第48話:【聖女のスタジアム降臨】と【無自覚な素材厳選】
第48話:【聖女のスタジアム降臨】と【無自覚な素材厳選】
週末。私はなぜか、とある部活の遠征試合会場へと向かう車の中にいた。
(……なぜ私はここにいるのだろうか)
(休日だ。休日のはずだ。
今日は御子柴部長の工房に行って、新しい銃の打ち合わせをするはずだった)
(それがなぜ、スタジアムに向かっているのか)
数日前の担任教師の顔が脳裏に浮かんだ。
「頼む高橋! 週末の試合、どうしても来てくれ!
お前が座っているだけでいいから!」
涙ながらの懇願だった。
(断るのもエネルギーを使う。行った方が早い、と判断したのが失敗だったわ)
私の通う学園には、覚醒者だけでなく普通科の学生も在籍している。
そしてどういうわけか、「体力2だから極力動きたくない」という
省エネ聖女ムーブが普通科にまで歪んだ形で波及し
今や学園全体の「歩くパワースポット」扱いになっていた。
(……私が何もしていないのに、なぜこういうことになるのかしら)
せめて快適に過ごそうと
「一番締め付けが緩くて座っていても疲れない清楚系の私服」を選び
移動は如月組の沢井さんに頼んだ。
「ありがとうございます、沢井さん」
「姐御、『沢井』と呼び捨てで構いませんぜ?」
「外で聞かれたら私の学園生活がバグるから、このままで。
……ところで、頼みたいことがあるの」
「何なりと」バックミラー越しに鋭い目が光る。
「神宮寺豪っていう3年生と、佐々木翔っていう2年生について調べてちょうだい。
近々、実習で同じパーティになるのよ」
「神宮寺……あァ、あの政治家モドキの倅ですな。
わかりやした、裏の裏までひっくり返して調べておきますわ」
さすが如月組、話が早い。
「着きやしたぜ、姐御」
「ありがとう。応援が終わったら迎えに来てほしいのだけど
大丈夫かしら?」
「当然です。いつでもご連絡を」
ヤクザ特有の完璧なドア開けエスコートを受け、車を降りた。
スタジアムの関係者入り口で、首を長くして待っていた担任が私の姿を見るなり駆け寄ってきた。
「よく来てくれた、高橋! 本当に助かった!」
「こんにちは、先生。私、サッカーのルール
全然知らないんですけど本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ! ベンチの特等席を用意してある!
座って、ただ微笑んでいてくれるだけでいい!」
(……注文が完全に置物に対するそれだ)
(まあ、座っているだけなら体力を使わない。好都合だわ)
***
先生は私を試合前ミーティング中の部員たちの元へ連れて行き
パンパンと手を叩いた。
「おい野郎ども! 高橋に来てもらったぞ!
高橋が見ている前で、無様なプレイをするなよ!」
部員たちの目が、一瞬で変わった。
(……なんだその目。獲物を見つけた獣みたいな目をするな)
「高橋、一言いいか?」
「えっ、あ、はい。……みなさん、怪我のないように頑張ってください」
困った時はこれ。営業スマイルをフル活用し
慈愛に満ちた聖女の微笑みを投げかけた。
部員たちが、全員固まった。
何人かが天を仰いだ。
一人が小さく「尊い……」と呟いた。
「よし、挨拶!」と先生が促すと。
「「「はいっ!!! 命に代えても勝ちます!!!!」」」
地響きのような怒号が返ってきた。
(……サッカーだから。命は懸けなくていいから)
***
試合が始まった。
前半戦、相手チームに1点を先制されてしまう。
ベンチに戻ってきた部員たちは全員、世界の終わりのような顔で肩を落とした。
「聖女様の前で……失態を……!」
「俺は切腹する」
「切腹はやめなさい」
「「「……切腹は……やめます……」」」
(やめます、じゃなくて最初からやるな)
「みなさん、サッカーで負けることは珍しくないでしょう。
後半で取り返せばいいんじゃないですか?」
