第49話:【休日の蹂躙】と【公開処刑(同時視聴)】
日曜日。
本来であれば、一週間の疲れを癒やすためにベッドの上で
スライムのごとくドロドロに溶けているべき神聖な日。
「……週に二日しかない休みなのに
どうして二日とも予定がギッシリ入っているのかしら。
前世のブラック企業も真っ青の稼働率じゃないの」
私は昨日と同じように車の後部座席に揺られながら、深い深呼吸と共に愚痴をこぼしていた。
行き先は『覚醒者協会』の本部。予定はなんと二本立てである。
一つは協会トップである勲会長からの直接の呼び出し。
もう一つは、超人気配信者ヒカトさんとのコラボ配信だ。
昨日の夜、「明日の配信、協会本部でやらない?」と急遽連絡が来て
渋々承諾したのだった。
(体力1の非力な美少女(中身はおっさん)をこんなに働かせるなんて
この世界の労働基準法はどうなっているのよ……)
協会本部に到着すると、すでにエントランスで
待機していた会長秘書の橘さんが、恭しく頭を下げて出迎えてくれた。
「高橋様、お待ちしておりました。会長室へご案内いたします」
VIP待遇で最上階へ直行し、重厚なドアをノックして中へ入る。
「おお、よく来たな、有希君」
マホガニーの巨大なデスクの奥から、勲会長が鷹のような鋭い目を和ませて笑いかけてきた。
私はソファにどっかりと腰を下ろすと、単刀直入に切り出した。
「それで、休日の私を呼び出して何の用かしら?」
相手は日本の覚醒者を束ねるトップ中のトップだが
私は別にこの組織で出世したいわけではないので、態度は据え置きである。
橘さんが後ろで少し胃を押さえた気がしたが、見なかったことにする。
「ははは、相変わらず肝が座っておるな。実は、君に二つ頼みがあってな」
勲会長は葉巻を灰皿に置き、真剣な表情を作った。
「一つ目は、ワシと『回復の専属契約』を結んでほしいのだ。
先日、君に回復魔法をかけてもらってからというもの
すこぶる体調が良くてな。肩こりも腰痛も消え、まるで三十代に戻ったかのようだ。
あれは我が協会のトップヒーラーである希君ですら不可能な御業だった」
(そりゃあね。私の回復魔法、状態異常はおろか寿命のすり減りすら強引に回復させるチート仕様だし)
「君には、ワシが裏で様々なトラブルから君を守る代わりに
ワシが指定した重要人物だけを秘密裏に癒やしてほしい。
もちろん、君の負担にならない範囲で構わん」
「……なるほど。私を専属の『神農』にする代わりに
パトロンになってくれると。悪くないわね」
「話が早くて助かる。そして二つ目だ」
勲会長がデスクの上のタブレットを操作する。
「昨日公開された、君とヒカト君が共演した協会のPR動画……あれの反響が凄まじくてな。
問い合わせの電話が鳴り止まぬ状態だ。
そこで、今度新しくできるダンジョン訓練施設の撮影も君に依頼したい。
相手はまたヒカト君だ。実はこの依頼、ヒカト君本人からの強い要望でもあってな」
「……また撮影?」
私が顔をしかめると、勲会長はニヤリと笑った。
「受けてくれるな? もちろん、最初の契約の件も含めて
報酬は君が一生遊んで暮らせるだけの『満足する額』を即金で用意しよう」
(……一生遊んで暮らせる額!!)
脳裏に、昨日巧兄さんの工房で注文した『超高純度ミスリル製の特注魔道銃』の支払いがよぎる。
あれ、命がかかってるから「金に糸目はつけない」って言ったけど、絶対目ん玉飛び出るくらい高い。
お金はいくらあっても困らない!
「……ふふっ。そこまで私を必要とするなら、仕方ないわね。受けてあげる」
私は余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「そうか、助かるぞ! ……ところで、何か学園で変わったことはないか?
トラブルの種があれば、契約通りワシが事前に摘んでおくが」
「変わったこと……ああ、そういえば近々行われる実習で
『神宮寺豪』っていう人とパーティを組んでダンジョンに
行くことになったくらいよ」
私がそう言った瞬間、勲会長の目の奥が、スッと冷たい光を帯びた。
「……神宮寺、か」
「知ってるの?」
「ああ。少しきな臭い噂のある男の血縁でな……。橘、至急裏を取って調査させろ。
何かあれば、すぐに彼女へ連絡を入れるように」
「はっ、承知いたしました」
橘さんが手帳に素早くメモを取る。さすが協会トップ、動きが早い。
その後、少しだけ雑談をしてから私は立ち上がった。
「そろそろ行くわ。ヒカトさんと配信の約束があるし」
「そうか。ワシの部屋にはいつでも来るといい。期待しているぞ、有希君」
***
ヒカトさんとの約束の部屋(協会内にある防音完備の配信専用スタジオ)の
ドアをノックし、中に入る。
「失礼しまーす……って、何してるのこれ?」
私が部屋に入るなり声を上げると、ヒカトさんがエプロン姿で笑顔を振りまいてきた。
部屋の中央にはなぜか本格的なキッチンセットが組まれ
部屋の隅にはズラリと大量の衣装がかかったハンガーラックが並んでいる。
「あ、有希ちゃんお疲れ様! 挨拶もそこそこに驚かせちゃったかな。
今日は料理の準備と、有希ちゃんの着替えを用意してたんだ!」
「……料理は百歩譲って理解するとして、着替え?」
「うん! 実は今日の配信、有希ちゃんに色々な服を着てもらいながら
一緒にお料理を作ろうかと思って!
