第50話:【バズる日常】と【欲望が生み出す通信革命】
月曜日の朝。
学園の門をくぐった瞬間から、私はかつてないほどの視線を全身に浴びていた。
(……何? なんなの? 今日やけに見られるんだけど)
すれ違う生徒たちが、チラチラと私を見てはヒソヒソと耳打ちをしている。
(寝癖が芸術的な爆発でも起こしてる?)
私は面倒くさいのでSNS通知を全てオフにしている。
そのため、昨晩のヤケクソで作ったアカウントが一晩でフォロワー50万人を突破し、
「謎の美少女AKI、ついに身元特定か」というネットニュースのトップを飾っている事実を
この時の私はまだ全く知らなかった。
知る手段がなかった。
(……まあ、気にしても仕方ない。授業が始まるわ)
教室の扉を開けると、待ち構えていたかのように花梨が猛ダッシュで突っ込んできた。
「有希ちゃんっ!! おはようございます!!
昨日の配信、もう控えめに言って神の降臨でした!
あんなに尊いお姿を世界に無料公開してしまうなんて
人類にはまだ早すぎます!!」
「え、あ、おはよう花梨ちゃん。
……っていうか、昨日のはただ料理した(させられた)だけでしょ?
あんなのバズる要素なんてミリもなかったわよ?」
「あります!! むしろミリどころか1億デシベルくらいありました!!」
「デシベルは音の単位よ」
「有希ちゃんの破壊力を表現する単位がまだこの世に存在しないんです!!」
(……信仰心の圧が、今日も重い)
後ろから呆れた顔をした香澄が歩み寄ってきた。
「おはよう、有希。……あんた、自分の破壊力を少しは自覚しなさいよ
あの過激なオフショル衣装に加えて、トドメの『お兄ちゃんムーブ』よ?
今朝のニュース、あんたの切り抜き動画の話題で持ちきりだったわよ」
「……うっ」
思い出したくない黒歴史を掘り返され、私は机に突っ伏した。
(あれは羞恥心が限界を突破した結果のバグなのよ……!
前世でおっさんだった私が『お兄ちゃん♡』とか、思い出すだけで胃液が逆流しそう……)
「まあいいわ」
香澄は私の背中をポンポンと叩きながら本題を切り出した。
「今週の自由訓練日、ダンジョンに行かない? そろそろしっかりレベルを上げておきたいの」
「ん、いいわよ。もちろん花梨ちゃんも行くよね?」
私が顔を上げて確認すると、花梨は両手を組んで天を仰いだ。
「当然です! 有希ちゃんがいらっしゃるなら
そこが灼熱の地獄だろうと私にとっては天上の花園です!!」
「……灼熱の地獄と天上の花園が同義になってるわね」
「有希ちゃんがいれば全部天上の花園です!!」
(この子は本当に大丈夫なのだろうか)
「じゃあ決まりね。申請の手続きは、有希にお願いするわ」
「えっ、なんで私が? 面倒くさ……コホン。リーダーの役割って大変じゃない?」
すると香澄がチッチッと指を振った。
「あのね、ランクを上げるには『パーティリーダー』の経験が必須なのよ」
「へえ」
「リーダーをしないと協会への功績値が貯まらないから
固定パーティでは順番にリーダーを回すのが普通なの」
「だから、野良パーティなんてほとんど存在しないわ。野良でリーダーをやってる人は、よっぽどの人望がある聖人か、逆に曰く付きのヤバい奴の二択ね」
「……私はどっち?」
香澄が三秒考えた。
「……聖人扱いされてるヤバい奴」
「なるほど」
(反論できない)
「まあ、ランクを上げておけば理不尽な絡まれ方とか面倒なトラブルが格段に減るわよ?
