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第43話:【布面積と防御力は反比例】美少女AKIの爆誕と、配信者ヒカトの被弾

あっという間に一週間が経過した。

私は今、覚醒者協会へ向かう黒塗りの送迎車の中で

果てしない虚無と向き合っていた。


(ステータスが『1』から『2』に倍増したというのに

 体の慢性的な疲労感は一切変わっていない)


(ゼロに何を掛けてもゼロ、というやつだ。

 私の体力は絶対的な数学の真理に支配されている)


(そして今日は、全国ネットのPR動画の撮影。

 神代会長の「十年分の怠惰な生活費」で釣られ

 欲望に負けてうっかり了承してしまった結果がこれだ)


(……私の完璧な引きこもり計画、一体どこで道を誤ったのかしら)


流れる車窓の景色を眺めながら、私は深く、深ぁく息を吐いた。


***


協会本部に到着するなり、待ち構えていた神代会長から分厚い封筒と

ビニールに包まれた「本日の衣装」を手渡された。


「待っていたぞ、有希。さあ、我らが協会の広告塔として存分に働いてきてくれ」


「私の尊厳と引き換えに手に入れた、十年分の不労所得のためですね。分かります」


「その通りだ。お互いにとって最高の取引だろう?」


神代は悪びれもせず、満足そうに頷いた。

私は渡された衣装のビニールを開け、バサッと広げ、自分の身体に当ててみた。


「…………」


肩が丸出しだ。お腹もチラ見えする。スカートの丈に至っては

私の記憶にある「スカートの常識」を根本から覆す短さだ。


「会長」


「なんだ」


「これ、戦闘時の防具ですか? 布面積と防御力が反比例する

 ファンタジー世界特有のバグ装備か何かですか?」


「衣装については若手スタッフが決めた。わしは一切関与しておらん」


「関与していない、というのは?」

「わしが『いくらなんでももう少し布を……』と口を挟む前に

 女子スタッフ陣が血走った目で満場一致の可決をした。

 圧倒的多数決、これが民主主義だ」

「その横暴な民主主義の犠牲になるのが私なんですが」

「それが『仕事』というものだ、有希よ。……ふっ」


神代は湯呑みを手に取り、静かにお茶を啜った。

この古狸、絶対に楽しんでいる。


「あーっ! 有希ちゃんですね! お待ちしてましたぁ!」


そこへ、テンションがカンストしている女性スタッフたちが雪崩れ込んできて

私はあっという間に更衣室へと強制連行された。


***


「……これを、着るんですか」


着替えながら、私は鏡の前で厳しい現実と向き合っていた。

着ている。確かに着ている。布は、ある。あるにはある。

でも少ない。圧倒的に少ない。


(……前世では三十年間、重装備の鎧か騎士服しか着たことがなかった。

 それが今、こんなフリフリで肩を丸出しにした衣装を着せられている)

(これが文化の違いというやつか)

(いや違う。これは文化の違いではなく、私への新種の嫌がらせだ)


「もうっ、有希ちゃんの写真を見て『絶対にこれ! これしかない!』ってスタッフ全員

 スタンディングオベーションで決めたのよ!

実際に着てみても最高に可愛いし、もっと自信持って!」

「いや、私別に可愛くなくてもいいし、なんなら目立ちたくないんですけど……」

「謙遜しないで! この動画が出たら、絶対にバズって大人気者になれるわよ!」

「いやだから、人気者になりたくないって言って――」

「はいリップ塗るからお口ミッフィーちゃんしてー!」


スタッフさんたちの黄色い歓声と謎の圧が

私のささやかな抵抗をブルドーザーのように轢き潰していった。


メイクが終わり、ヘアセットが終わり

スタッフさんに「はい完成! 見て見て!」と

促されて鏡の前に立った私は、言葉を失った。


(……誰?)

(誰なの、この超絶美少女?)

(……あ、私か)


プロのメイクとスタイリングによって

元々の「儚げな美少女」という素材が、暴力的なまでの破壊力へと昇華されていた。


(……いや、待って)

(私、中身は三十過ぎの疲れたおっさんなんだけど)

(このおっさんが、今この鏡の中にいるのか?)

