第41話:【不戦勝の極み】気づけば学園最強
退院後、一週間ぶりの登校。
平和な学園生活への復帰に胸を躍らせながら教室の扉を開けた私は
自分の席を見て完全にフリーズした。
「……何よ、これ」
私の机の上に、手紙のタワーが建っていた。
積み上げられているというより、精密なバランス計算によって築かれた建造物だ。
一番上の封筒が微妙に傾いていて、それでも倒れていない。
誰かが時間をかけて積んだのが分かる。
(……解体する気にもなれない)
「有希ちゃああああん!!」
背後から突風のような勢いで誰かが抱きついてきた。
「有希ちゃん! 有希ちゃん! よかった、生きててよかったぁぁぁ!
ずっと心配で夜しか眠れなかったよぉ!」
大号泣しながら私の背中に顔を擦り付けているのは、花梨だった。
「おはよ、花梨。……夜しか眠れなかったって、昼は眠れてたの?」
「うん! 昼はぐっすり!」
「……元気そうで何より」
「有希こそ! 顔色は相変わらず白すぎるけど、目に光があるよ! よかった、本当によかった……っ」
私は花梨の頭を軽く撫でてから、机の上のタワーを指差した。
「これ、何?」
「ああ、これ? 有希がいない間に他クラスや上級生の熱狂的なファンたちが
置いていったメッセージカードだよ。毎日増え続けて……
一昨日あたりから重力に逆らい始めた」
「重力に逆らってる」
「倒れないのよ、どんだけ積んでも。誰かが魔力で固定し始めた疑惑がある」
(ファン心理が建築に向かっている)
「……全部捨てておいて」
「えっ、読まないの!?」
「読まない。直接顔を見て言ってこない人とは、お喋りしたくないの」
(この量をいちいち読んでいたら日が暮れる。
文字のゲシュタルト崩壊を起こして入院する。
一週間の入院から帰ってきて即入院は洒落にならない)
花梨がハッと息を呑み、顔を真っ赤にして口元を覆った。
「ああっ……! 軽薄な文字の羅列など無用。
真の言葉は、面と向かって魂でぶつけ合え、と……!
有希ちゃん、なんて気高くてかっこいいの……ッ!」
(ただ面倒なだけ)
「……花梨ちゃん、一個聞いていい?」
「なに!?」
「私が入院してた一週間、学校で何かあった?」
花梨の表情が、微妙に固まった。
「……ある程度は覚悟してから聞いた方がいいかも」
「教えて」
「本当にいいの?」
「教えて」
無情にも、予鈴のチャイムが鳴り響いた。
***
一時間目は実技の授業だ。
更衣室で体操服に着替え、訓練場へと向かう。
(……このスカート型のキュロット。
前世では三十年間ズボンしか穿いたことがなかったのに。
風が。風が入ってくる。女子になってから風まで天敵になるなんて。
毎日が過酷すぎる。)
(魔道具で自動的に温度調節できないものか。
御子柴部長に相談しよう。「防寒対策のための魔道具開発を」と言えば
きっと部長は喜んで着手してくれる。私の引きこもりライフ用ではなく
あくまで「女子生徒全員のため」の研究として)
内心でぶつぶつと愚痴りながら、私は見学席のベンチにちょこんと座った。
相変わらず周囲からの視線が痛いほど突き刺さるが、この程度のプレッシャーにはもう慣れた。
今日は今日で、やることがある。
(愛銃は壊されてしまった。武器なしで模擬戦に出て、適当に一敗して、ランキングを下げる。
そうすれば対戦相手の格も下がって、私の命の危機も遠ざかる。完璧な計画よ)
「それでは、本日の模擬戦ランキングを発表する!」
教官の野太い声が訓練場に響き渡る。
電光掲示板に、生徒たちの順位が次々と表示されていった。
「一位……高橋 有希」
「…………」
私はしばらく掲示板を見つめた。
点滅している。一位の欄に、確かに私の名前が表示されている。
「……は?」
「いやいやいやいや! 待って教官!
普通、一週間も休んでた人間はランクが下がるでしょ!?
私、初日の模擬戦以外、一度も出てないんですよ!?
なんで一位なんですか! どういう計算をしたらそうなるんですか!!」
私が抗議のために立ち上がると、教官は頭を掻きながらバツの悪そうな顔をした。
「仕方ないだろう。お前の対戦相手が……全員、辞退したんだからな」
「全員?」
「全員だ」
「……全員」
私は三秒かけてその情報を処理した。
「……花梨、どういうこと」
「説明するね」
花梨が一歩前に出て、咳払いした。
「有希ちゃんが休んでいる間、みんな順調にレベルを上げたの」
「うん」
「でも有希ちゃんは、レベル1のまま。ステータスもオール1でしょ」
「そう」
「模擬戦は殺し厳禁ルールだから……みんな強くなりすぎて、
有希ちゃんに対して『どうやっても手加減ができない』状態になっちゃったのよ」
「……え?」
「軽く小突いただけでも有希ちゃんを殺してしまうかもしれないって、
みんなビビり散らかしてる」
「……私のHPの低さが凶器認定を?」
「されてる」
(……ステータス1が、まさかの攻撃力を持ち始めた!?)
