第42話:【ステータス手動更新の罠】バレた呪いと、最強のスポンサー獲得?
橘さんの手から逃れられるはずもなく
私は首根っこを掴まれた子猫のように
しぶしぶ黒塗りの高級車に押し込まれた。
車内で私は流れる窓の外の景色を眺めながら
ひたすら嫌な予感と向き合っていた。
(「簡単なこと」「有希さんにしか頼めない」「楽しみにしていてください」)
(この三つが揃った依頼が、簡単だった試しがない。
前世でも、この組み合わせで持ってくる上官の依頼は100%地獄だった)
(……やめよう。考えても仕方ない。どうせ逃げられないし)
ふと視線を前に向けると、運転しているの橘さんがルームミラー越しに
貼り付けたような穏やかな笑顔を向けてきた。
(この笑顔が一番怖いんだよなぁ)
やがて車が滑り込むように停まったのは
日本覚醒者協会の本部ビルだった。
***
最上階の応接室は、思わずため息が出るほど無駄に豪華だった。
天井が高い。絨毯がフカフカすぎる。窓から見える景色が「東京支配してます」と
言わんばかりの大パノラマだ。
そのど真ん中、やたらと偉そうな革張りソファに
一人の老人が深々と腰掛けていた。
日本覚醒者協会・会長、神代勲。
白髪を綺麗に撫でつけ、深く皺の刻まれた顔に静かな威厳をたたえ……
手にはなぜか、ほっこりと湯気の立つ湯呑みを持っている。
「よく来たな、有希」
「拉致同然に連行しておいて、よく言うわね」
私がジト目で睨みつけると、神代はまったく気にした様子もなく
ズズッと茶を啜ってから湯呑みをテーブルに置いた。
「……葉巻じゃなくて、健康茶なのね」
「医者に止められておるのだ。……まあ、そう尖るな。
お前の『ステータス』を
もう一度協会側で正確にチェックしておきたくてな。ついてこい」
「いや、見ても何も変わってないわよ?
私、万年ステータス『1』の虚弱体質ですから」
「いいから、ついてこい」
有無を言わさぬ圧で二回言われたので、しぶしぶ後をついていった。
***
案内されたのは、厳重なセキュリティの奥にある測定室だった。
部屋の中央には、見上げるほど巨大で純度の高い魔石が鎮座している。
「さあ、その魔石に触れてみろ」
「はいはい」
私がペタッとやる気なく手を触れると、空中にホログラムのようなステータス画面が浮かび上がった。
【ステータス】
筋力:2
体力:2
知力:2
敏捷:2
魔力:――――(測定不能)
「…………えっ?」
私は自分の目を疑った。
(ウソでしょ!?)
(何をやってもピクリとも動かなかったステータスが……全部『2』になってる!?)
(前回の百パーセント増し!! 成長率がエグすぎる!!)
私が一人で脳内お祭り騒ぎをしていると、神代が静かに口を開いた。
「ふむ。……相変わらず低いな」
「喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないシビアな感想をどうも」
「だが、それより気になることがある」
神代が鋭い視線で私を見据えた。
「有希よ。その驚きようだと、お前……もしや覚醒してからこの方
一度もステータスチェックをしていなかったな?」
「……してませんけど? 覚醒した初日以外は」
神代が、心底呆れたように深ぁぁぁい溜息をついた。
「……この世界のシステムはな」
「はい」
「魔石でステータスをチェック
つまり『同期』しないと、肉体に成長が反映されないんだ」
「…………え?」
「いくら経験値を積んで内部の数値が上がっていても
同期を怠れば、肉体はずっと最初の『1』のままだ。スキルも同様だぞ」
私は三秒間、完全に固まった。
(……ステータスって)
(スマホの『手動アップデート方式』だったの!?)
(つまり私が毎日死にそうになりながら筋肉痛と激痛に耐えていたのは
ただ単に『更新ボタン』を押し忘れていたせい……!?)
(おのれクソ仕様ぅぅぅぅぅ!!!!)
「……定期的に、触れに来ればいいんですね?」
「そうだ。せめて月に一度は来い」
「分かりました」
(分かりましたじゃないわよ私!!