(……ダメだ、おっさん、完全に消滅ロストしてるわ)


「有希ちゃん、どう!? 可愛いでしょ!?」

「……まあ、はい。すごいですね(白目)」


前世でむさ苦しい野郎どもと泥水を啜っていた自分が

まさかこんな状態になるとは。人生、本当に何が起きるか分からない。


***


スタッフと共に撮影スタジオに入った瞬間。

ピタリ、と現場の空気が止まった。


カメラマンが三脚を持ったまま石化した。

照明スタッフがライトの角度を調整しかけた体勢でフリーズした。

ADがクリップボードを抱えたまま、口を開けて動かなくなった。

スタジオにいた全員が、私を見て、見事に動作停止フリーズしたのだ。


(……え、何? 私、何かした? ボスでも出現した?)


私が所在なさげにモジモジしていると、一人の爽やかな青年が歩み寄ってきた。


「初めまして! 今回一緒にMCを務めさせていただく『ヒカト』です。

普段は動画配信なんかをやってます。今日はよろしくお願いします!」


人当たりの良さそうな、いかにも好青年といった感じだ。

粗相のないように。私は母から地獄のようなスパルタ教育で

叩き込まれた「完璧な令嬢の笑顔と立ち居振る舞い」を、リミッター解除でフル稼働させた。


「初めまして。高橋――」


ふわりと微笑み、優雅にお辞儀をした瞬間。

ヒカトくんが、盛大に被弾した。


「っ――!?」


雷にでも撃たれたように肩がビクッと跳ね上がり、目が限界まで見開き、次の瞬間には口が半開きになって呼吸を忘れた。三秒後、自分がまだスタジオに立っていることを思い出したように、ハッと我に返る。


「あっ、えっ!? あ、は、はい! すみません

あまりにも……その……破壊力が……じゃなくて! ええとっ、そうだ!」


ヒカトは激しく動揺しながら周囲を見回し、慌てて声を潜めた。


「有、有希さん! ネット配信に出る時は

本名のフルネームは出さない方がいいですよ!

特定されたり、変なトラブルに巻き込まれたりしますから!」

「あ、なるほど。ありがとうございます」


前世のネットリテラシー皆無な私には、非常にありがたい忠告だった。


「じゃあ、ネットでの活動名は『AKIアキ』にします」

「AKIちゃん! よろしくお願いします!」


ヒカトが人懐っこい笑顔に戻った。

被弾からのリカバリーが速い。さすが配信者だ。


「あと、ヒカトさん。私、衣装の布面積の少なさに動揺しすぎて

台本をほとんど読んでないんです。本当にすみません」

「あはは! 大丈夫ですよ! 進行とフォローは全部僕がやりますから

AKIちゃんはニコニコ座っててくれるだけで十分です!」


(なんていい奴だ……!)

(よし、今日は完全に君に寄生させてもらうぞ)


「よろしくお願いします」

「こちらこそです!」


ヒカトが元気よく笑顔で言った。その耳が、ゆでダコのように真っ赤だった。

(……まだ被弾の余韻が残っているな)


***


「はい、カメラ回りまーす! 3、2、1……アクション!」


撮影が始まった。


『さあ、続いては覚醒者の模擬戦の様子を見てみましょう!』

モニターに、男性スタッフ二人が覚醒者役として大げさに殴り合う映像が流れる。


(……右のガードがガラ空き。左のステップが遅い。

右の人、踏み込みの角度が三十度ずれている。

それでは体重が乗らん。前世の新兵でも、

鉄拳制裁三回でもう少しマシになっていたぞ)


脳内では辛口の軍事教練が繰り広げられていたが

カメラの前では両手を胸の前でふんわりと組み、目をキラキラさせた。


『すごーい! 大迫力ですねぇ~!』

『いやぁ、AKIちゃんのリアクションの方が大迫力で可愛いですよ!』

『もう、ヒカトさんったらお上手なんですからっ』


次のコーナー。モニターに、覚醒者が高速移動で敵を翻弄する映像が流れた。


(……動きは速いが軌道が単調だ。三回同じパターンを繰り返している。

実戦なら四回目で完全に読まれて死ぬ。

あとこの子、左足の着地が少し内側に入っている。長く戦えば膝を壊すわね)