「さらにね」花梨が続ける。
「有希に武器を向けるのは不敬だ、恐れ多いっていう『聖女信仰』も広まってて。
極めつけは、有希ちゃんが初日に倒した坂上くん。
彼、実は学年トップクラスの強者でね」
「……それは知ってた」
「彼を倒した有希は、自動的にランキング一桁台に固定されちゃったの。一桁台のルールは、上の順位の者を倒さなければ上がれない。でも有希に手加減して勝つのは物理的に不可能。だから——」
花梨がここで、少し言いにくそうに目を逸らした。
「……ランキング上位の子たちが全員で教官に土下座して
『どうか高橋さんを不戦勝で一位にしてください』って嘆願したの」
私は言葉を失った。
教官に視線を向けると、教官は遠い目をして深くため息をついた。
「……あの光景は、二度と見たくない。
上位十人が一列に並んで、全員額を床につけてな。
私も長く教官をやっているが、あんな嘆願は初めてだった」
(……強者たちが並んで土下座?)
(坂上くんも、その中にいたの……?)
「よかったね有希ちゃん! これで堂々の学園最強だよ!」
花梨が無邪気に親指を立てる。
全然よくない。
(今日こそ武器なしで適当に一敗して、ランキングを下げようと思っていたのに。
その計画が、私が来る前に完全に封じられていた……!)
(卒業まで誰も挑んでこないじゃないの!!)
私は両手で顔を覆い、盛大に頭を抱えた。
「……高橋。ちょっといいか」
絶望に打ちひしがれる私に、教官が声をかけてきた。
「今度の学校対抗競技大会、お前は『選手として参加しない』という話だったな。
それは変わらないか?」
「はい! 絶対に参加しません!」
(あんなガチのスポーツ大会に出たら開始一分で過呼吸で倒れる。
観客の前で倒血するのは、さすがにね・・・)
「そうか。……ならば、各競技の回復役兼サポートとして同行してほしい。
特定のチームではなく、全体を回る形で」
「それは……まあ、構いませんが。なぜ特定のチームじゃないんですか?」
教官が再び遠い目をした。
「当初はお前を一チームの専任にしようとしたんだが……。
『高橋を一部のチームに独占させるな』
『聖女の恩恵は平等に分け与えるべきだ』という抗議文が
ダンボール三箱分届いてな」
「……ダンボール三箱」
「三箱だ」
私は処理に三秒かかった。
(ダンボール三箱分の抗議文。紙に印刷して。封筒に入れて。学校宛に郵送して。それが三箱分。私が一週間入院している間に)
(この学校の人間は、いつ勉強しているの?)
「……わかりました。全体を回ります」
「助かる。本当に助かる。恩に着るぞ、高橋」
教官が心の底からホッとした顔をして、訓練場の奥へ戻っていった。
私はベンチに座り直し、深く息を吐いた。
(……まあ、サポートだけなら大丈夫ね。
走らなくていいなら、私でも何とかなる。戦わなくていいなら)
ようやく平和な一日の展望が開けてきた、その時だった。
訓練場の入り口から、パリッとしたスーツ姿の初老の男が歩いてきた。
にこやかな狸スマイル。一直線に、私へ向かって歩いてくる。
覚醒者協会の会長秘書、橘さんだ。
「おや、いらっしゃいましたね、有希さん」
穏やかな声。穏やかな笑顔。
「お体の具合もよろしいようですし……お約束通り、お迎えに上がりましたよ」
(入院中に言ってた『頼みたいこと』!!)
「……人違いです! 私はいません!!」
私はベンチから跳び上がり、出口へ向かって全力で走った。
三秒後、廊下の曲がり角で息が切れた。
(……体力1のくせに全力疾走するんじゃなかった)
壁に手をつき、肩で息をしながら振り返ると、橘さんがゆっくりとした足取りで廊下の角を曲がってきた。
まったく焦っていない。
「有希さん、三秒で失速するのは分かっておりましたよ」
「……」
「お茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししましょう」
にこやかな笑顔が、一切揺らがない。
(この狸……最初から逃げられないと分かっていた!)
絶対安静のスローライフは、今日もまた一歩、彼方へと遠ざかっていった。