もちろん、プロのスタイリストさんにも来てもらってるよ!」
奥から「よろしくお願いしまーす!」と元気な女性スタッフが顔を出した。
(やられた……!)
昨日、ヒカトさんから「明日の配信内容、どうする?」と連絡が来た時
めんどくさくて『お任せします。私は何でもいいので』と返信してしまったのだ。
あの時の自分をフルスイングで殴りたい。
「……わかりました。お任せした以上、まな板の上の鯉になります」
私が遠い目で頷くと、ヒカトさんは嬉しそうにパチパチと手を叩いた。
それから手早く配信の段取りを打ち合わせし
スタイリストさんにいじくり回されて可愛いフリフリのエプロン姿に着替えさせられた後
ついに配信開始の時間がやってきた。
『はい! 始まりましたー! みんなこんヒカ!』
ヒカトさんがカメラに向かって、トップ配信者特有のキラキラした笑顔を向ける。
『今日はタイトルの通り、超特別なゲストをお呼びしてのコラボ配信となります!
昨日公開したPR動画で話題沸騰中の、とある方です! それでは自己紹介をどうぞ!』
促され、私はカメラの前にスッと立った。
「……こんにちは。初めまして、AKIです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げ、営業用の『清楚な微笑み』をカメラに向ける。
その瞬間。
傍らに置かれたモニターのコメント欄が、滝のような、
いや、濁流のような勢いで流れ始めた。
【コメント欄】
[キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!]
[うおおおおおおお!! マジで本物だあああ!]
[顔面偏差値カンストしとる]
[画面が割れるかと思った(美しすぎて)]
[AKIちゃん! 昨日からファンです!]
[エプロン姿!? 破壊力エグいんだが!?]
[俺の寿命が10年延びた]
「すごい勢いですね……文字が速すぎて読めません」
私が目を丸くすると、ヒカトさんが得意げに笑った。
「あはは、僕の枠でここまでコメントが加速するのは久しぶりだよ!
AKIちゃんパワー恐るべしだね。
さて! 料理を始める前に、今日はまずウォーミングアップとして
みんなと一緒に『アレ』をやりたいと思います!」
「アレ、ですか?」
「うん。昨日公開されて、すでに再生回数500万回を突破した協会のPR動画!
あれの【同時視聴】をやりまーす!」
「――は?」
私は思わず素の低い声を出してしまった。
「え、ちょっと待ってくださいヒカトさん。
私、そんなこと一言も聞いてないんですけど!?
まさか私を何百万人の前で公開処刑して辱めようとしてるんですか!?」
「辱めるだなんて人聞きの悪い! みんなAKIちゃんの動く姿を見たいんだよ!
それじゃあ再生ポチッとな!」
画面の端に、昨日公開されたPR動画のワイプが表示される。
壮大なBGMと共に、神々しい光が差し込む神殿の奥から
純白のドレスに身を包んだ私がゆっくりと歩いてくるシーンだ。
『迷える魂に、導きを――』
画面の中の私が、憂いを帯びた瞳(※早く帰りたいと思っていた時の目)で虚空を見つめ
静かに手を差し伸べている。
「うわあああああああ!! やめてえええええええ!!」
私は顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込んだ。
【コメント欄】
[草]
[本人のリアクション可愛すぎwww]
[公開処刑www]
[いやこれガチで映画のワンシーンだろ]
[『迷える魂に導きを(CV:天使)』]
[神々しすぎる……(拝む)]
「違うの!! 視聴者のみんな、騙されないで!
これただ突っ立ってるだけだから! 私、何もしてないの!」
私はモニターに向かって必死に弁明した。
「セリフだってカンペを棒読みしただけだし、
この物憂げな表情とか言われてるのも『早く撮影終わって帰ってゲームしたいな』って
思ってた時の死んだ目だから! なんでこれが絶賛されてるのか意味がわからないわよ!」
【コメント欄】
[帰ってゲームしたい(尊い)]
[死んだ目からしか得られない栄養素がある]
[言い訳すればするほど好感度が上がっていくバグ]
[ただ突っ立ってるだけでこのオーラは才能の塊なんよ]
[恥ずかしがってるの最高ですTSKR(助かる)]
動画が終わり、私は両手で顔を覆って燃え尽きていた。
「……もうお嫁に行けない」
「あはははは! AKIちゃん最高だよ!」
ヒカトさんは腹を抱えて大爆笑している。
「いやでも本当に凄い反響だったんだよ?
AKIちゃんよかったねぇ。あの演技、監督も大絶賛だったんだから」
「褒められるようなことは本当に一つもしてないです……。
ただそこに置かれていただけのオブジェです……」
「ははは! AKIちゃんは『そこにいてくれるだけ』で絵になるから大丈夫だよ!
さあ、恥ずかしがったところでお腹も空いたし、一緒にお料理作ろうか!」
こうして、何百万人の視聴者に見守られながら、
体力1の虚弱美少女(中身は面倒くさがりのおっさん)とトップ配信者による
カオスな料理配信が幕を開けたのだった。