依頼の単価も跳ね上がるし、何より強さの証明になるわ。
まあ、Bランク以上はランキング戦に出場する必要があるけど」
「ランキング?」
「ええ。Bランク以上は明確に順位で分けられるの。
1位〜10位が【SSランク】。11位〜50位が【Sランク】。
51位〜300位が【Aランク】。それ以下が【Bランク】って感じね。
ただ、このランキング戦は滅多に開催されないわ。
だって、専属の回復者の付き添いが必須だから」
「回復魔法を使える人を雇えばいいじゃない」
「雇えるわけないでしょ。回復を使える覚醒者なんて
世界中を探しても300人いるかどうかよ?」
「……えっ? そんなに少ないの?」
私は思わず目を見開いた。
(……待って。それって)
(私、その「世界中で300人以下」の一人なんだけど)
「そうよ? 有希が学園でVIP待遇を受けているのも
回復が使えるっていう理由が一番大きいのよ。回復持ちってだけで
一定の地位は確約されたようなものなんだから。
ちなみに現在世界最高位はSランクなんだけど、Sランクは世界でたった2人だけ。
そのうちの1人が『高橋 希』様よ。
有希も同じ苗字だけど、もしかして、お母様だったりする?」
「ち、違うかなー」
私はあからさまに目を逸らした。
(ドンピシャである)
(そして今初めて気づいたが、私の魔力ランクはSランクの母親より高い可能性がある)
(……考えるのをやめよう)
「ふーん。まあ、『高橋』なんて日本中そこら中にいるからね」
香澄はあっさりと引き下がり、クスッと笑った。
「まあ、可愛いっていうのもあるけどね? そっちが8割だと思うわよ」
「……残り2割は回復魔法ね」
「そう」
「つまり私の存在価値の2割は回復魔法ね」
「そうなる」
「なんか悲しくなってきた」
「悲しくなるところがおかしいでしょ」
(……まあ、確かに)
そんな雑談を交えながら
私は押し寄せる視線に耐えつつ午前の授業を消化していった。
***
午後。
「ぜぇ……はぁ……。旧校舎……また来てしまった……」
私は息を絶え絶えにしながら、付与装備部の部室の前に辿り着いた。
(何回登っても、この階段は私を殺しにくる)
(体力2という数値の意味を、この階段は毎回丁寧に教えてくれる)
(いつか慣れるかと思っていたが、慣れる気配がない)
「ぜぇ……はぁ……つ、着いた……」
「おっ! 有希ちゃん、いらっしゃい!」
部室の奥から、ゴーグルをおでこに乗せた巧兄さんが満面の笑みで出迎えてくれた。
「有希ちゃん、例の依頼の件なんだけど
とりあえず1丁だけでいい? それとも、予備でもう1つ作っておく?」
「……うーん。2つ、作ってください。
ただ……トリガーは無しのタイプでお願いします」
「トリガー無し?」
巧兄さんが首を傾けた。
「……なるほど、有希ちゃんの魔力操作なら、物理的な引き金を引くより
魔力で直接撃発機構を動かした方が速いしブレないってことか」
「はい。指を動かすカロリーすら節約したいので」
「……それ、本気で言ってる?」
「本気です」
「指の動作カロリー……」
「積み重なれば大きいですよ」
「……相変わらずの徹底ぶりだね!」
巧兄さんは苦笑しながら、タブレットに詳細な仕様を書き込んでいく。
「分かった! 数日もあれば、完璧なものを仕上げてみせるよ」
「ありがとうございます。……あ、そういえば巧兄さん。
ダンジョンの中って、やっぱり配信とかネット通信はできませんよね?」
「うん? そうだね。ダンジョン内は特殊な魔力場に覆われているから
外の電波は一切遮断されちゃうんだ」
その言葉を聞いて、私はニヤリと口角を上げた。
(……思った通りだ)
先日、巧兄さんと一緒にダンジョンの魔力構造を研究していた時
私はある確信に辿り着いていた。
「巧兄さん。私と一緒に、『魔力変換器』を作りませんか?」
「変換器?」
「ええ。ダンジョンのゲートを構成している膨大な魔力を解析して
それをネット通信の信号に変換して飛ばすんです。私が魔法陣の構造をいじって
巧兄さんの付与技術でハードウェアを組めば……絶対にいけそうなんですよね」
「……ッ!!」
巧兄さんの目の色が、エンジニア特有の熱を帯びた。
「いいね! やろう!! もしそれが出来たら、遭難死を劇的に減らせるし
世界的な大発明になるよ! どうすればいい!?」
「実はですね――」
私たちはホワイトボードに数式と魔法陣を書き殴り、時間を忘れて詰め始めた。
気がついたら窓の外が暗くなっていた。
「高橋! 御子柴! 何時だと思ってるんだ! いい加減帰れ!!」
見回りに来た教師が扉を蹴破る勢いで怒鳴り込んできた時
私たちは揃って「あ」という顔をした。
巧兄さんが「すみません」と頭を下げた。
私が「お邪魔しました」と会釈した。
教師が「お邪魔じゃなくて帰れと言ってる!」と怒鳴った。
私たちは帰った。
***
帰り道、夜風に吹かれながら私は一人ほくそ笑んだ。
(これが完成すれば……!)
私がこの「魔力Wi-Fi」を開発しようと思った理由は、シンプルだ。
(ダンジョン探索中、花梨ちゃんと香澄ちゃんが前衛で戦っている間
後方で安全にソシャゲの周回とmyTube鑑賞ができるようになるから!!)
ただそれだけだ。
人類を救いたいとか、通信革命を起こしたいとか、そういう崇高な志は一切ない。
ソシャゲがやりたい。myTubeが見たい。ダンジョンの中で。
以上だ。
(……あと、遭難した探索者が助かるようになったり
緊急事態の連絡が取れるようになったりするのは、まあ、うれしいけど)
(そっちはおまけよ、おまけ)
後日、この「魔力変換器」が世界の通信インフラに歴史的革命をもたらすことになるのだが。
その開発動機が「ダンジョン内でのソシャゲ周回とmytube鑑賞」だったと知るのは
しばらく先のことである。
巧兄さんには、絶対に言わないでおこう。
私はそう心に決めながら、夜道を帰った。