私のこれまでの血と汗と涙の苦労は何だったのよ!!)
「次に、スキルを確認する。プライバシー保護で非表示にしてあるが、表示するか?」
「どうぞ。どうせ大したもんないですから」
投げやりに答えると、画面が切り替わった。
【保有スキル・魔法】
魔法:支援・回復【Lv.8】
魔法:防御・【Lv.8】
魔力制御・極【Lv.7】
暗殺歩法術【Lv.5】
短剣術【Lv.5】
射撃術【Lv.8】
浄化【Lv10】
神代がしばらく無言で画面を眺めた後、ピタッと動きを止めた。
「……ふむ」
「あの、何か?」
「お前……さっき『大したもんない』と言ったな?」
「はい。普通の実用ラインナップかと」
「……お前、スキルレベルの基準が何を意味するか知っているか?」
「まったく」
「……だろうな」
神代がこめかみを押さえながら顎を撫でた。
「いいか。レベル1から3は、実戦では失敗する確率がある。
いわば『習いたて』の素人だ」
「ほう」
「レベル4からは意識すれば確実に発動する。威力も一人前だ」
「ほうほう」
「そしてレベル7以上は……無意識下でも発動し
絶大な威力を誇る『達人』の領域だ」
「なるほど」
「お前のスキルは、最低でもレベル5だぞ」
「……ほう」
「『ほう』じゃないわ!!」
「……は?」
「感想はそれだけか!」
「あ、えっと……私ってばすごい、ということですか? やったー」
棒読みで喜んでみせると、神代が天を仰いだ。
三秒後、疲れたように視線を私に戻す。
「……本当になにも分かっとらんな。……まあいい。ところで有希よ」
神代は声のトーンを落とし、私の目を正面から真っ直ぐに見据えた。
「回復術の『レベル8』を持っているなら……わしのこの『病気』、治せるんじゃないか?」
「え?」
私は気の抜けた声を出した。
(……病気。神代の病
いや、あれ、病気じゃなくて)
一瞬だけ考えて、うっかり口が滑った。
「いや、それ病気じゃなくて『呪い』でし――あっ」
慌てて両手で口を塞いだが、覆水盆に返らず。
沈黙が落ちた。
「なっ……!?」
神代がカッと目を見開き、椅子から立ち上がらんばかりの勢いで身を乗り出してきた。
「お前……わしの病の正体が『呪い』だと、知っておったのか!?」
「……うん、まあ。なんとなく」
「なぜ今まで黙っていた!?
気づいていたなら、なぜすぐに言わなかった!」
私は少し視線を泳がせてから、正直に答えた。
「……面倒くさかったし」
「は?」
「だって誰からも頼まれてないですし。
下手に『それ呪いですよ』なんて首を突っ込んだら
絶対ややこしい権力闘争とか裏社会のいざこざに巻き込まれるじゃないですか」
「……」
「私の夢は、安全な縁側で茶を啜る平和な生活なんですよ。神代さんのように」
「……わしは縁側ではなく応接室だが」
「似たようなもんでしょ」
神代はしばらく、幽霊でも見るかのように私を無言で見つめた。
そして、腹の底から笑い出した。
「ふっ……はははははっ!!」
「あの、笑うところですか?」
「笑うところだ!」
神代が目尻の涙を拭いながら言った。
「お前という奴は……学園で何かと話題の娘だと聞いておったが
ここまで図太いとはな。目の前の協会長に向かって、面倒くさかったと抜かすか!」
「……事実ですので」
「気に入った!」
神代がニヤリと猛禽類のような笑みを浮かべ、居住まいを正した。
「取引だ、有希。わしの呪いを解いてくれたら
今後わしが『日本覚醒者協会長』としてお前の強力な後ろ盾になってやる。
お前の望む……なんだったか、縁側での怠惰な生活も、ある程度は保証してやろう」
(……最強のパトロン、キタコレ!!)
