第47話:【イケメンの裏事情】と【無自覚な週末の約束】
第47話:【イケメンの裏事情】と【無自覚な週末の約束】
午後の訓練が終わった。
「終わった」という言葉の意味を、私はこの身体になってから改めて学んでいる。
普通の人間にとって「訓練が終わった」とは「疲れた、休もう」という意味だ。
体力1の人間にとって「訓練が終わった」とは
「生きている、奇跡だ」という意味だ。
(……今日は何をしたっけ。見学と、バフをかけただけのはずなのに
なぜこんなに死にかけているの)
HPがマイナスに突入しそうな身体を引きずって教室を出ようとした時
教官に呼び止められた。
「高橋、ちょっといいか」
「はい……ゼェ……ハァ……なんでしょうか……」
「2週間後にダンジョン実習がある。
1年から3年の混合パーティだ。割り振りはもう決まってる。
注意事項はこの紙に書いてあるから読んでおくように」
ペラリと一枚のプリントを渡される。
「ありがとうございます……」
息を整えながら自分の欄を探した。パーティメンバーは二人。
『3年:神宮寺 豪』
『2年:佐々木 翔』
(上級生か。知らない人たちだけど……まあ、私が壁にならなくていいなら誰でもいいわ。
むしろ上級生の方が強い分、私が後ろで温存できる。好都合)
私はプリントを折りたたんでポケットに突っ込み、着替えを済ませて廊下へ出た。
本日のメインイベント、付与術部の部室へ向かう階段との闘いが始まる。
***
「君が、高橋有希ちゃんだね?」
廊下を歩いていた時、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには見事なまでのテンプレイケメンが立っていた。
サラサラの髪。高身長。完璧な笑顔。背後にバラの花が見える気がした。
(……前世で、このタイプには散々煮え湯を飲まされた)
(合コンで隣に来るタイプ。誰でも笑顔にするタイプ。信用してはいけないタイプ)
私の中の三十年分のイケメン警戒センサーが、静かにアラームを鳴らした。
「あ、はい。そうですが……?」
「急に呼び止めてごめんね。僕は3年の神宮寺豪。
今回の実習で同じパーティになったから、挨拶しておこうと思って。よろしくね!」
(……笑顔が完璧すぎる)
(完璧すぎる笑顔は、大抵の場合、何かを隠している)
「高橋有希です。支援系です。よろしくお願いします、神宮寺先輩」
「うん、よろしく! 当日は僕がリーダーするから安心して。
もう一人の佐々木は今日予定があって来られなくてね。彼からもよろしくって」
「そうなんですね。わざわざありがとうございます」
「じゃあ、引き留めてごめんね。当日、楽しみにしてるよ」
爽やかに去っていく背中を見送りながら、私はため息をついた。
(……「楽しみにしてる」。この台詞を本当に楽しみにしている顔で言える人間が
この世界に何人いるのかしら)
(まあ、実習まで時間がある。それまでに少し調べておこう)
***
「ぜぇ……はぁ……ひゅー……っ」
三階の部室のドアを開けた瞬間、私は床に崩れ落ちた。
這いずるように中へ入ると、御子柴が作業の手を止めて駆け寄ってきた。
「ゆ、有希ちゃん!? 大丈夫かい!? 顔面が蒼白を通り越して
ちょっと向こうが透けて見えそうなんだけど!?」
「巧兄さん……階段が……階段が私を殺しにきています……」
「有希ちゃん、それ毎回言うね!? 毎回!? そろそろ慣れない!?」
「慣れません。毎回死にかけています」
「……本当に大丈夫なの!? 医務室行く!?」
「大丈夫です。お茶があれば生きられます」
「……わかった、待ってて」
御子柴が急いでお茶を淹れてくれた。パイプ椅子に座らせてもらい
温かいお茶を一口飲んで、私はようやく人権を取り戻した。
「ありがとうございます、巧兄さん」
「よかった……。もう少し自分の身体、大事にしてよね」
「努力します」
「努力してこれなんだもんなぁ……」
御子柴が遠い目をした。心配してくれているのは分かる。ありがたい。
「そういえば巧兄さん、2週間後のダンジョン実習で
神宮寺っていう先輩とパーティを組むことになったんですが」
「えっ」
御子柴の手が止まった。
「神宮寺……神宮寺豪先輩と?」
「はい。さっき廊下で挨拶されました。すごく爽やかな人でしたけど」
「……うん」
御子柴が少し口元に手を当て、何かを考えるように視線を落とした。
「あんまりこんなこと言いたくないんだけど」
「言ってください」
「神宮寺先輩、気をつけた方がいいかもしれない」
「やっぱり」
「……やっぱりって言った? 今」
「会った瞬間からそう思ってました。なにかあるんですか?」
御子柴が少し安堵したように、それから声をひそめた。
「僕の実家、魔道具の工房をやっててね。
色んなお客さんと会うし、情報も入ってくるんだ。
神宮寺議員……つまり先輩のお父さんの、良くない噂を耳にすることがあって」
「お父さんが、ということは」
「先輩自身にも、外での黒い噂がある。
学園の中じゃ完璧な優等生だけどね」
「なるほど」
私は一口お茶を飲んだ。
(やっぱり。イケメン危険センサー、正常だった)
完璧すぎる人間には必ず裏がある。
しかも政治家の息子で、学園の外では黒い噂がある。
(情報収集が必要ね。まあ、手段はいくらでもある)
「情報ありがとうございます、巧兄さん。助かりました」
「うん……有希ちゃん、怖くない?」
「怖いわよ。だから手を打ちます」
「手を打つって……有希ちゃんが一人で何かするの?」
「いくつか方法があります。それより」
私は向き直った。
「巧兄さん、魔導銃って作れますか?」
「え? ま、魔導銃? 急にどうしたの?」
「前に使ってたやつが壊れちゃって。神宮寺先輩の件もあるし
護身用に新しいのが欲しいんです。
特注で作ってほしいんですが、お金は出しますから」
「特注かぁ」
御子柴が頭を掻いた。
「ここじゃ設備が足りないから、うちの工房に来てもらうことになるけど……」
「大丈夫です。いつ行けますか?」
「い、いつって……さすがに今日はもう遅いし」
「週末は?」
「週末……まあ、空いてるけど……」
「では週末にお邪魔します」
「あ、あははは……有希ちゃん、押しが強いなぁ……」
御子柴が苦笑いした。断れない理由がある。
シブリング制度上の「妹」が頼んでいて
工房の後継者として技術交換を約束した相手でもある。
断るという選択肢が、物理的に存在しなかった。
「楽しみにしてます、巧兄さん」
「う、うん。僕も……楽しみにしてるよ」
御子柴の耳が少し赤くなっていたが
私は武器の設計図を頭の中で描き始めていたので気づかなかった。
新しい武器が手に入る。護身用の準備ができる。完璧だ。
私はホクホク顔で部室を後にした。
神宮寺の情報収集。新しい銃の設計。実習までの準備。
やることが多い。体力が足りない。
(まあ、できる範囲でやるわ)
私はそう結論づけ、帰宅した。
修平からオービットに「有希、週末どこ行くの?」というメッセージが来ていたが
翌朝まで気づかなかった。