『わあ、速い! 目で追えないですね!』


「……AKIちゃん、目、完全に追えてますよね?」

ヒカトが笑顔のまま、小声で耳打ちしてきた。


「……え、分かります?」


「目線が、獲物を狙う鷹みたいに動きを追ってました」


「あ、つい追えちゃいまして」


「すごい」


「あ、でもカメラには……」


「大丈夫です、今ちゃんと感嘆してる顔にフォローしましたから」


ヒカトが苦笑いしながら、『凄いですよね!』と

声のトーンを上げて進行をカバーしてくれた。

(助かった。やはりこいつは使える)


***


休憩時間に入った時のことだ。


「あ、あの! AKIちゃん、一緒に写真を!」

一人の若手スタッフが決死の覚悟でスマホを差し出してきた。


「ええ、いいですよ」

私は無邪気に快諾した。

それが、終わりの始まりだった。


「俺も!」

「私もお願いします!」

「部署のグループLINEのアイコンにしたいんで!」

「待って、公式の撮影データより今の素の表情の方が絶対いいから!」


気がつくと、スタジオの端から端まで

某テーマパークの人気アトラクションばりの長蛇の列が形成されていた。


(……え?)

(これ、休憩時間中に終わる量じゃなくない?)


私はひたすら作り笑顔を稼働させ続けた。

ピース。笑顔。ピース。笑顔。


(顔の筋肉が……前世の過酷な行軍でも経験したことのない

異常な痙攣を起こし始めている……)

(お腹が空いた。帰って寝たい……)

(でもここで無愛想にして炎上したら

 神代にチクられて不労所得が減るかもしれない……!)


ピース。笑顔。ピース。

三十分後、ようやく列が途切れた。


「お待たせしました、AKIちゃん! ありがとうございます!

 差し入れ持ってきました!」

「……ありがとうございます(ゲッソリ)」


差し入れのクッキーを一枚口に放り込みながら、私は虚空を見つめた。


(これが芸能人というものか)

(大変だな、芸能人……)


***


「はい、カット! お疲れ様でしたー!!」


撮影が終わり、スタジオに盛大な拍手が響いた。


「お疲れ様でした、AKIちゃん! 初めてとは思えない堂々っぷりで

 すごくやりやすかったです!」

ヒカトが爽やかな笑顔で言った。


「こちらこそ、全部フォローしてもらってありがとうございました。

 助かりました」

「いやいや、AKIちゃんが自然体でいてくれたおかげですよ。

 ……あの、もしよかったらなんですが」


ヒカトが、少し照れくさそうにスマホを取り出した。


「今度、僕の個人配信のチャンネルに、コラボで遊びに来てもらえませんか?

 もちろん、AKIちゃんが暇な時で全然いいので」

「個人配信ですか」

「ゲームしたり、雑談したりするだけなんですけど。

 嫌だったら全然断ってくれて……」

「座って喋るだけなら行きますよ」


体力を使わない。疲れない。家にいなくていい正当な理由にもなる。素晴らしい。


「ほんとですか! やった!」

ヒカトがしっぽを千切れるほど振る大型犬のように喜んだ。

「じゃあ連絡先交換しましょう!」

「はい」


スマホを取り出しながら、私はふと気になって尋ねた。


「そういえばヒカトさんって、配信者として有名なんですか?」

「あはは、まあ、そこそこは」

「そこそこ、というのは?」

「……まあ、ほんと、そこそこです」

「今、絶妙に目を逸らしましたよね?」

「逸らしてないです!」

「完全に右下を見ましたよね?」

「AKIちゃんが気にするようなことじゃないと思うんで! ほら、じゃあ連絡先!」


ヒカトが満面の笑みで強引に話題を変えた。

その笑顔の奥に、得体の知れない何かが隠れている気がした。


(……まあ、座って喋るだけなら体力的には問題ないわ)


私は深く考えず、能天気に連絡先を交換し、スタジオを後にした。


――数日後。

ヒカトのチャンネルのトップページを開いた私は

チャンネル登録者数の欄に並ぶ『暴力的な桁数』を見て、三秒間完全にフリーズすることになる。


その時の私には、自分の安易な「座って喋るだけ」という判断が

どれほどの特大バズを引き起こすか、まだ分かっていなかったのである。

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