第46話:【サリア(カイト)編】大恩人(推し)発見! 暴走する前世乙女の愛
「っ……!」
画面を見つめるカイトの手が、ピタリと止まった。
スウェーデンの自室。夜。日課である『日本の覚醒者ニュース』を検索していた指が
ある見出しに釘付けになる。
『超新星・五十嵐剣斗、C級ダンジョンを単独攻略!
スタッフを無傷で守り抜き、ボスを一撃粉砕!』
カイトは弾かれたように身を乗り出し、食い入るように添付動画を再生した。
画面の中に、一人の青年が映っていた。
見覚えのある顔。前世の記憶の中にある姿より若々しく
精悍さを増した――でも、確かに知っている大好きな輪郭。
「…………剣斗、様」
カイトは呟いた。
声が、かすかに震えていた。
数年分の「やっと見つけた」という万感の思いが
その一言に限界まで詰まっていた。
カイトがこの体に転生してから、ずっと探していた。
前世――聖女サリアとして生き、命を救われ、心の底から愛した人。
今世ではゴリゴリの男(しかもかなりの美少年)に生まれ変わってしまったが
その想いだけは全く変わらなかった。
動画を最初から最後まで、瞬きもせずに三回再生した。
そして四回目を再生しながら、カイトの瞳がスッと細くなる。
(……待って)
(何か、おかしいわ)
剣斗は昔から「守る戦い」を得意としていた。
相手の力を利用して受け流す、流麗にして無駄のない「柔の剣」。
だが動画の彼は、ボスの動きを全く目で追えていない。
完全に棒立ちのまま、攻撃が勝手に弾かれているように見える。
(これは……防具が、自動で弾いている?)
(剣斗様自身は、戦闘の挙動をすべて防具任せにしている?)
(……なぜ?)
カイトは五回目の再生ボタンを押し、じっと青年の顔を凝視した。
目が、どこかを見ていない。
焦点が、不自然なほど合っていないのだ。
(剣斗様に、一体何があったの……?
あの目……前世の彼とは、まるで別人のように虚ろだわ)
(きっと、何か深刻な事情があるのだわ。
心に深い傷を負って、それでも誰かを守るために、無理をして戦い続けているんだ……!)
(今すぐ、会いに行かなければっ!!)
カイトは六回目の再生を途中で止め
勢いよくクローゼットへ突進して巨大なトランクを引きずり出した。
(――ちなみに。カイトの分析は半分正解だった。
彼が防具任せの棒立ち状態なのは事実である。
ただし「深刻な事情で心に傷を負っている」のではなく
「中身の魂が完全に別人にすり替わっており
元の剣斗の肉体の動かし方が全く分からないから
とりあえず突っ立っているだけ」という
乙女のロマンを木端微塵に粉砕する理由だった。
だが、重度の推しフィルターが常時展開されているカイトがそれに気づく術はない)
「こうして悩んでいても始まらないわ! 今すぐ日本へ出発せねばっ!!」
『ストーップ!』
『はいそこまでー。一旦落ち着こうかこの暴走特急』
ぽんっ、と空中に二つの光の玉が弾けた。
右にふわりと浮かぶ雷の精霊・リン。左に浮かぶ氷の精霊・ランだ。
「カイト、またトランク出してる。
また衝動だけで生きようとしてるよこの子」
リンが呆れ顔で言う。
「行くって、どこに? いつまで? パスポートは? ビザは?
航空券の手配は? 学校は? 現地での資金は?」
ランが、息もつかせぬ勢いで現実的なリストを羅列した。
「えっ」
カイトはトランクを半開きにしたまま、ピシッと美しい彫刻のように固まった。
「あ、固まった」リンが嬉しそうにツンツンと突く。
「毎回これだもん。脳みそ筋肉ならぬ、脳みそお花畑なのかな」
ランがやれやれと額に手を当てた。
「う、うるさいわね! 仕方ないじゃないか
何年かかったと思っているの! ようやく見つけたのよ! 私の生涯の大恩人が!」
「誰それ」
「剣斗様よ! 私の前世の命の恩人! さっきのニュースの!」
「あー、また剣斗様か」リンが深く納得したように頷く。
「毎日日本のニュース検索して、血眼になって探してたもんね」
「毎日というか、物心ついた時からね」ランがジト目で付け加えた。
「カイトと契約してから、ずっとそればっかり」
「そ、そうよ! だから今すぐ会いに行くの!」
「気持ちは分かるけどさー」リンが宙返りしながら言う。
「相手、カイトのこと分かってくれるかな?」
「そうだよ」ランがバッサリと斬り捨てる。
「見た目も性別も全部変わってる。
今のあんた、どう見ても骨格からして立派な男じゃん」
「……っ」
一瞬、カイトは言葉に詰まった。
だが、彼はすぐにふわりと微笑み、誇り高く胸を張った。
「分かってくれるさ。剣斗様は、表面的な肉体ではなく……
『魂の輝き』で私を見つけてくれるはずだわ」
双子がスッと真顔になり、顔を見合わせた。
「……『魂の輝き』」リンがオウム返しにする。
「要するに、性別を超越した特大激重感情ってやつかな」
ランが的確に翻訳した。
「そうよ!」
「それ、一歩間違えたら向こうからは
『初対面で距離感バグってるヤバい男』として通報されない?」
「愛に性別は関係ないの!!」
「愛が強すぎる」リンが言った。
「そして重すぎる」ランが言った。
「いいから! 今すぐ両親と話し合って、なんとか力業で通してくるわ!」
カイトはトランクを放り投げ、猛ダッシュで自室を飛び出した。
***
「お父様! お母様! 緊急事態です!」
屋敷の応接室。バァン! と勢いよく扉を開け放ったカイトに
優雅に夜のティータイムを楽しんでいた両親は目を丸くした。
「カ、カイト!? どうしたんだいそんなに慌てて!