「「「ハッ……! 聖女様のお言葉……!」」」
(普通のことを言っただけよ)
重い空気のまま後半に突入したら私の帰宅が遅くなる。
それだけは避けたい。
私はメガホンを取り、ピッチに向かって声を張り上げた。
「みなさーん! 早く勝って美味しいご飯食べに行きましょうー! 頑張ってー!」
(訳:早く勝て。そして私を帰らせろ)
静寂。
ピッチ上の選手たちが、全員止まった。
全員が、こちらを見た。
「…………」
「…………有希ちゃんが」
「…………俺たちに『頑張って』って」
「「「ルォォォォォォオオオオオオ!!!」」」
後半戦が始まった瞬間、我が校の部員たちの動きが完全に変わった。
前半の三倍のダッシュ。相手ディフェンダーをなぎ倒すドリブル。
後半10分で同点に追いつき
終了間際、フォワードの選手が「〇〇様見ててくれェェェ!!」と
叫びながら弾丸シュートを叩き込んで逆転。
2対1。逆転勝利。
試合終了のホイッスルが鳴った瞬間
部員たちは歓喜の声を上げながら
全員がベンチの私に向かってスライディング土下座を決めてきた。
十一人が、綺麗なフォーメーションで、揃って土下座した。
「…………」
私は固まった。
(……これは)
(何?)
(サッカーの勝利の後、これをするのが普通なの?)
(私の知識では普通ではないと思うんだけど)
先生も「高橋、お前は我が部の勝利の女神だ!」と大号泣している。
「おめでとうございます」
私はとりあえずそれだけ言って、速やかに逃げた。
***
即座に沢井さんを呼んで車に飛び込んだ。
「お疲れ様でした、姐御。次は付与術部の部長さんのご自宅ですな」
「ええ、お願い。もうすぐ着くから
手前で下ろしてちょうだい。調査の件、よろしくね」
「合点がいきやした。お気をつけて」
御子柴家の工房のインターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい、有希ちゃん! さあ、奥の工房へ」
案内された工房は、金属の焦げる匂いと魔道具の魔力残滓が漂う本格的な場所だった。
前世の男心が少しワクワクする。
奥には、頑固そうな、しかし優しげな目をした初老の男性が作業台に向かっていた。
「親父、付与術部の後輩の高橋有希ちゃんだよ」
「初めまして、高橋有希です。特注の件で無理を言ってしまい、申し訳ありません」
「いやいや、礼儀正しいお嬢さんだ。さて、要望は魔道銃だったね。具体的には?」
「軽くて、私の全力の魔力出力に耐えられる頑丈なものがいいです。扱いやすいサイズで」
(体力2だから重い武器を持ったら腕が折れるし
魔力に耐えきれずに爆発されたら即死する。これは死活問題よ)
「軽さと高耐久の両立か。一番贅沢で難しい部類だが……素材を触って確かめてみてくれ」
作業台に並べられた素材に、ごく微量の魔力を通してみた。
大半は亀裂が入ったり、拒絶反応を起こしたりした。
一つだけ、鈍い銀色に輝く金属塊に触れた瞬間
私の魔力を滑らかに深く吸い込んでいくものがあった。
「……これ、すごく気持ちよく魔力が通ります。これがいいです」
巧兄さんと巧父の顔が、同時に引きつった。
「有希ちゃん……それを選ぶかい」
巧兄さんが苦笑する。
「お嬢さん、恐ろしいな」巧父が髭を撫でた。
「それは深海迷宮の最下層でしか採掘されない神銀の超高純度原石だ。
軽さも魔力伝導率も耐久性もピカ一だが……かなり高くなるぞ?」
「お金は大丈夫です」
(命がかかってるんだもの。金に糸目はつけないわよ)
「気に入った! 職人魂に火がついたよ。最高の一挺を作ってやる」
夕方までみっちりと打ち合わせが続いた。最高の武器が手に入る予感に
私は終始ホクホク顔だった。
自分のSNSのフォロワー数が非公式アカウントを含めて30万人を突破したことなど
1ミリも気づかないまま。




