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第52話:【聖女の密談】と【爆誕する新たなる信者】

沢井さん(ヤクザ)と橘さん(協会側近)という

裏と表の最強ネットワークから送られてきた「神宮寺豪」に関する超極秘資料。


昨晩、夜通しでその資料に目を通した私は、完全に確信していた。


(なるほどねぇ……)


ベッドの上で、私はしばらく天井を眺めた。


(神宮寺の手駒である佐々木翔は、妹の莫大な治療費を神宮寺に握られているから逆らえない。

つまり、その治療費という「鎖」さえ断ち切れれば、翔は自由になれる)


(では、どうすれば断ち切れるか)


(妹の病気を、私が治してしまえばいい)


(そしてその妹を、私の情報源にしてしまえばいい)


(完璧ね)


私は悪い顔でベッドから起き上がり、寝癖を直してリビングへ向かった。


優雅に朝食をとっている母親、高橋希に向けて、私は最高の愛娘スマイルを浮かべた。


「お母さん、おはよう。実は、お母さんにおねがいが2つあるんだけど……いいかな?」


「あら、有希。なにかしら? おねだりなんて珍しいわね」


希ママが上品に紅茶をすすりながら微笑む。


(おねだりが珍しい……か。確かに、中身がおっさんだからね。

欲しいものは自分でどうにかするのが基本姿勢よ。でも、今日は頼む方が効率的だから頼む)


「うん。1つ目はね、前に動画撮影で一緒になったヒカトさんって配信者と

昨日ノリでSNSのアカウントを作っちゃったんだけど……

フォロワーが爆発しすぎて管理しきれないの。

だから、お母さんたちにアカウントの管理をしてほしいの」


「えっ? いいの?」


希ママが驚いたように目を丸くした。


「ママ友から聞いたんだけど、有希くらいの年齢の子って

親にスマホとかSNSを見られるのを凄く嫌がるって聞いていたから、ちょっと意外だわ」


「え? 私は別にミリも嫌じゃないわよ。むしろ大歓迎」


(中身が三十路越えのおっさんだからね。

プライバシーを守るプライドより

面倒な管理作業を親に丸投げできる実利の方が一億倍大事なのよ。

これを「信頼」と呼ぶかどうかはともかく

結果として「信頼している」になるのだから、害はないわ)


「ヒカトさん曰く、変なDMや怪しい仕事の依頼

ストーカー紛いのメッセージが山ほど来るだろうから

大人が管理した方が安全だって言ってたし。お願いできる?」


「そういうことなら、もちろん協力するわよ! あなたの安全のためだもの、ママに任せなさい!」


希ママは嬉しそうに胸を張った。


(……お母さんが「頼りにされた!」という顔をしている。

罪悪感が、一ミリも湧かない。おっさんって怖いわね)


よし、第一関門クリア。


「で、もう1つの頼みはなーに?」


「あ、うん。……今日の学校、ちょっとやることがあるから『お休み』したいなー、なんて」


ピキッ。


リビングの空気が一瞬で凍りついた。


希ママの笑顔の奥から、S級覚醒者特有の凄まじい威圧感がじわりと滲み出てくる。


「……有希? それって、いわゆる『ずる休み』かしら?」


「ひっ……!」


私は本能的に短い悲鳴を上げた。


(……体力2の身体は正直だわ。前世で魔王の威圧を受けた時でも

 これほど瞬時に反応しなかった)


「い、いや! 世間体的にはガッツリ『ずる休み』になるんだけど!

