第39話:【目覚めと説教】愛銃の代償と、終わらないフラグ
「……ん」
目を覚ますと、そこは「見知らぬ天井」だった。
(……ラノベのお約束みたいなシチュエーションね。
次は『ここはどこ? わたしはだれ?』からの美少女との邂逅、という流れかしら)
身体を動かそうとした瞬間――。
「痛っっっっっ!?」
全身の骨と筋肉がミキサーにかけられたような、尋常ではない激痛が走った。
(……美少女との邂逅どころじゃなかった)
私は荒い息を吐きながら、現状を整理した。
(えーと。肋骨が……何本かイッてる。腕の骨も最低三本。
あと、なぜか左の小指がものすごく痛い。小指は強化魔法と関係ないはずなんだけど
どこかにぶつけたのかしら)
まあ、ステータス『1』の虚弱ボディに禁忌級のフルバフをかけまくった結果がこれなら
十分すぎるほど想定内だ。
(むしろ、全身が原型を保っている時点で奇跡に近いわ。
さすが創造神の加護ね。「壊れながら自動修復」を常時回してなかったら、今頃私はミンチだった)
歴戦のおっさんらしいポジティブシンキングで現状を受け入れていると、その時ふと気づいた。
(……待って)
外部からの治癒魔法への耐性が出来ている。骨折多数。全身が痛い。
(これ、魔法で治せないってことは――)
(自然治癒を待つしかない!!)
(つまり!!)
(しばらくは合法的にベッドの上でゴロゴロしていられる!!!)
私は激痛の中、内心で盛大にガッツポーズを決めた。
考えてみれば、ここ最近まともに休んでいない。
爆破、脱出、スーツの男との戦闘。ずっと走りっぱなしだった。
(よし。今こそ堂々と「病み上がりなので安静が必要です」と言える。
誰も文句は言えない。これは権利だ。いや、義務だ。私には寝る義務がある)
私は至福の二度寝へ突入すべく、そっと瞼を閉じた。
ゆっくりと、意識が沈んでいく――。
バタンッ!
「有希!! 目が覚めたの!? 大丈夫!? どこか痛くない!?」
沈みかけた意識が、爆音と共に引き戻された。
ものすごい勢いで飛び込んできたのは、母・希だった。
私の身体をあちこちペタペタと触りながら、涙目で心配してくる。
(……二度寝が、二度寝が遠ざかっていく……)
「お母さん……すごく、痛いよぉ。私、病み上がりなのに……」
私はここぞとばかりに弱々しい声を出した。
美少女の涙目アピールは破壊力抜群だ。
「ごめんね、痛いよね! すぐに治すから! ――『癒やしの光よ』!」
母さんが焦りながら高度な回復魔法をかける。淡い光が私を包み込む。
……痛みは、全く引かなかった。
「……え? あれ? どうして効かないの……?」
困惑して自分の手を見つめる母さん。
(そりゃそうよ。限界突破の自己回復を回しすぎたせいで
外部からの治癒魔法に『耐性』ができちゃってるもの)
(でもこれは私にとって都合がいい。
「魔法でも治せません、自然治癒を待つしかありません」
――これで堂々と長期入院コースよ)
(ゴロゴロライフ、復活)
胸の内でガッツポーズをしていると、再び病室の扉が開いた。
ドタドタと、やかましい足音が二つ。
「有希! 目が覚めたのか!! おお、無事でよかった……っ!」
「無事でなによりですな、有希さん」
現れたのは、鼻水をすする父・有仁と、覚醒者協会の狸爺の秘書、橘さんだった。
「……私が気絶した後、どうなったの?」
私は渋々起き上がり、橘さんに尋ねた。
「いやはや。私たちが突入した時には、敵はすでに大半が戦闘不能でしてね」
橘さんが苦笑いしながら続ける。
「例の爆破のせいで酸欠がひどく、後処理が大変でしたよ。
敵の大将はボロボロの傷だらけで床に転がっていて……。
その傍らに、大きな白い魔獣と、有希さんが倒れていました」
(……ウィットと、あの子たちか)
私は密かに胸を撫で下ろした。
気絶した後のことは何も覚えていない。でも、あの五人が無事だったということは――私が倒れた後も、ちゃんと戦ってくれたということだ。
(……脱出の囮にしようとか考えてた時期もあったわね。ごめんなさい)