一生遊んで暮らせる不労所得ライフへの黄金の扉が、今まさに開かれようとしている。
「乗りました。今すぐ始めましょう」
私は食い気味に即答し、立ち上がった。
前世でも彼の治療は経験済みだ。勝手は分かっている。
(まず呪いの根がどこまで伸びているか確認して
末端から少しずつ削いでいく。
一気に引き抜こうとすると反発が大きい。慎重に、丁寧に……)
「浄化」の魔法を繊細にコントロールし、神代の命脈に深く絡みつく黒い呪いへと干渉する。
呪いが、ドクンと蠢いた。
『ギギギギギッ……!』
黒い靄が実体化し、私へ向かって強烈な反発を放ってきた。
(来た。予想通り)
レベル10の浄化で相殺しながら、ゴリゴリと削り続ける。
呪いが悲鳴を上げるように収縮し、また膨れ上がり、また叩く。魔法の制御完璧だ。
(……ただ)
(私の『器』が、ちょっとマズい)
たった今手動更新したばかりの「体力2」。
それが私の肉体の現実だ。魔力の出力は無尽蔵でも
それを通す管がストロー並みに細すぎる。
呪いの反動が、じわじわと脆弱な肉体を蝕んでくる。
(あと少し……あと少しだけ削れば……)
「ゲホッ……!」
私の口から、ボトボトッと鮮血が床にこぼれ落ちた。
「ゆ、有希!?」
(……あぶなっ。調子に乗って一気に解こうとしたら
私がショック死するところだったわ。今日はここまでね)
魔法をスッと解き、口元の血を袖で乱暴に拭う。
「問題ないです。私のキャパオーバーなので、今日はここまでにします」
神代は、血を吐きながらも顔色一つ変えずに自分を救おうとした私の姿を
言葉もなく見つめていた。
それから静かに、自身の両手を強く握りしめた。
「……有希」
「はい」
「体が、羽のように軽い。何年ぶりだ、こんなに呼吸が楽なのは……」
威厳ある老人の声が、微かに震えていた。
「よかったですね」
私は残った口元の血をペッと拭いながら、ソファにどっかりと腰を下ろした。
「それじゃ、約束通り……私の『怠惰な生活の保証』をよろしくお願いします。
具体的には月々の生活費と、安全な住居の提供と
あと戦闘への強制動員の禁止を――」
「ああ、もちろんだ。約束は守る」
(よし!!)
(これで完全無欠の引きこもりライフが!! 縁側で無限お茶すすり編がスタートする!!)
「……ところで有希よ」
神代がコホンと咳払いをし、なぜか急に「仕事の顔」になった。
「今日お前をここへ呼んだ、本来の要件なんだが」
「……え? 今のが本来の要件じゃないんですか?」
「ステータス確認と呪いの件は、ただの『ついで』だ」
「ついで!?」
「本題はこちらでな」
神代が、机の上の分厚い企画書を手に取った。
「今度、協会が制作する『公式PR動画』に
お前に出演してほしい。全国ネットで大々的に放映する予定でな」
「…………は?」
「覚醒者協会の広報として、若い世代の覚醒者たちに向けて
お前のその可憐な姿で――」
「待って待って待って」
私は両手で「T」の字を作って神代の言葉を遮った。
「血を吐いて手に入れたスポンサーからの初仕事が……
全国ネットの顔出しPR動画?」
「そうだ」
「顔出し」
「そうだ」
「全国ネット」
「大々的にな」
私はゆっくりと、豪華な天井を見上げた。
(私の平和な引きこもりライフ)
(どこへ行ったの)
「……ちなみに、断ったら?」
「縁側の件は、残念だがご破算になるな」
「…………」
「出演料は弾むぞ」
「…………」
「お前の怠惰な生活費、十年分くらいはポーンと出してやろう」
私は深く、長く沈黙した。
(十年分)
(縁側でお茶を飲む権利、十年分)
三十過ぎの元おっさんの尊厳と、十年分の怠惰な生活。
天秤は、〇・一秒で「欲望」へと傾いた。
「……ちなみに、撮影はいつですか」
「来週だ」
「分かりました。全力で笑顔を振り撒かせていただきます」
こうして私のささやかな尊厳は、十年分の不労所得の前にあっさりと爆散したのだった。