どうしても今日中にやっておきたい重大な用事があるのよ。

昼間じゃないと動けない相手なの」


「用事? 誰に会うのよ」


「……病院にちょっと、頼みごとをしたい子がいて。

どうしても私の手で、今日中にカタをつけたいの」


私が真剣な目で見つめ返すと、希ママはしばらく私を凝視した後

ふぅとため息をついて威圧感を解いた。


「分かったわ。嘘をつかずに、正直に言ったから今回は許してあげる。……今日だけよ?」


「ありがとう、お母さん大好き!!」


私は速攻で準備を始めるために自室へとダッシュした。



***



おめかしをして向かったのは、都内の一等地にある大病院だ。


調査資料に記載されていた病室の前に立ち、コンコン、と軽めにノックする。


「――どうぞ」


少し弱々しい、だけど鈴の鳴るような少女の声が聞こえた。


「失礼します」


扉を開けると、ベッドの上で点滴に繋がれた

色の白い儚げな美少女が不思議そうにこちらを見ていた。


「……あの、どなたですか?」


「こんにちは。私は高橋有希。――佐々木千晶ちゃん

あなたにちょっとした協力をお願いしに来たの」


私はベッドの横の椅子にドカッと腰掛け、不敵な笑みを浮かべた。


「私のお願いを聞いてくれたら、あなたのその『治らない』って言われてる病気

今すぐ綺麗さっぱり治してあげるわよ?」


「えっ……? ど、どうして私の名前を……? それに、病気を治すなんて……」


千晶ちゃんが混乱して視線を彷徨わせる。


「そんな細かいことは今はどうでもいいでしょ。

質問は一つよ。私の提案に協力する? しない? どっち?」


「……無理ですよ。お医者様からも、現代医療じゃ無理だって言われてます。

回復者ヒーラー様に頼むにしても、家が破産するような超高額なお金がかかりますし……。

それに、世界に二人しかいないっていう最高峰の『希様』

、滅多に姿を現さないから行方すら分からないって……」


「ええ……」


私は内心で深く頷いた。


(「希様」ね。つまり私のお母さんのことね。

世界最高峰のヒーラーが行方不明扱いになっているのか。

……毎朝リビングでワイドショーを見ながら朝食を食べているけれど

確かに「どこにいるか分からない」という意味では合ってるわね)


(隠密スキルに極振りしてるのか、単純に外に出てないだけなのか、判断が難しいわ)


「まあいいわ、ちょっと失礼するね」


私は千晶ちゃんの華奢な手首を掴むと、自分の魔力をツツツーと彼女の体内に流し込んで診察を開始した。


(なるほど……。現代医療で原因不明の難病扱いされるわけだわ。

これ、ただの病気じゃない。魔力が少ない子供の頃に

悪魔の微量な呪い――いわゆる『魔素の侵食』に長い間晒され続けた結果

徐々に肉体が衰弱していく一番タチが悪いやつだわ。

魔力が一定以上あれば抵抗できるから大人はかからないけど

一度侵食されたら『浄化』で呪いそのものを消し去る以外に治す方法がないのよね。

前世(異世界)じゃ、サリアたちが各地を回ってボランティアで治してたお馴染みのやつだわ。

……うん、今の私なら余裕でいけるわね)


私は手を離し、自信満々に微笑んだ。


「私、こう見えて結構すごい回復者なのよ。本当に治せるわ。どうする? 協力してくれる?」


千晶ちゃんは私の顔をじっと見つめ、半分諦めたような、だけど一縷の望みにすがるような目で呟いた。


「……本当に治してくれるなら……何でもします」


「交渉成立ね。じゃあ、いくわよ」


私はスッと立ち上がると、病室の遮光カーテンが揺れるほどの高濃度な魔力を解放した。

千晶ちゃんの体に私の魔力を直接循環させ、崩壊している細胞や内臓器官を

力技で一つずつ根こそぎ「再構築」していく。


(うっわ、幼いの頃から蓄積された『魔素の侵食』なだけあって

浄化と肉体修復の同時並行は尋常じゃない量の魔力が吸い取られる……!

だけど、逃げるな私の魔力! 踏ん張れ私の体力2!!

今一番辛いのはお前じゃない、千晶ちゃんだ! 私はずっとそう思いながら戦ってきたんだ!)