おっさんの魂が、静かに頭を下げた。
「それで、橘さんは様子見だけ?」
「ええ、元気なお顔を拝見しに」
「――あと、私から『たっぷり説教』を受けるためでもあるわよね?」
「ひっ!?」
母さんのドスの効いた低い声に、私は条件反射で短い悲鳴を上げた。
魂に刻まれた恐怖である。
「も、申し訳ないと思っていますよ、希様……」
橘さんが冷や汗を流しながら深々と頭を下げる。
「うちの娘に危険な真似をさせた挙句、秘密裏に動かしていた。
その理由を聞かせてもらえるかしら? 協会はどういうつもり?」
「それは……」
「丁寧に、分かりやすく、言い訳なしでお願いね」
母さんの笑顔が、笑顔の形をした別の何かに変わった。橘さんの額に汗が浮かぶ。
(……母さんの怒りの矛先が橘さんに向いてる。よかった。今のうちに気配を消そう)
私は存在感を限界まで薄めながら、二人のやり取りをBGMとして聞き流す体勢に入った。
「――さて、有希」
「ふぇっ!?」
飛び火が来た。
「な、なにかな、お母さん」
「どうして、あそこまで無理をしたのかしら?」
母さんの目が笑っていない。ここで嘘をつけば消される。
「そ、それは……えっと……」
私は視線を彷徨わせた。
「……お父さんにもらった大事な銃を、あいつに壊されたから……
ついカッとなっちゃって……」
「有希ィィィィィィィィィッ!!!」
父さんが号泣しながらベッドに突っ伏した。
「お父さん嬉しいぞおおおおお!
お前のために、もっと凄くて強い銃を百丁買ってやるからなあああ!!」
「あなた、うるさい」
母さんの手刀が、父さんを物理的に黙らせた。
「……有希。もう一つ聞くわね」
「は、はい」
「どうやってうごけるようにしたのかしら?」
「自分に強化魔法と常に自分に回復魔法をかけてたの。」
母さんの動きが、ピタッと止まった。
部屋の空気が変わった。
「……常に?」
「うん」
「強化魔法と回復魔法を……同時に……ずっと……?」
「うん」
(だって常にヒール回してないと、フルバフの反動で一秒以内に私が死ぬから。
これ普通よ。当たり前の話よ)
母さんは十秒ほど黙って私を見つめた後、ゆっくりと顔を近づけてきた。
S級回復者として、国をまたいで名の知れた母さんが、プロの目で私を見ている。
「有希」
「は、はい」
「……あなた、どれだけの魔力を持ってるの」
「え? えーっと」
「その量の魔法を同時に、継続して回せる人間は……
私の知る限り、世界にそうおおくないわ」
「お母さん?」
「……いえ、なんでもない」
母さんは一度深呼吸して、私に顔を近づけた。周囲に尋常ではない圧が満ちる。
「有希。この話は今日限り、ここだけの話にしておきなさい。
絶対に、誰にも言わないこと。覚醒者協会にも、学校にも、友人にも。いいわね?」
「は、はいぃっ!」
私は全力で縦ノリした。逆らうという選択肢は、私の辞書に存在しない。
橘さんが小さく咳払いをした。
「……私はもちろん、今日のことは職務上の守秘義務として」
「聞こえなかったわ、橘さん」
「はい、なんのことでしょう」
「よろしい」
「……あー、急に眠くなってきちゃったなー」
これ以上ボロを出す前に、私はさっさと布団を頭まで被った。
「ゆっくり休んでください」
橘さんが帰り際、布団越しに穏やかな声で言った。
「――退院されましたら、一つ頼みたいことがありまして」
「……」
「簡単なことですよ。有希さんにしか頼めないことなんです」
「……」
「ふふ、詳しくはまたお話しします。楽しみにしていてくださいね」
最後の「楽しみに」が、心底穏やかな笑顔と共に放たれたのが
布団越しでも伝わってきた。
(……「簡単なこと」と「有希さんにしか頼めない」を同じ口で言える神経が理解できない。
矛盾してる。絶対に矛盾してる。あの狸、笑顔で地雷を踏ませてくるタイプよ)
(「楽しみに」じゃないわよ。怖いわよ)
私は布団の中で、盛大に嫌な予感と格闘しながら、強引に意識を手放した。
自然治癒による合法ゴロゴロライフは、どうやらそう長くは続かなさそうだった。




