫉妬の視線を浴びながら
ドヤ街の王様のようなステップで、凛華と共にダンジョンへと歩き出した。
(いや〜、この体になってから
マジで人生順風満帆で最高すぎるわ! モテ期って本当に来るんだな!)
***
やってきたのは、初心者向けの薄暗い洞窟ダンジョン。
「はぁっ!!」
凛華が鋭い掛け声と共に剣を振るう。
小柄な体に似合わず、彼女の剣筋は正確で
目の前のゴブリンの首を一撃で撥ね飛ばした。
「すごいじゃん、凛華! 筋がいいよ!」
「ありがとうございます! でも――」
キチキチキチッ!
凛華が仕留めたゴブリンの後ろから
別の二匹が不意打ちを狙って飛び出してきた。
「おっと、横槍は禁止だぜ?」
俺は瞬時に割り込むと、上がったステータスに任せて力任せに剣を横一文字に払った。
凄まじい風切り音と共に、ゴブリン二匹が肉片となって壁に叩きつけられる。
俺の役割は、凛華が常に目の前の敵と『1対1』で安全に戦えるように
周囲の雑魚を完璧に間引くことだ。
不意打ちも、数による押し込みも俺の圧倒的なカバー能力の前には無意味である。
(フッ……今の俺、めちゃくちゃスマートでカッコよくない?
バックアップ完璧すぎん? これもう、凛華が俺に惚れちゃう秒読み段階入ったでしょ)
脳内でお花畑のパレードを開催しながら、俺はクールに剣の血を払った。
数時間後、ダンジョンの一区画を制圧し終えたところで
凛華がふぅと息を吐いて俺に向き直った。
「ありがとうございます、剣斗さん。
いつもピンチの時に守っていただいて……本当に凄いです」
「いいって、これくらい普通普通。先輩として当然のことをしただけだからさ」
俺は前髪をサッと手でかき上げながら、限界まで格好をつけた声を出す。
「ふふ、頼もしいですね。……じゃあ、今日はこれくらいで戻りましょうか」
「おう、じゃあ報告が終わったら家まで送っていくよ」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます!」
***
帰り道、夕暮れに染まる街を二人で並んで歩く。
「いや〜、でも凛華のさっきのステップ、あれは新人とは思えなかったな。才能あるよ」
「そんなことないですよ。剣斗さんのあの力強い一撃に比べたら、私なんてまだまだです」
「あはは、まあ俺くらいになるとね? ちょっと鍛え方が違うから」
自分の自慢話を7割、凛華へのアドバイス(という名のドヤ顔トーク)を3割ほど交えながら
楽しい雑談の時間はあっという間に過ぎていった。
俺の鼻の下は、すでに伸びすぎて地面に届きそうな勢いだった。
協会に戻り、受付で手際よく魔石を換金し、依頼の完了報告を済ませる。
「じゃあ、ここで」
協会の出入り口で、凛華が振り返った。
上目遣いで、俺の顔をじっと見つめてくる。
「剣斗さん。……もしよかったら、また今度
私とパーティを組んでいただけますか……?」
そんなの、断る男がこの世にいるはずがない。
「もちろん! いつでも大歓迎だよ!
凛華からの誘いなら、いつだって予定空けるからさ!」
俺は嬉しさを必死に隠しながら、快諾した。
「本当ですか!? 嬉しい……! ありがとうございます、剣斗さん!」
凛華はパァッと満面の笑みを浮かべ、深々とお辞儀をした。
――だが。
頭を下げた瞬間、彼女の綺麗な前髪の隙間から覗いたその瞳には、
さっきまでの楽しそうな輝きも、感謝の念も、一切宿っていなかった。
まるで冷徹な機械か、あるいは獲物を品定めするハンターのような
ガラス細工のように冷たく、一切笑っていない瞳。
「それじゃあ、また連絡しますね!」
顔を上げた時には、再び弾けるような美少女の笑顔に戻っていた凛華は
軽快な足取りで人混みへと消えていった。
「よしっ……!! 次のデートはどこにしようかな〜!
美味しい店とかリサーチしとこ!」
そんな彼女の恐ろしい二面性に
1ミリどころか微粒子レベルでも気づいていない俺は
脳内ハッピー全開で、鼻歌を歌いながらスキップ混じりに我が家へと帰るのだった。