(……体力2なのに「戦ってきた」と言えるのか私は)


(言えるわ。精神力は無限よ)


「ごふっ……!?」


盛大に口から血が噴き出た。白い服に赤いシミが広がる。


「キャーーーッ!? 大丈夫ですか!? 血が出てますよ!?」


ベッドの上の千晶ちゃんが、自分の病気そっちのけで慌てふためいて叫ぶ。


「げほっ、ごほっ……! だ、大丈夫よ。いつもの事だから気にしないで」


私は口元の血を袖で雑に拭いながら、治療を続行した。


(千晶ちゃんの目が変わった)


治療の手を止めずに横目で見ると、千晶ちゃんが「いつもの事……!?」という顔をして固まっていた。


(あ、これはまずいかもしれない。「いつもの事」という言葉が

彼女の中で何か間違った方向に解釈されている気がする)


(でも今は止められないので、後で訂正しよう)


(……絶対に訂正する機会がなくなる予感がするけど)


「――よし、これで全部完了!」


最後の細胞が繋がり、千晶ちゃんの顔にドッと健康的な赤みが差した。


それと同時に、魔力をすっからかんに使い果たした私は

膝の力が抜けてベッドの端にヘナヘナと崩れ落ちた。


「はぁー……疲れた。約束通り、完全に治したわよ?

……じゃあ次は、私の要求を呑んでもらうわよ?」


私が息を荒くしながら言うと、千晶ちゃんは突如

ベッドの上で正座をして、これ以上ないほど背筋をピンと伸ばした。


「はいっ!! 何なりとお申し付けください

 有希お姉さま!! この命、お姉さまのために捧げます!!」


「……はい?」


(今、「お姉さま」と言った)


(……また信者が爆誕したかも)


(私の周囲に信者を自動生成する呪いでもかかってるのかしら。

前世でもこういうことはあったけど、そちらは本物の英雄としての活動の結果だった。

今世は何もしていないのに次々と……いや、治療はしたわ。

でも打算で治療したのよ。それでもこうなるの? 世界は私に都合が良すぎない?)


「あ、いや、命とか重いものは要らないから。

やることは簡単よ。この手紙を、あなたのお兄さん(佐々木翔)に渡してほしいの」


私は空間ポーチから、あらかじめ用意しておいた一通の手紙を取り出して手渡した。


「もちろん、あなたの病気が完全に治ったことは、お兄さんを含めて全員に内緒ね?

担当のお医者さんにも上手く口裏を合わせてもらいなさい。

『今はお兄様が大事な時期だから、治療に成功したと知ったら集中が切れてしまう。

だから完全に退院できるまで伏せておきたい』とでも言っておけば

お医者さんも納得するでしょう」


「分かりました! お姉さまの深謀遠慮、恐れ入ります! すべて私にお任せください!」


千晶ちゃんは手紙を神聖な儀式のように両手で受け取り、目をキラキラと輝かせた。


「あの、お姉さま! 不躾ながら、お姉さまといつでも連絡が取れるように

連絡先を教えていただくことは可能でしょうか……!?」


「あ、うん。いいわよ。はい、これ」


断る理由もないので、連絡先を交換した。


「それじゃあ、私はこれで帰るわね。また来るわ」


「はい! お待ちしております、有希お姉さま! お気をつけてお帰りくださいませ!」


千晶ちゃんは立ち上がって最敬礼で私を見送った。


点滴が抜かれていた。


先ほどまで自力で立てなかったはずの少女が、背筋をピンと伸ばして立っている。


(……ちゃんと治ったわね。よかった)


(打算で治療したけど、よかったと思っている)


(おっさんって、つくづく単純ね)



***



病院の帰り道。


私は口元の血を拭き取りながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


(整理しよう)


(神宮寺が翔を縛り付けていた「鎖」は、妹の治療費だった。

その治療費を消滅させ、妹を情報源にした。

手紙の内容は「あなたの妹の病気を治せる、私に協力するなら

治してあげるわ。返事を期待しているわと書いた。)


(あとは待つだけね)


私は空を見上げた。


良い天気だった。


(早く家に帰って横になりたい。体力2が限界を知らせている)


「ふふふ……平和な引きこもりライフへの道は、一歩ずつ着実に」


私はそう呟いて、帰路についた。


まあ、結果的に一人の少女の難病を治して、一人の青年を不当な支配から解放しようとしているのだが。


それはあくまでも、副産物だ。


(……副産物なのに、なんでこんなに達成感があるんだろう)


(まあ、いいわ)


私は考えるのをやめ、足を速めた。


麦茶が飲みたかった。

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