顔が真っ赤だぞ! 熱か!?
いや、まさか魔物の襲撃か!? お父さんが守ってやる!
どこだ魔物! 蹴散らしてくれる!」
息子を溺愛する父親がガタッと立ち上がり
謎のシャドーボクシングをしながら部屋の中を見回し始めた。
「違いますお父様。魔物はいません。
……私、日本へ留学します。今すぐ、明日にでも」
「「……はい?」」
両親の動きが、一時停止ボタンを押されたように止まった。
「な、な、なに!? 日本!? あんな極東の島国に!?
我が家の至宝であるカイトを一人で!?
駄目だ駄目だ! お父さんは断じて許さんぞ! カイトの『おはよう』がない朝なんて
庭の花は枯れ果て、お父さんの食べるクロワッサンは砂の味になる! 無理だ、生きていけない!」
「あなた、落ち着きなさい」
母親が、カチャリと静かにカップをソーサーに置いた。
その一音だけで、場がスッと冷える。
「カイト、そこに座りなさい」
「は、はい」
カイトは促されるまま、姿勢良くソファに座った。
「まず聞きます。唐突な留学の、本当の理由は何ですか?」
「と、投資です! 日本は今
特異なダンジョンや未知の魔法技術が発展している最先端の国であり
次期当主として現地でその空気を肌で感じることは
今後の我が家にとって不可欠で……っ!」
「カイト」
「……はい」
「顔に『推しが見つかったので今すぐ会いに行きたい』と書いてありますよ」
「っ!? そ、そんなこと……!」
カイトは真っ赤になって、慌てて両手で顔を覆った。
母親がクスリと上品に笑う。
「あなたがいずれ日本へ行きたがるだろうとは、予測していました。
ここ数年、毎日日本のニュースを穴が開くほど見ていましたからね。
……良いでしょう。留学を特別に許可します」
「お母さん!?」父親がウサギのように飛び上がった。
「正気かい!? カイトがいなくなったら私の朝食が砂の味に……!」
「あなた、今その話はしていません。黙っていなさい」
「……はい」
父親がシュンとしてソファに沈み込んだ。
「ただし、条件があります」
母親の瞳が、スッと猛禽類のように細くなった。
「留学先の学校等生活は、こちらで手配します。それ以外は自分ですべて行うこと。」
鋭く言い切った。
「異国の地で情報を集め、自力で彼を見つけ、自分で接触する。
お膳立てがなければそれができないような未熟者に
海の向こうで一人で行動する資格はありません」
「……」
「これは試練です。カイト。次期当主として、当然の要求でしょう?」
カイトはしばらく黙って母親の目を見つめ返した。
そして、不敵に笑った。
「……分かりました。その条件、呑みます。
必ず自力で彼を見つけ出してみせます!」
「よろしい。期待していますよ」
「カイトぉぉぉ!!」
父親が立ち上がり、カイトに向かって涙目で突進してきた。
「本当に遠くへ行くんだね!? お父さんを置いて!?
毎朝ご飯を一緒に食べてたのに!? 毎晩おやすみを言ってたのに!?
お父さんの朝食は砂になる! 庭の花も枯れる!
窓から見える景色も色を失う! あああっ!」
「お父様、大丈夫ですから! 定期的に連絡しますから!」
「お父さんの心は大丈夫じゃないんだよぉぉぉ!!」
母親がやれやれとため息をつきながら夫の背中を宥めている隙に
カイトは素早く応接室を抜け出した。
***
自室に戻ったカイトは、扉をきっちり閉め、鍵をかけ、ベッドに向かって勢いよくダイブした。
バフッ! とシーツに顔を埋める。
長い足が、ばたばたと空中を蹴る。
美少年の外見でやっていることは完全に恋する乙女の身悶えだった。
「なんとかなったぁぁぁ……!!」
『お疲れ様ー』リンがふわりと降りてきた。
『お母さん、一枚上手だったね』ランが呆れたように言った。
「必ず自力で見つけてみせるわ」
カイトはベッドの上でごろりと仰向けになり、天井を見上げた。
脳裏に浮かぶのは、動画に映っていた青年の姿。
(どこか、寂しそうだった)
(いや、重度のフィルターがかかったカイトにはそう見えただけで
実際にそうかどうかは定かではない。でも、彼にはそう見えてしまったのだ)
「……待っていてくださいね、剣斗様」
カイトは天井に向かって、甘く静かに呟いた。
リンとランが、顔を見合わせた。
『ねえ、ラン』
『なに、リン』
『カイトが会いに行こうとしてる「剣斗様」ってさ』
『うん』
『ニュースの映像見たけど……なんか、聞いてたかんじと全然違う人じゃない?』
『……だよね。中身のすり替わりを疑うレベル』
双子精霊は小声で話してから、揃って深い深いため息をついた。
当然、カイトの耳には全く届いていなかった。
彼は枕をギュッと抱きしめながら、幸せの絶頂のような顔で目を閉じていたからだ。
(ちなみに。カイトが「心に傷を負っている」と決意を固めた五十嵐剣斗は
今頃自室で『ねえ、晩ご飯買ってきてよ』と瑠奈に顎で使われ
渋々コンビニへ歩いているところだった。
彼が抱えていた「寂しさ」があるとすれば
それは『コンビニのおでんの大根が売り切れていた』ことに対する寂しさくらいのものであり
心底どうでもいい平和な日常であった)
元・乙女の情熱は、海を越える。
男の体に詰め込まれた、暴走気味の重たい愛をトランクに詰め込みながら
カイトの波乱に満ちた日本留学への準備が、こうして幕を開けたのだった。




